買物は彼氏の重労働?
六月も終盤に差し掛かり、あたりはすっかり夏の空気に包まれ始めた。
そんな六月最後の金曜日、健太郎とみなこはフルール・ハシモトでディナーをしていた。
「しかし、うちの会社もコスカツプロジェクトに出資するとは……」
健太郎は、舌平目のポワレを口に運ぶ。
「でも、健太郎さんの会社のおかげで、私のアトリエも活気づきました!」
みなこは少し浮かれた様子で白ワインを口に含む。
それもそのはず、山宮商事がみなこが代表を務めるアパレルデザインアトリエ「ウィッシュ新崎」に融資と言う形で経営支援を打診したのだ。
コスカツプロジェクトに参入する企業が我こそはと言わんばかりの勢いで関連商品やサービスを展開してくるので、ブームはますますの広がりを見せている。
みなこのアトリエは、日常生活にコスプレ気分を味わえるアパレルをつくろうとしているが、資金繰りで困り果てていた。
そんな助け舟的なタイミングで、山宮商事が融資をしてくれると言う物だ。
その結果、みなこのブランドの売上金の一部を山宮商事に還元することを条件にアパレルブランド発表は来月中旬ごろにでも行える見通しが立ったと言うわけだ。
「でも、社民党の秋松代表はコスカツプロジェクトの即刻中止を提言したらしくて。 でも、首相は民間企業の事業に我々が介入するつもりはないと言ったけど、大丈夫かな?」
健太郎はその日の夕方のニュースを思い出す。
それは、社民党代表・秋松裕子が「コスカツプロジェクトは、直ちに中止するべきです! 未来の子供たちが健全でなくなってしまう前に政府は対処するべきです!!」と言う発言が大々的に報じられたことだ。
やはり、野党六党がコスカツプロジェクトが犯罪者増加につながる恐れがあると危惧しているが故である。
しかし、民間企業が展開しているプロジェクトに国家機関が介入するのは世論的に好ましくないと言う声が多数あげられている。
「何とかプロジェクトが中止にならないよう、首相が頑張ってくれたらいいですね」
みなこはそう言って若鶏のハーブ焼きを口に運び、白ワインで口を直した。
「でも、来年の参院選に向けて立民が動き始めたらしいからね。 今後の動きを見極めておこう」
「そうですね」
そんなこんなで、健太郎たちは夕食を済ませ、帰りの電車に乗った。
その道中、
「健太郎さん、明日暇ですか?」
みなこがこんな質問をした。
「え? 明日は撮影会の予定がないから、暇だけど……?」
「丁度良かった! 今度、ミオンモール幕張新都心で、いっぱい服を買いたいの! 今、夏物が先行値引きセールをやっていて、お買い得になっているから、付き合ってくださいね?」
戸惑う健太郎に、みなこはじりじりと近寄った。
「う、近すぎです……!」
「じゃ、明日の九時五〇分に幕張本郷駅のバスターミナルで待ち合わせでOKですか?」
「お、OKです」
みなこの物々しい笑顔に、健太郎は了承せざるを得なかった。
「よかった」
その時、
《間も無く、幕張本郷。 幕張本郷。 お出口は……》
車内アナウンスが響く。
「じゃぁ、僕は降りるから。 また明日!」
「おやすみなさい」
健太郎はみなこと別れ、帰宅の途に着いた。
「さてと、今夜の報道クローズアップは……」
部屋のリビングのテレビをつける。
丁度良く、報道番組が映し出された。
報道クローズアップは、平日の午後一〇時台を代表する夜の報道番組である。
その日起きたニュースから、気になる話題まで、様々な情報が報じられているのだ。
『今夜の特集は、金曜恒例の《知っとけ・クローズアップ》です』
TVアナウンサーがこの日の特集を語りはじめる。
