アラサーコスプレイヤー
日曜日、東京都内のとある撮影スタジオ。
そこでは、あるコスプレイヤーたちの併せ撮影会が開かれていた。
「ジンジャー、もう少し剣を構えて!!」
撮影担当のコスプレイヤーが叫ぶ。
「おう!」
と、純銀の鎧と金髪のウィッグを纏った青年、浅田ジンジャーが勇ましく手にした剣を構える。
「OK!」
撮影担当レイヤーがシャッターを切る。
デジタル写真データとなってその姿がカメラに収まる。
「よーし、お昼休憩をはさんで午後の撮影にするぞ!」
ジンジャーが声を上げる。
「うぃーっす!」
周りにいたレイヤーたちも反応する。
「そう来ると思って、《フラノ・ピザ》頼んでおいたよ!」
と、デリバリーピザを注文した女性レイヤーが元気よく声を上げた。
「おお!」
「しかも、最高額の5スタープライス、全員で食べられる分を数種類注文したよ!!」
「うおおおおお!」
女性レイヤーの言葉に、ジンジャーたちは興奮した。
最高額のピザが腹いっぱい食べられる。
そんな最高の贅沢に興奮するのも無理はない。
「こんにちは、フラノピザです! ご注文の品をお届けに参りました!」
デリバリーピザの配達員がスタジオの入り口にやって来た。
「おお!」
「キターー!!」
などと大興奮するスタジオ内のレイヤーたち。
かくして、コスプレイヤーたちのささやかな昼の宴が始まった。
そしてあっという間に夕方になり、この日の撮影が終わりを告げた。
「お疲れ!」
「おつかれさん」
急いで衣装から私服に着替えるレイヤーたち。
ジンジャーもウィッグや衣装を脱いで普段着である長袖ポロシャツとジーパンに着替える。
自毛は黒髪で独特な髪型をしており、顔立ちは二枚目と言うにふさわしかった。
「なぁ、ジンジャー」
仲間の男性レイヤーが声をかける。
「ん? なんだい?」
ジンジャーが尋ねる。
「お前さぁ、結婚を考えたことはあるか?」
それは、率直な質問だった。
「あぁ、あるよ。 そう言えば親父から結婚を考えろと言われたからな」
そう、ジンジャーは間も無く三〇を迎えようとしている。
父から結婚を考えろと言われても当然だ。
「でもな、このご時世はそんなに甘くないからな」
そう、ただでさえ厳しい日本経済の真っ只中、婚活に勤しむ余裕がない。
低い賃金や厳しい業務環境、はたまた異性に対する意識の高さ。
そんな要素が絡んで、出生率が低くなり、少子高齢化が危ぶまれているのだ。
しかし、そんな状況だからこそ、婚活業界は新たなターゲットの発掘に余念がない。
「そういや、アレがあったな……!」
男性レイヤーがウェストバッグを探る。
「なんだよ、あれって?」
ジンジャーがきょとんとした顔で尋ねた。
「じゃーん! 俺たちレイヤー専門の結婚情報サービスだ!!」
「なんだってーー!」
取り出したスマホの画面を見て、ジンジャーは驚いた。
「しかも、運営してるのサイバージェネシスホールディングスじゃないか!」
ジンジャーが目を丸くした。
サイバージェネシスは、秋葉原に本社を置き、《エンジョイライフをクリエイトする》をモットーにする総合IT企業だ。
そんな会社が婚活ビジネスに着手したのは、やはり少子高齢化社会に危機感を感じたのであろう。
ジンジャーは、
「今しかないって事か?」
仲間の男性レイヤーに、そう尋ねた。
「そうだぜ! 今すぐエントリーするんだ!」
「お、おう」
ジンジャーは私物の入ったカバンからスマホを取り出し、コスプレイヤー専門結婚情報サービス《コスカツ・プロジェクト》のサイトへアクセスした。
「えーと、まず、本名とレイヤー名を入れて、その次は……」
画面のガイダンスに従って、ジンジャーは基本情報を入力する。
