恋敵なお嬢様はお友達?
「しかし、エリカちゃんも大胆なことをするな……!」
沖縄のとある離島で建設中のリゾート施設を見て、健太郎は絶句してしまった。
この日健太郎は、山宮商事が出資している離島を生かした民泊型高級リゾート施設の建設現場視察に来ていた。
「ええ。 わたくしは佐々川ホテルリゾーツの社長に就任いたしましたので」
横にいた金髪碧眼の女性がくるりと一回転した。
紫のワンピースが彼女の何とも言えない魅力を醸し出していた。
紫のルージュを引いた唇からこぼれる白い歯が、少しだけの威圧感を感じた。
佐々川エリカ。
彼女は何を隠そう、佐々川グループの令嬢で、ホテル事業関連会社の社長を若くして務める才女だ。
ちなみに、彼女の兄は佐々川グループ会長兼CEOを務めていると言う。
「でも、沖縄知事がこの離島を使ってほしいなんて」
「父が知り合いでしたので、この離島を何とかして欲しいと言う要望がありましたので」
エリカが話したことを詳しく説明しよう。
沖縄県知事・真澄洋一はエリカの父と交友関係を築いていたこともあり、離島を生かした高級民泊リゾートを作っては見ないかと言う提案をしてきた。
洋一は沖縄の米軍基地を辺野古に移設する計画に反対を唱えつつも、政府との折り合い案を模索し続けていた。
その折り合い案の先駆けとして、無人島となった島を使った高級民泊リゾート施設建設計画だった。
これは、集落の跡地を生かした建設をすることで、県民と国の折り合いを見出す物であった。
現在建設が順調に進行し、後は候補地の確保と政府への折り合い案の策定に取り掛かるが、一部県民から「離島の自然を壊すな」と言う反発の声が上がり、米軍基地移設問題に次ぐ大規模デモを開かれる始末だ。
洋一らも必死の説得も相まって鎮静化したが、いつ再燃するかも時間の問題だ。
「まぁ、わたくしとしては洋一さまのご判断をしじいたしますわ」
エリカは、健太郎にずいっと近寄った。
「エリカちゃん、近いって!!」
健太郎は慌てて遠のく。
「あらまぁ。 あなた、さては恋人が出来ましたわね?」
エリカがこんな質問をする。
「いや、べべべべべべべべべ別に!? いたとしても大した人じゃないから!!」
健太郎は慌てた表情でごまかす。
「ふーん、怪しいですわね……」
エリカは睨みつけるように健太郎の顔を見つめる。
健太郎は徐々に追い詰められ始めた。
その時、
「エリカさま!」
建設部門担当官が駆け寄った。
「どうかなされました?」
「洋一氏の体調がすぐれておりませんので、オンライン視察と言う形になりましたが……」
「そうですか。 わかりましたわ。 すぐにお繋ぎなさい!」
その様子を見て、
(エリカちゃん、頼もしくなったな。 親父さんの背中を見ていたのかな?)
