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夢想と現実

 「こんな立派なマンションに住んでいるんだ……!」

 海浜幕張駅からタクシーで一〇分の一等地にあるタワーマンション「グレイスタワー幕張」。

 このマンションは、最新鋭セキュリティと認証用カードキーがないとは入れない、正に安心安全なマンションだ。

 「えーと、みなこさんの部屋番号は……、っと」

 インターホン作動用の操作パネルを操作し、健太郎はみなこの部屋にあるインターホンをならす。

 『はい! 今扉のロックを解除しますので、待っててください!!』

 みなこの声が響くと同時に正面玄関のロックが解除される。

 中に入ると数台の監視カメラが水一滴も通さないほどに見張っているのがよくわかる。

 しかし、最近の話題では、セキュリティを破壊して無理矢理入ろうとして会えなく御用になった犯罪者も少なくもないと言うネットニュース記事があることを健太郎は思い出す。

 エレベーターで三階に上がり、健太郎はみなこが暮らしている部屋の前にたどり着いた。

 「すみません! まだメイクしてなくて!」

 突然ドアが開き、中からメイクをしていないすっぴん状態のみなこが飛び出した。

 美人はやはり素の状態でも顔立ちが美しかった。

 「みなこさん、一体どうしたの?」

 健太郎はドギマギしながら訪ねる。

 「実は、夏コミに出す新刊があと一歩と言うところなのに、アイディアが浮かんでこないのです!!」

 みなこはわめきながら健太郎に抱き付いてきた。

 豊満ともいえる彼女の乳房が、健太郎の胸板に程よい感触を与える。

 「うぅ……」

 あまりの心地よさに、健太郎は卒倒しかけた。

 「と、とにかく上がってください! お話はそれからで」

 みなこに急かされ、健太郎は彼女の部屋に上がる。

 そこには、

 「凄く整った部屋だね……」

 きれいに本棚にまとまった同人誌の群れ、それまでみなこが着ていたコスプレ衣装が入ったクローゼット。

 そして、デザイナーが本業ともいえることが分かるペンタブに繋がったパソコンが、デスクに置いてあった。

 「えへへ、私、こう見えてもできる子なんです!」

 「そうなんだ。 それで、手伝ってほしいことって?」

 「あ、手伝ってほしいのは、新作同人漫画で漢キャラのアイディアが浮かばないんです!」

 みなこは再び健太郎に泣きつく。

 「どんな作品?」

 健太郎は尋ねる。

 「あ、森に住む妖精族のお姫様が人間の戦士と恋に落ちる禁断のラブストーリーと言うのが、物語のあらすじで、人間の戦士のイメージが全くわかないのです!! 健太郎さんなら、何かいいアイディアが閃くのかと思って……!」

 どうやら、みなこは夏コミに出す新刊小説の挿絵デザインのアイディアに悩んでいたようだった。

 「なるほど。 つまり、今まで女性キャラしか書いていなかったから、男性キャラのネタがない、と言う事なの?」

 「そうなんですよ! 今まで、ガールズラブ系を書いていたから、そろそろ男性物を書いてみようかと思ったんですが……」

 「なるほどね。 そんな事も有ろうかと、僕のPCから加工したコスプレ写真のデータを何枚か取り出して持ってきたんだ。 参考にしてみて?」

 健太郎は、これまでのコスプレ写真のデータが入ったUSBメモリをみなこに渡す。

 「ありがとうございます! 助かりました!」

みなこはパソコンにメモリを差して画像をダウンロードする。

 「健太郎さんは、女性キャラもこなすんですね?」

 画像の内容を見て、みなこは少し吹いた。

 「ま、まぁ、撮影者の好みに合わせて衣装を造ったりしてるんだ。 僕の男装写真何か使えそうなものはあったかい?」

 「はい! 女装系は置いておいて、男性キャラのネタは大方まとまってきました! 早速制作にかかりますね!」

 みなこはデスクに向かい漫画の執筆にとりかかる。

 「みなこさん、冷蔵庫見ていいかな?」

 「どうぞ! 大した食材はありませんけど」

 みなこの言葉を背に、健太郎は冷蔵庫を開ける。

 流石とまでは言えないが、自炊が出来るように鶏の胸肉や野菜のピクルス、野菜室には洗わずにすぐ使えるカット野菜、冷凍庫には自炊が出来ないときのための冷凍食品が入っていた。