「最後に好みの異性のタイプを入力するっていうんだけど、これはどうするんだ?」
近くにいた女性レイヤーに尋ねた。
「あぁ、コスカツプロジェクトね! あんた顔がいいから、とりあえず家庭的な子が好みですって事にしなさい! あんたの手料理は女子の胃袋を掴むんだから」
「だとよ」
仲間のレイヤーたちに言われ、
「家庭的な女性が好きです……っと」
一通りの入力が終わり、
「これで、エントリー開始!」
ジンジャーが最後の一押しをタップする。
画面に、《エントリー完了、ご登録ありがとうございました》と表示される。
「これで、良かったんだよな?」
「そうだぜ! ちなみにエントリーすると基本料金完全無料でいろんな機能が利用できるぜ! ただし、プレミアム会員は有料になるから気を付けろ」
そんな会話をしながら、ジンジャーはクレジットカードでスタジオ利用代金の支払いを済ませて外へ出る。
時刻は一七時。
少し山吹色に染まる空が、初夏の時期を感じさせる。
「さて、晩飯は奮発して銀座の需々庵で打ち上げだ!」
ジンジャーがクレジットの残高を確認し、この場にいる全員を高級焼肉店へ誘った。
「うおおおおおおおっ!!」
「人の金で焼肉、キターーっ!!」
レイヤーたちが喜ぶ様子を見て、ジンジャーはこんな楽しい日々が続けばいいと思っていた。
月曜日の朝、千葉市花見川区・幕張本郷駅から徒歩四分の立地にあるマンション。
その三階にある一室がジンジャーの部屋である。
目覚まし時計が鳴り響き、ジンジャーはむくりと起き上がる。
「グッモーニン、人類の諸君!!」
意味の分からない朝の挨拶を叫ぶ。
しばしの沈黙が流れる。
「よし、出勤の支度をするぞ!」
朝食を済ませ、作り置いた弁当やノートPCをビジネスバッグにしまう。
いつものスーツにスチームをかけてしわを取り、それを着こむ。
玄関の新聞受けから今日の新聞を抜いてドアを開ける。
外に出てドアを閉め、鍵をかけるとジンジャーの出勤準備が完了する。
「それじゃ、行くか!」
階段を駆け下り、いつもの出勤経路を小走りで駆ける。
幕張本郷駅でいつもの電車に乗る。
電車の中は老若男女問わず、通勤通学などに向かう人々であふれかえってる。
(さて、今週は給料日が近いから、食費を少し削るか……。 ん?)
そんなことを考えていると、ピンク色のポニーテールの女性がそわそわしていた。
「どうしましたか?」
ジンジャーが尋ねる。
女性は勇気を出し、
「隣の人、痴漢です!!」
大声で叫ぶ。
その時、痴漢をやっていた男がビクッとなった。
ジンジャーは素早く痴漢に近付き、
「お前か! 彼女に酷いことをしたのは!!」
右腕を力強く握りしめ痴漢を威嚇する。
「あだだだ!」
握りしめられ、痴漢は悲鳴を上げる。
「くそっ! てめぇ、俺の邪魔をするな!!」
痴漢は左ジャブで反撃に出るが、
「無駄だ!」
そのジャブを受け止めながら握りつぶすかの如く、力いっぱい握る。
痴漢が声にならない悲鳴を上げる。
騒ぎを聞きつけたのか、電車は津田沼駅に停車した。
ホームには既に通報を受けた駅員や警察が待機していた。
「くそっ、離せよ!」
痴漢はジンジャーの手を振りほどいて逃げようとするも、両手の痛みが激しく、逃げようにも手が人にぶつかるたびに痛む。
その痛みが幸いし、警察が取り押さえる時は案外スムーズに出来た。
「この偽善者! 俺の仲間たちがいつかお前に報いを下す! 覚えていろ!!」
引きずられる際に吐いた捨て台詞の意味が分からない。
そんな痴漢を見ていながらジンジャーは、
「痴漢の発見ご苦労様です」
「人として、当然のことです」
駅員からの感謝に答えた。
そして、痴漢に遭った女性に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。 助かりました」