健太郎は、かつて幼いころに共に遊んでいたことを思い出す。
「さてと、僕は僕の仕事に集中しますか!!」
かくして、健太郎は視察のレポートをまとめるため、滞在先のホテルへ戻るのであった。
滞在先のホテル、健太郎は格式が少し高い部屋を予約していた。
『そうなんですか。 お友達の会社が沖縄に民泊リゾートを』
携帯のスピーカーを通して、みなこの声が健太郎の耳に響く。
「僕の友達の妹は、あんなに泣き虫だったけど、今じゃ頼れる敏腕社長だよ。 あの頃が懐かしいよ」
健太郎は呆れたご様子だ。
『あ、そう言えば、今月のゴシップアンチ買いました?』
みなこが急に真剣な声になった。
「毎月買ってるの?」
『世の中表もあれば、裏もあるって言いますよね? 私は、その目線の情報も知らなければならないから、購読しているんです!』
「そうなんだ」
真剣な様子のみなこに、健太郎は少し驚きを隠せなかった。
「それで、今月号の特集と言うのは?」
『コスカツプロジェクトがこれでもかと言わんばかりに書かれているの! 沖縄から帰ってきたら、読ませてあげます!!』
そういうと、みなこは通話を切った。
そして、健太郎は視察のレポート整理とメールチェックに取り掛かった。
「あれ? コミックフェスタ運営委員会からの依頼?」
コミックフェスタとは、東京お台場にある有明国際ミュージアムで開かれる同人即売・コスプレ撮影の大規模イベントだ。
世界から同人誌ファンや、カメラマンなどが集まって一堂に会する夢のお祭りなのである。
運営委員会から健太郎宛にメールが来ることは、コスカツプロジェクト公認カップルであることを知った上での依頼と言う事になる。
「何々、《浅田ジンジャー様、此度はコスカツプロジェクト公認カップルの就任、誠におめでとうございます。 当委員会としても、大変喜ばしいことです。 本題と言いますと、わたくしどもは、あなた方を委員会側のゲストとしてお招きしたいと言う所存です。 キューン様も同様のお誘いをお受けしたので、ご一報いただければ幸いです》?」
最近では、大型即売イベントでもコスカツプロジェクトに参入する機会が増えている。
公認カップルである健太郎とみなこが参加することで、かなりのアドバンテージになるはずだ。
「じゃ、早速OKを出して、レポートをまとめますか!!」
健太郎は承諾の返信を送ると、レポートのまとめを急いだ。
「これで、よし」
気が付くと、午後一一時を回っていた。
「明日は沖縄観光して、のんびり帰るとしますか……」
そういうと、健太郎はまどろみに堕ちていった。
翌日、健太郎は朝食を済ませてチェックアウトすると、
「お待ちしていましたわ!」
ホテルの玄関で、エリカが待ち構えていた。
「エリカちゃん、なんでこんなところに?」
「貴方に大事なお話がありまして。 ここでは何ですが、お車の中でお話しません?」
エリカは手配したリムジンに健太郎を無理やり乗せた。
そして、リムジンが走り出す。
「それで、大事な話と言うのは?」
健太郎は呆れ顔でエリカに尋ねる。
「洋一さまの後任選挙が近々開かれると言う情報がありまして、貴方にもお話したかったのですわ」
エリカは車の中に用意されたシャンパンを一口含む。
「その選挙の最有力候補と言うのは?」
「結城ジェニー。 洋一さまの側近を務めた、事実上のナンバー2ですわ」
「聞いているよ。 沖縄県民を第一に思いつつ、現政権との折り合いを独自に探っているって」
健太郎は帰り際の為、酒は控えて、高級天然水で喉を湿らす。
「でも、ジェニー氏が仮に当選しても、僕たちオタクに影響は出ないはずだろう?」
「それは『俺から説明するよ』」
健太郎の質問にエリカが答えようとした途端、健太郎のPCからネット通話アプリを通じて男性の声が聞こえた。
「ジーク! それは一体?」
『久しぶりだな、健太郎』
PCの画面に銀髪灼眼の男性が現れた。
名は、佐々川ジークバルト。
佐々川グループの会長を若くして継いだ彼は、その人当たりの良さと手腕から社員たちから信頼され、業績も上々である。
『ジェニー氏は、政府に日米関係の見直しを強く要求しているんだ。 その為、秋の沖縄エンタメコンベンションの開催に影響が出るのではと、ファンから懸念されているんだ』
「確かに。 貿易摩擦が世界的な問題になっているから、最悪中止になるかもな」
現在、米中の貿易摩擦が国際問題になり始めたこの頃、関税の応酬や輸入禁止措置など、世界各地で貿易紛争が極小規模ながら起こっている。
これが世界大戦レベルになると、最悪本格的な戦争になってしまいかねない。