 「凄くいいものが入っていたんだね」

 「すみません。 体の健康に気を使って色々買っているのです」

 健太郎の率直な言葉に、みなこは気恥ずかしそうに答えた。

 「まぁ、胸肉は2枚はあるから、今日はチキンカレーにするか!」

 「え? 私、男の人が作るカレーには興味あるんです!!」

 「そう来ると思って、カレーのルーを持参してきたんだ。 すぐに作るから待ってて」

 そう言いながら健太郎はみなこの部屋のキッチンで作業を始めた。

 「鶏むね肉は、食べやすい大きさに切って、そこに隠し包丁を入れて、下味をしみこみやすくして……」

 健太郎はまず鶏肉の下準備を済ませる。

 「ジャガイモ、素揚げしても大丈夫?」

 「はい! 油跳ねには気を付けてくださいね!」

 みなこの注意喚起に促され、健太郎はIHコンロを起動し、揚げ物用の鍋にオリーブオイルを入れて、低出力状態で加熱する。

 その間、健太郎はジャガイモの下処理を手早く済ませ、持参した保冷バッグから冷凍した玉ねぎのスライスを取り出す。

 「こいつを使えば、簡単にあめ色玉ねぎが出来るんだよな。 っと、ジャガイモの素揚げに取り掛かるか」

 そういうと健太郎は、下処理を済ませたジャガイモを熱したオリーブオイルが入った鍋に入れる。

 軽快な音が鍋の中から響く。

 「さてと、玉ねぎを炒めて、それから……」

 手際よく調理を進める健太郎を見て、

 「終わった! だけど、お腹が空いちゃいました……」

 原稿を突貫作業で書き上げたみなこは、その匂いに連れられ、健太郎の下へと歩み寄った。

 「もうすぐできるから待ってて。 後は下味をつけた鶏肉を入れて……」

 健太郎秘伝の漬けダレに付け込んだ鶏肉を鍋に入れて火を通す。

 「それでもって、水の代わりにこいつを入れる」

 健太郎が保冷バッグから取り出したのは、ポトフ用のスープだった。

 「え!? これをカレーに入れるのですか?」

 「これを使えば味も格段に上がるって訳さ」

 ポトフ用のスープを入れてしばらく煮立たせる。

 そこに、先程素揚げしたジャガイモをスープを入れた鍋に入れ、さっと一回し混ぜる。

 「えーと、今日のルーのブレンドは……」

 持参した複数の種類のカレーフレークから、配合比率を決める。

 「よし、今日はこんな感じで行か!!」

 ブレンドしたカレーフレークを鍋に入れて、とろみがつくまでかき混ぜながら煮立たせる。

 「よし、健太郎特製チキンカレー、完成だ! ところで白米は?」

 健太郎は肝心の米を気にしていた。

 「そう来ると思って、2時間前から玄米で炊いています!!」

 そういうとみなこは、炊飯器のふたを開ける。

 その中には、粒立ちの玄米が美味しそうに炊きあがっていた。

 「いつも玄米ご飯なの?」

 「はい! 体型の維持と健康のために、毎朝1日分を炊いているのです!」

 健太郎は、みなこの美意識の高さに少し引いた。

 「とにかくお昼にしようか! まだやることもありそうだし!」

 「はい。 実は、今度私のコスプレサークルで大型併せがあります! 今話題の《転生すると最強のスキルがもらえます》の併せ何ですが、私のサークルじゃ、とても人数が足りないので、健太郎さんのサークルの人たちで補ってもらえませんか?」