ジンジャーに助けられた女性は、安堵の笑顔を見せた。
「それじゃ、僕は通勤に向かうので、道中お気をつけて」
ジンジャーは、女性に目配せを送りながら出勤を再開した。
「また、会えますように」
その言葉を背中で受けながら……。
東京品川区の中心街にある《山宮商事》。
この会社は、世界的な物流インフラの整備を主要事業に、様々な業務に勤しむ世界最大手の総合企業だ。
ジンジャーのオフィスは、三階にある生産部事務四課だ。
「えーと……」
書類を整理するジンジャーに、
「健太郎!」
不意に彼を呼ぶ声。
「はい、山岡部長!」
ジンジャーこと津荷健太郎は、上司である生産部部長・山岡豪人のデスクへと駆け寄った。
厳つい髭が一瞬威圧感を与えるが、キャリアは長く、多くの部下から信頼されているのだ。
「今日の新プロジェクトの件、期待しているぞ!」
「期待に応えるよう、全力で頑張ります!」
豪人から渡された新プロジェクトの案件ファイルを受け取り、健太郎は答えた。
「よろしく頼むぞ」
豪人はデスクに置いてある湯飲みにお茶をすする。
「しかし、部長。 今回の新プロジェクトの件、成功率にいささか不安が……」
健太郎は若干懸念した様子でプロジェクトのファイルを見る。
今回のプロジェクトは、中東の石油インフラ整備計画である。
多くの日本企業が出資をしている一大プロジェクトで、これが成功すれば、日本の原油調達に大きな飛躍となると言う。
しかし、インフラ施設周辺にはイスラム系反日武装勢力が未だに息をひそめていると言う現状がある。
施設が襲撃されてしまったら、多くの企業は甚大な損失を被ってしまう。
健太郎はその面を考慮しているのだ。
「まぁ、それはわかっている。 無茶だと思うが、頑張ってくれ」
「わかりました。 できるだけ最善を尽くすよう、尽力します!」
豪人の言葉を一押しにして、健太郎は二階にある第三会議室へと向かった。
正午、午前の仕事を終えた健太郎は、自分のデスクへと戻った。
「やっとお昼だ、今日は一段と緊張したな」
カバンから弁当を取り出し、一息つく。
今日の弁当は、サラダチキンとシーザーレタスのバゲットサンド、彩り野菜ピクルスと言った、シンプルな構成だ。
彼の作る料理は絶品ともいえる味で、女性レイヤーたちから絶大な支持を受けている。
「やっほー、健太郎!」
不意に後ろから響く女性の声。
「春坂君!」
健太郎が振り向くと、そこには整った茶髪にクールな顔立ちの女性がいた。
春坂由美は健太郎の同僚で、どんな状況でも冷静に対応する才女である。
「おお、今日の健太郎のお弁当美味しそう!」
由美が健太郎に近付く。
「春坂君、君のはどうなの?」
健太郎が尋ねた次の瞬間、凄まじい異臭があたりに広がる。
周りにいた者たちはその臭いに悶絶する。
「私なんか、全然だよ……」
由美は弁当箱を取り出してふたを開けると、その中身は、悲惨な物だった。
彼女は料理が壊滅的で、その臭いは犬が気絶するくらいだ。
「不味いっ! 捨てるんだ!!」
健太郎がそれを窓から放り投げ捨てる。
「私のお弁当!!」
由美が涙目になってその行方を追う。
「はぁ……、春坂君の料理の腕、指導してやらないとな」
呑気なことを言う健太郎。
しかし、後に彼の人生を変える大きな出会いがあることを、まだ知る由もなかった。
どうも、お久しぶりです。
騎士誠一郎と申します。
さて、コスカツは、私が興味を示しているコスプレイヤーの婚活から始まった恋を主題にしつつ、政治問題や社会風刺の要素を取り入れた意欲作です。
皆さんは、こんな私を受け入れるとは思いませんが、よろしくお願いいたします。