国連もそれを懸念し、打開策を模索し続けているのだ。
ジェニー氏は、アメリカのジョージ・ジャック大統領の秘書官とつながりを持ち、日米関係の見直し政策のために、ひそかに活動を始めたと言う。
『でも、中止にならないとは言い切れないけど、ジェニー氏が中止を宣言する可能性だってありあえる』
ジークは懸念の色をさらに濃くする。
「まぁ、とりあえずは今後の動きを見極めていくのが優先だな」
健太郎はそう言うと、
「それと、お前の所もコスカツプロジェクトに参加してるのは本当か?」
こんな質問をジークにぶつけた。
『何を言ってるんだ、うちはサイバージェネシスのスポンサーだぜ。 出資しないわけにはいかないだろう』
ジークはえへんと胸を張った。
「で、お前の所は何を?」
『撮影スタジオの割引や、飲食店での優待サービス事業に力を注いでいるよ。 まぁ、立憲民主党からは今すぐ取りやめろって、勧告文が届いたけど』
ジークは、立憲民主党から届いた勧告文を片手にぼやく。
「とにかくだ。 野党の連中が何を言おうと、僕たちはやるべきことをやるだけだ」
『ああ。 お前の言う事は、正論だな』
そうこうしている内に、リムジンは那覇空港に到着した。
「それでは、ごきげんよう」
「おう、ジークによろしくな!」
エリカと別れ、空港にある土産物屋に立ち寄る。
「コスカツプロジェクトの中止を、サイバージェネシスに要望する署名にご協力ください! 子供たちの健やかな未来を守るため、あなたの勇気ある声を……」
そのすぐ横で、署名活動をする団体に目が留まった。
「何の活動ですか?」
健太郎は、活動団体の中心人物らしき女性に声をかけた。
「私たちは野党6党の基金によって創設された公益財団法人『国民健全生活向上機構』沖縄支部です」
沖縄支部代表の女性は深々とお辞儀をした。
「具体的にはどんな活動を?」
「私たち国民健全生活向上機構の活動は、性的な表現から子供たちを守り、若者の性的な表現行為を禁止する法案提出などと言った活動をしています」
健太郎の質問にメンバーの中年男性が答えた。
「そうですか。 立ち上げたきっかけは何ですか?」
鋭く切り込む健太郎。
「立憲民主党の榎園代表は、オタク文化による若者の犯罪行為をなくすべく、他の五党に融資を募りました。 そして、子供たちの健全な心の成長を守り、性的表現の根絶を目標とした表現倫理組織なのです」
メンバーらしき男性の発言に健太郎はふと思った。
(もしかして、榎園代表が立ち上げた組織って、彼らのことだったのか!)
健太郎は確信した。
この組織こそ、榎園代表が立ち上げた組織であることを。
「最終的な目的は?」
「そうですね。 性的表現のない、健やかで平和な社会の実現ですかね? 今はまだ表立つ活動はしていません。 ですが、来年の参院選で榎園先生が首相になれば、私たちは性的な表現のあるコンテンツを排除しします。 そして、子供たちが健やかに育ち、若者が社会的に貢献できる国づくりを支援していきたいというのが私たちの最終目標なのです」
そう言う代表の女性の笑顔は、どこか冷たく感じた。
一通り話を済ませると、健太郎は急いで帰りの飛行機に搭乗した。
《当機は、羽田空港一三時三八分到着予定の……》
機内アナウンスが流れる中、健太郎はスマホを取り出してSNSのメッセージ確認をする。
内容はやはり、コミックフェスタに参加するレイヤーがどの衣装で勝負するか選出していたところであった。
「お、海老氏からだ。 何々、《今年の夏コミは、コノヒア隊長で出陣します》?」
健太郎はくすくす笑いながら、メッセージアプリを楽しむ。
すると、メールの着信を知らせる。
「お?」
差出人はみなこ。
内容は、『健太郎さん、大変なのです!! 今度の日曜に私のお家に来てください!! 実は、コスプレと原稿が間に合わないのです! ヘルプみーっ!!』と言う物だ。
「みなこさんって、同人作家をやっていたのか……?」
などと、ぼやきながら健太郎はスマホをしまうと、近くのCAに和風機内食を注文した。
ところ変わって、幕張の一等地にあるマンション・三階みなこの部屋。
「あーーもう! アイディアが浮かばない!! 衣装は出来上がりそうだけど、原稿が間に合わない!!」
ペンタブと向き合いながら喚くみなこは、整った髪を掻き揚げ、お手上げな様子だった。
「本業のデザインも納期に間に合ったのはいいけど、同人の作業が続かないって、やっぱお酒の飲み過ぎか」
二日酔いの自分を悔やみつつ、コツコツと作業に勤しむみなこであった。
新年度が始まって気持ちを新たにしていきましょう!