『ジャパンポップカルチャーと婚活を融合させた新しい婚活イベント・《コスカツプロジェクト》は、結婚を求めるコスプレイヤーたちに好評を得ている一方で、{犯罪者を増やしている}、{今すぐやめろ}などの批判の声が各地で相次いでおり、サイバージェネシスの吉村CEOは、{皆さんに迷惑をおかけしないよう、細心の注意を払います}と、コメントしており……』
やはり、コスカツプロジェクトは世論的な観点から見ても、賛否両論が謳われていると言う事実が分かったと言う事だ。
「さて、明日も早いことだし、寝るとしますか……!」
健太郎は、テレビの電源を落とし、風呂場へと向かう。
湯船に浸かり、みなことの出会いを思い出す。
(みなこさん、可愛かったなぁ……)
湯船から上がり、健太郎は全身をバルタオルで拭き取って寝間着に着替える。
ベッドに沈み込み、まどろみに身を任せる。
そして、静かに夜は更けていった。
時間をさかのぼって、エゴマガジン社「月刊ゴシップアンチ」編集部。
「九月号の特集は、気持ち悪い変人カップルを生み出すコスカツプロジェクトを特集するぞ! スクープを手にしたやつは、五〇万円の特別ボーナスをプレゼントするぞ! お前ら、しっかり稼ぎな!!」
編集長が叫ぶと記者たちが散り散りになった。
ゴシップアンチとは、「日本を批判する一流雑誌」を謳い文句に、様々な文化や出来事を批判的な目線で掲載する、言わば一八歳向けの報道雑誌である。
特にオタク文化に対する批判的な記事はオタクたちから酷いとも言われるほどで、よほどオタク文化を毛嫌いする者たちにとっては、人気のある雑誌と言うわけだ。
この雑誌がコスカツプロジェクトを特集することは、プロジェクトで何かよからぬ問題が起きて、それを心無いものが編集部に投降したか、それとも、特集して欲しいと言う依頼が購読者から届いたのかは定かではない。
とにかく、一つの文化が華やげばそれを快く思わない者たちのために特集記事を組む、世の中はそう言う事だ。
そして、時は流れて翌朝。
健太郎は、幕張本郷駅前のバスターミナルで待っていると、
「ごめんなさい! メイクに戸惑っちゃいました!!」
みなこが息を切らして合流した。
今回は夏を感じさせる白いノースリーブタイプワンピースで、深い赤みを帯びたハイヒールと、ワインレッドのルージュを引いた唇が、清楚な印象の中にどこか妖艶な魅力を放っていた。
「じゃぁ、行きますか?」
「行きましょう!」
こうして、二人はバスを乗り継ぎ、ミオンモール・幕張新都心へ向かった。
ミオンモール幕張新都心は全長一・五㎞もある大型ショッピングモールで、会員制の倉庫スーパー・ヤストコの周囲を囲む形でそそり立ち、家族から恋人まで四つのモールで展開している、千葉県最大の大型商業施設である。
その一角である、グレイテストモールに健太郎たちは足を踏み入れた。
「うわぁ……! いろんなお店がいっぱいありますね、健太郎さん!!」
内部の添付数の多さに、みなこは大興奮した。
「そ、そうだね。 お昼ご飯は「あ、それ私が奢ります! 夕食は健太郎さん一押しのお店でお願いしますね!」
健太郎の言葉を遮るかのごとく、みなこが割って入って来た。
「OK。 じゃぁ、今夜は僕の行きつけの店があるから、そこにしよう!!」
健太郎は、少し照れ臭そうに夕食の約束を取り付けた。
「それじゃ、買って買って、買いまくるぞ!!」
こうして、二人の買い物が始まった。
「わーお! ショヌルの新作フレグランスが限定価格の三九八〇円です!」
化粧品ブランドの出張店舗に並べられた新作香水を見て興奮するみなこ。
健太郎はそんなみなこを見て、微笑ましく思った。
(この人は僕がしっかり守らなきゃな!)
