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仲良し夫婦に当てられました

「それでは少し休憩をして、お庭の方もご案内しようかと思いますが……」

「ダリス! ここに居たのね」


 くらくらとしてきた頭で、ダリスの言葉を聞いていたマルガリータの意識が、ハキハキとした明るい女性の声で覚醒する。

 この流れからの女性の声に、一瞬もう修羅場の始まりかとビクリとするが、食堂の方から現れた声の主は、アリーシアと同じメイド服を身に纏った四十代位の女性だったので、ほっとする。


「ハンナ、何かあったのか?」

「えぇ、実は……」

「ちょっと待て。申し訳ございません、マルガリータ様。少しお時間を戴いてもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろん」

「マルガリータ様……?」


 急ぎの仕事の話だろうと察して、一方後ろへ下がろうとしたマルガリータへとハンナと呼ばれたメイドが視線を向け、嬉々として大きく瞳を開かせた。


「ではハンナ、話の続きを……」

「そんな事、後で良いわ! それよりマルガリータ様に、私の事をちゃんと紹介しなさい」


 わざわざダリスを探していたのだから、きっと急ぎの用事であるはずなのに、簡単にそれを後回しへと切り替えて微笑むハンナの様子に、ダリスが溜息をつく。

 けれど、それも慣れたことであるかの様に話の続きを促すのを止め、ダリスは再びマルガリータへと向き直った。


「彼女は統括メイドのハンナと申します。統括と言ってもこの屋敷に、メイドはハンナとアリーシアの二人だけですので、マルガリータ様のお世話をさせて頂く機会もございましょう」

「ハンナと申します。よろしくお願い致します」


 ダリスの紹介に続いて頭を下げたハンナの礼は見事な淑女の礼で、使用人といえどもどこかの貴族の出を思わせた。

 料理長のバルトや従者のアルフは、現時点ではまだどうかわからないけれど、ダリスやアリーシアの所作も、流れる様な美しさだと感じられる。


 彼らは平民から登用された使用人ではなく、元々貴族に仕えるために使用人教育を受けた者か、もしくは上位の家に使用人として入った、家を継げない位置に居る下位貴族出身者なのかもしれない。

 だとすると黒仮面の男は、下位の貴族を使用人に雇う事の出来るかなり高位の貴族ということになるが、マルガリータの頭の中にある貴族名鑑にはさっぱり記載が無いので、謎は深まるばかりだ。


「マルガリータと申します」

「なんて、お可愛らしいの! 旦那様ったら、今まで女性に全く興味がないなんて言うから随分心配していたのだけれど、ちゃんと見る目はお持ちだったのね」

「は、え……?」


 ハンナのテンションの高さに驚きながら、何とか笑顔を作って礼を返すと、ハンナは今にも抱きつかんばかりの勢いで、マルガリータの両手をぎゅっと握りしめて来た。

 ハンナはどうやら表情豊かで感情が出やすく、パーソナルスペースが狭いタイプらしい。

 仕草や所作は貴族っぽいのに、珍しい。

 この屋敷の使用人達は優秀で、そして少し変わった人が多い気がする。


「ハンナ、マルガリータ様が驚いていらっしゃるだろう。離れなさい」

「あら、ダリスったら焼き餅? 大丈夫、私が心から愛しているのは貴方だけよ」

「もちろん、私が愛しているのも、貴女だけです」

「なら仕方が無いわね」


 マルガリータを握りしめていたハンナの手にダリスがそっと手を重ねると、ハンナは抵抗することなくあっさりとマルガリータから引いて、今度はダリスと指を絡めて二人で笑い合う。

 呆気にとられているマルガリータに、二人は仲良く恋人繋ぎをしたまま頭を下げた。

 困った様な、でも一緒に居られる事が嬉しそうな、幸せな空間がここにある。


「申し訳ございません。ハンナは、私の妻でして……」


(わぁ、ダリスさんこういう顔もするんだ! いいなぁ、素敵)