 どうやら、合同サークルでの併せ撮影会だ。

 「そう言う事なら!」

 健太郎はスマホを取り出し、グループチャットアプリを通じて、仲間たちに知らせる。

 「あとは返事が来るのを待つだけだ! さて、食べますか!」

 「はい!」

 取り敢えず、二人は昼食を摂ることにした。

 「はぁ……。 健太郎さんのカレー、何でこんなにも美味しいのですか? 何か味わいが複雑だけど、それでいて後味がいい。 何かルーに秘密が?」

 「見抜いたね! 今日の比率は、甘口が二、辛口が五、黒が三の割合にしたんだ!」

 健太郎はこの日のブレンド比率をみなこに打ち明ける。

 「そうなんですか!」

 「カレーに関しては、とことんこだわる男だからね! 仲間たちに振舞った時は、絶賛したから」

 健太郎がみなこにウィンクする。

 「それで、併せの場所は?」

 「はい、稲毛ビーチパークにしてあります! それに伴いBBQで交流会もやりたいのですが……」

 「OK! 任せてくれ!」

 健太郎は携帯に電話をかける。

 『おう、健太郎か! どうしたんだ?』

 電話の相手はジークバルト。

 「ジーク、佐々川グループの会長と見込んで頼みがある。 お前の所にケータリングサービス会社はあるよな?」

 『あぁ。 と言っても、国内の上流階級向けのサービスだぞ?』

 「大学時代のよしみだ。 頼むぜ!」

 『わかった。 丁度格安高級BBQのケータリングサービスを試験的に始めたんだ。 モニター調査も兼ねてお前が予約したことにしておくよ』

 そんなこんなで、健太郎はジークとの通話を切った。

 「健太郎さん、何かアイディアでも?」

 通話の内容を気にするみなこ。

 「あぁ。 友達の会社が格安ケータリングサービスを始めたから、モニターさせてくれって頼んだんだ!」

 健太郎は自信ありげにみなこに伝えた。

 この日は少し長くなりそう、そう予感した健太郎であった。


 ところ変わって、東京赤レンガ駅舎広場。

 そこでは、立憲民主党・榎園代表の演説会が開かれていた。

 その立ち姿は、五〇代とは思えない若々しい顔立ちと、きりっとしたスーツがいかにも貫禄のある男らしさを醸し出していた。

 「国民の皆さん! 現在、谷部野政権が消費税率の増加や、九条改悪と言った暴走に怒りを覚えているでしょう!」

 榎園代表は、真剣に集まった支持者たちに熱い宣言を与える。

 「私たちは皆さんと共に、現政権を終わらせ、新しい政治を作りたい! だが、それ以上に私は、若者の文化の発達を激しく嫌悪しております!」

 「榎園先生、その影響で私たちの子供たちが、今危機にさらされているのですか?」

 一人の支持者が質問する。

 「その通りです! 古今、若者に向けた漫画やアニメ、はたまたゲーム! 今まさに、子供たちは若者たちが崇拝する、《ジャパンカルチャー》に心を踏みにじられているのです!」

 榎園代表は質問した支持者に熱い気持ちで回答した。

 「皆さんもご存知の通り、ジャパンカルチャーは、世界的にも周知していますよね? しかし、私たちの暮らしに全く関係のない文化が、世界に知れ渡るのは、いかがなものか!」

 演説する榎園代表は、何処か情熱的にも見えた。

 「先生! 今コスカツプロジェクトが世界的に広がりを見せ始めていますが、あれは、止めさせるべきでしょうか!?」

 「当然、止めさせるべきです!」

 別の支持者からの質問に熱い答えを送る榎園代表。

 「コスプレは、ジャパンカルチャーに於いて、最も醜悪な文化です! ただの架空の人物になりきる、そんな行為がクールだとか、可愛いだとかで、認められるわけがないじゃないですか!!」

 榎園代表は、さらに演説を続ける。

 「だからこそ、私は醜悪な文化を根こそぎ排除し、子供たちの心が健やかに成長する社会を実現させたい! 現政権を打倒し、子供たちの心を守る! それこそが、私たち野党六党が掲げる最大の目標なのでございます!」

 「そのために、何か計画を立てているのですか?」

 一人の若者が、榎園代表にこんな質問をした。

 「その通り! 私たち野党は、性的表現の規制を主な活動とした国民健全生活向上機構を立ち上げました」

 その質問に答える榎園代表の顔は、どこか冷たく感じた。

 「若者がSNSで写真を投稿して自慢しあう。 あれは、全くもって醜い! 醜い自己顕示欲を押し付けているだけじゃないですか! 私たちはそんな自己顕示欲に溺れる若者を救うため、ある計画を打ち立てました!」

 榎園代表が声を高らかにして叫ぶ。

 「自己顕示欲を根絶し、ジャパンカルチャーをこの国から排除する! 私たち野党六党が掲げる若者たちの救済計画! それこそが、《クリーン・マインド計画》なのです!」

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