その時、
《本日はエンターテイナーのルブ・ロッチ・寿三プロデュース、{ショートコント・ロッチ・コック劇場~笑いと言う名の恐怖~}が午後一時三〇分豊海公園・特設ステージにて行われます。 お買い物ついでに、笑いと恐怖のステージを楽しんでみませんか?》
店内アナウンスがこの日のイベント開催を知らせる。
「よし、思いっきり笑って日頃のストレスをすっ飛ばしますか!!」
「はい! でもその前にお昼にしません? 私がおすすめのお店があります!」
みなこは張り切って健太郎の手を引っ張る。
「うわっと!」
大荷物を抱えながらも、健太郎は懸命に引かれる。
グレイテストモール・フードコート、健太郎は、その一角のテーブル席に座っていた。
「みなこさんのおすすめって、何だろう?」
健太郎はドキドキしながら待っていると、
「お待たせです!」
みなこがスキレット鍋に入ったカレーを運んで来た。
「これって、キャンプ・トレイン名物の{野菜たっぷり・骨付きチキンカレー}じゃないか!! そうか、キャンプトレインはここにも店を出していたんだ」
キャンプトレインは、アウトドア気分で楽しむカレーを提供するチェーン店である。
たくさんの野菜が摂れると言う事で、若い女性や、偏りがちな中年サラリーマンまで高い人気を得ているのだ。
「みなこさん、良くこれを?」
「ええ。 休みの日はこれを食べて活力にしているんです!」
みなこは、健太郎の質問に答えながら、カレーを一口頬張る。
「健太郎さんも早く! 冷めちゃいますよ」
「あ、ごめん。 いただきます」
みなこに急かされ、健太郎はカレーを口に運ぶ。
口の中がやけどしてしまいそうな感覚が襲い掛かるも、健太郎はしっかりと味わった。
「それで、この箱をお受け取りに……」
「いや、その箱は怖そうだからお断りだって!」
豊海公の特設ステージで、園お笑いコンビが大きなダンボール箱を巡ってボケとツッコミを繰り広げる。
ステージ前の観客が大爆笑する。
「やっぱ、このコントは生で見ると笑えますね!!」
「ホントだな」
健太郎とみなこはくすっと笑いながらステージを見る。
「この箱なんだろな? 怖いなぁ……」
やせ型体型の芸人が恐る恐る箱を開けると、
「はい! びっくりさん!!」
今話題のブレイク芸人が箱の中から元気よく飛び出した。
「うわっ! びっくりさんかよ……!」
爆笑と拍手の嵐が包み込む中、健太郎たちは、手をつないだ。
「あ……」
「きにしなくていいよ」
「はい……」
二人はなんだか、いい雰囲気に包まれた。
その日の夜、健太郎たちは荷物を即日便に預け、ギガンテスへと向かっていた。
「健太郎さんの行きつけのお店って、どんなお店ですか?」
「そこのマスターは意外なキャラで、料理も一流なんだ」
などと話し合っていると、一台の車が通り過ぎた。
その車体には『オタク文化の撲滅を! 日本共産党』の横断幕が垂れ下がっていた。
しかし、健太郎たちはそれを無視していちゃつく。
そうこうしているうちに、ギガンテスの前まで来た。
「ここなんだ。 源さん、居るかい?」
健太郎たちがギガンテス店内へと入る。
「あら、いらっしゃいケンちゃん! あらら? そちらの淑女の方はもしかして……」
「はい、新崎と申します!」
源之助の視線に物おじせず、みなこは丁寧にあいさつした。
「まぁ、いい感じの子じゃないの!! やったじゃないのよ!」
源之助は舞い上がった。
「取り敢えず、いつもの奴を頼むよ。 あと、みなこさんにはカルーアミルクを、僕はブラッディ・マリーで」
「はいよ」
源之助が厨房に向かうと、健太郎とみなこはカウンター席に座った。
「しかし、ケンちゃんもいけ好かないね! こんな素敵な女を恋人にするなんてさ!」
「そうよ。 羨ましいわ」
常連客から祝福の言葉を投げかけられ、
「そんなことないよ」
「恥ずかしいですよ」
健太郎とみなこは、少し顔を赤めた。
「はい、お待ちどう様」
源之助が、熟成ロース肉のタリアータとそれぞれのカクテルをテーブルに置く。
「源さん、いつもすまないね」
「なに、これくらいは当然だ。 っと、こいつはサービスだ」
健太郎に感謝されながら、源之助はエビとエリンギのアヒージョを置いた。
「じゃぁ、食べるか!」
「お言葉に甘えて!」
この日のデートは少しいい感じで終わった。 しかし、彼らの恋にちょっかいを出す者が現れるとも知らず……。
春本番になってきましたね!
自分も、何か新しいことにチャレンジしてみたいですね!!