「お二人は、とてもお似合いですね」

「まぁ! お可愛らしいだけじゃなくて、お優しさも兼ね備えてらっしゃるなんて」


 ダリスが静だとしたらハンナは動、という感じで全く正反対なタイプの二人だけれど、何故か一緒に居るのがしっくりくる。

 仲の良い夫婦を具現化した様な二人へ、素直に思ったままを伝えただけなのだけれど、ハンナはそれを優しさだと捉えたようで、何やらやけに感動していた。

 別にお世辞とかじゃなく、ただ感じたままを言っただけだったので逆に戸惑っていたら、ダリスが苦笑しながら言葉を続ける。


「私共が夫婦だというと、驚かれるか嘘をつくなと笑われるか……といった反応が、大半ですから」

「失礼しちゃうわ」


 ハンナが口を尖らせているので、どうやらそれは真実なのだろう。

 確かに、一見全く違うタイプに見えるけれど、お互いを見る優しい瞳を見れば、二人が愛し合っているのは疑い様もないのに。


「不思議ですね? お二人が想い合っていらっしゃるのは、一目瞭然ですのに」


 マルガリータが首を傾げると、今度は手を握られるどころか抱きしめられた。

 ハンナが、ダリスと手を繋いだままマルガリータの背に手を回そうとしたものだから、ダリスの身体がよろけているが、お構いなしだ。

 けれど最初にいきなりマルガリータの手を握った時の様に、今度はハンナの行為を咎めたりしなかったから、ダリスもこの行動については、同意なのかもしれない。


「あ、あの……ハンナさんはダリスさんに、何かご用があったのでは?」

「ハンナさんだなんて、他人行儀だわ。私の事は、ハンナとお呼び下さい」

「それは私も思っておりました。ぜひ、私の事もダリスと」

「そんなこと出来ません。尊敬出来る目上の方に、敬称は必要不可欠です!」


 アリーシアの時の様に、流れるように呼び捨てにさせられてなるものかと力説してしまった。

 伯爵令嬢が、使用人の二人を呼び捨てる事には何の問題も無いかもしれないが、今のマルガリータは勘違いされていようが何だろうが、実際の所は奴隷なのだ。


 それに、真奈美は誰かを呼び捨てる習慣はなかったから、正直落ち着かない。

 相手が例えどんなに嫌な上司でも、対面以外の場所で話に出てくる時だとしても、誰かを呼び捨てられるようなタイプではなかった。


「あぁ、もうなんて良い子なの」

「全く同意だ」


 マルガリータの力説が通ったのかはわからないが、ダリスとハンナが感激した様に頷き合っているので、どうやら呼び方はこのままで大丈夫らしい。

 ほっとした所で、ハンナがマルガリータを解放してくれた。


「このままずっと、マルガリータ様と居たい所だけど……」

「私の事は大丈夫です。お仕事を優先させて下さい」


 言葉を濁すハンナの少し困った様な表情に、先程ダリスが使用人達はマルガリータのことを最優先に動いているという言葉を思い出して、声を重ねる。

 先に言ってしまわなければ、マルガリータのお屋敷案内という全く緊急性のないお気楽な要件の為に、ダリスにしか出来ない急ぎの仕事を、簡単に後回しにされてしまいそうだったから。


 幸いにも、屋敷内の案内は終わっている。

 後は庭を見せて貰う程度の事なら、マルガリータ一人でも散策できるし、例え敷地内だとしても一人で外に出てはならないというのなら、後日にして貰ったって構わない。


「最後までご案内できず、申し訳ございません。お言葉に甘えさせて頂いても、よろしいでしょうか?」

「もちろんです。こちらこそお忙しい中、丁寧なご案内をありがとうございました。あの……この後、お庭を一人で見せて頂いても?」

「構いませんが、アリーシアかアルフを付けましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうですか……。迷うほどの広さはございませんし、敷地内ならば危険もないでしょう。お一人でも平気かと思いますが、何かございましたらすぐにお声かけ下さい」

「はい」

「マルガリータ様、今度は私ともゆっくりお喋り致しましょうね」

「ぜひ、楽しみにしています」


 頭を下げる二人に、軽く挨拶の礼を取ってマルガリータは玄関へと向かう。

 マルガリータの方から先に離れなければ、ダリスもハンナもなかなか仕事の話を始めそうになかったから。


 屋敷と外を繋ぐ大きな扉の前で、ふと立ち止まる。

 こういう、貴族屋敷の少し重たい大きな扉を自分で開けるのは、実は初めてだ。

 実家の伯爵家では、こういう細かいところまで使用人達が働いてくれていたのだと、今更ながら実感する。


 この屋敷には、玄関を守る専任の使用人はいない。

 黒仮面の男が帰ってくる先触れを受けて、全員で出迎える以外の時間は、この場所には誰も居ないのだろう。

 玄関を守らなくて良いというのは、不用心な様にも思えるが、それだけここが平和な証でもある。


 朝にダリスから聞いた限りでは、マルガリータがまだ顔を合わせていない使用人は、後一人しか居ないことになる。

 いくら別宅と言えども、案内して貰ってわかった事だけれど、この屋敷は決して狭くはない。

 上位貴族の屋敷と比べれば、こぢんまりとしていると言わざるを得ないけれど、それは本宅と呼ばれる屋敷と比べての事だ。

 部屋数も設備も、それなりにきちんと備わっていて、下手な男爵家よりはよほど立派と言える。

 それを六人という人数で保っているとなると、やはり一人一人の能力の高さは計り知れない。


(連れて来られた時は、あんまり余裕がなかったからじっくり見ては居ないけど、中庭の芝生も綺麗だったのよね……)


 そう考えると、庭園も綺麗に整えられているに違いない。

 何より奴隷に堕とされてから、自由に吸うことも出来ていなかった外の空気に触れられる事に、否応なしに期待感が膨らんだ。

 思ったよりも重くてあまり大きくは開けられず、ようやく押し広げた形になった扉の隙間へ、身体を滑り込ませるようにして、するりと外へ出る。

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