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勧誘

 どこか緊張した面持の神楽君と共に、私たちは学校への路についていた。道を越えるに連れ、周囲を歩く高校生も増えていっている。

 私はてっきり、家が別なら登校も別々かと思っていた。もちろん、偶然出会ってしまったならば、一緒に行くことも有り得るが。

 一応、家を出るときにドアをノックして確かめたものの、居なかったので私はそうだと思って、病院から出た。しかし、そこには焦りを表情に(ちりば)めた神楽君が立っていたので、私は自分の考えを恥じた。

 彼は待っていてくれたばかりか、待たずに行こうとしてすまんかった、と謝ってきた。私はどうしたらいいのか分からず、ただ戸惑ってあやふやな返事をしてしまった。なんと言っていたかは覚えていない。

 そういう次第で、私と神楽君は肩を並べて歩いている。周囲から好奇の視線が遠慮なく私たちを舐めまわし、恥ずかしくなってつい視線を彼から背けてしまう。

 私たちの間に大して共通する話題も無く、ただ沈黙に流れを任せてしんみりと歩いている。

「……そういえば、ギターに心当たりがあるって言ってたけど、誰?」

「ん?あ、あぁ……。」

 彼は意表を疲れたように、目に焦りを浮かべたが、すぐに取り繕っていつもの表情に戻した。

 彼の手には、私が言ったとおりに黒い手袋がはめられており、義手は完全に隠されている。あとは、馴染むまで鳴り響くモーター音などをうまくやり過ごすことができれば、これから決してバレることは無いだろう。

「同じクラスの奴だ。確かなんつったっけか……目立たない奴なんだよな。木島とか言ったか。あんな弱そうな奴が、ギターなんてやってるんだなぁ、って思ったから印象に残ってるんだ。」

「へぇ……。」

 私は外見が弱そうで、ギターをやっていると言われて、ぱっとイメージは思い浮かばなかった。

 そういう類の楽器をしてる人というのは、見た目が弱そうではないというのは、ただの私の先入観。そういう人だって居るだろうし、腕だって立つかもしれない。

 私は少し反省した。


「あ、おはよー」

「お、おはよう……」

 笑顔で挨拶をしてくれる真利に、私もぎこちなくだけど挨拶を返す。まだ馴れない。

 それなりに余裕をもって来れたらしく、まだ始業まで時間がある。

 彼とクラスは大分離れているらしく、下駄箱の時点で別れることとなってしまった。惜しいとかそういうわけではないがもったいないな、と私は矛盾した思考を抱いてしまう。

 彼は先週の後半辺りから学校に行っていない。目覚めたのが土曜日だったから、木、金と休んでしまったこととなる。無断で。

 うまく私から弁明できればよかったが、肝心なときにチカラは働かないらしく、彼に言い訳を上手くするように言う事しかできなかった。

 勝手に問題を押し付けて、後は知らん振りしている。そんな風に彼に思われたくなかったが、そう思われても仕方が無い。

 しかし、こうして彼に嫌われたくないと思うのは何故なのだろうか。いくら見張る必要があるといっても、あの創部の誘いを断らなかったのだろうか。私の中で答えは出ない。

 私は寂しかった。今、もう一度彼に真正面からそう訊かれたら、私はそう答えることになるのだろうか。

 私は首を振った。真利は続々と登校してきた友達と楽しそうにおしゃべりをしている。

 嫉妬というよりは……憧れ。尊敬。畏敬(いけい)

 私は普通の少女。世界と隔離されても尚、人との繋がりを強く望んできた。

 答えが出ない。私は何を求めているのか。何を(おそ)れてあの輪に入ることができないのか。

 私には……記憶がない。


「今日はお弁当持ってきた?」

「え……。あ……。」

 どうもうっかりしていて、忘れてきてしまう。注意力の問題か、はたや記憶力の問題から自意識の問題か。

 真利が、困ったような顔をした。どうせなら笑って欲しいところだったが、ここが彼女のいいところ。

「あ、と……今日は大丈夫。お金持ってきたから。」

「うん、それなら良かった。」

 彼女はそう言って笑った。清々しい、見るものの気持ちを和ませる。

「それじゃ買ってくるから……。」

「うん、行ってらっしゃい。」

 私はその言葉に、自分でもわかるくらいぎこちない笑顔を返した。

 

 中庭に置いてるかのようにある、技術室。元々、倉庫だったらしく、使えるほど整備がなされていないのだとか。周囲と比べて、大分前からあったのか、木の色が露出し、年季を感じさせる。

 放課後は陸上部などといった運動部がこのあたりを占領するらしく、放課後は地面を蹴る音がやかましく聞こえる。

 でも昼休みでは、屋上の人気には勝てなく、そもそも昼を食べるという場所ではないので、閑古鳥が鳴いている。

 気休めに植えられたのか、一本だけ隔離されたように生えている木に背中を預け、購買部で買ってきたあんぱんを頬張る。こしあんとつぶあんの中間、新しい感覚という宣伝文句が目に入って、そこそこの値段だったから買ってみた。中途半端に溶けきらなかった、カレーのルーが入ったカレーみたいな感じで、そんな美味しいとは思わなかった。それでも人気なのだから、私の舌が肥えてしまったのだろう。

 これを買ったお金に関してだが、どうしようも無くチカラを使って作ってしまった。どうしようもなく犯罪だが、ここは生きるためにはしょうがなかったから……なんて言っても単なる言い訳になってしまうが、百円玉を量産した。銅とニッケルを四対一の割合で混ぜた化合物が原料だから、チカラを使って用意に作ることが出来た。酸化等での変色も研究し、同じ製造年ばかりのものではなく、色々と製造年を(ちりば)めた。これで、そうそうバレることはないはず。

「あ……」

 ぺしゃっとあんぱんが地面に叩きつけられて割れた。中身からぐでんとした(あん)が顔を見せている。

 特に、あんぱんが私の手から飛ぶようなイベントは起きていない。いつものドジだ。どうも考えごとをしてしまうと、こう注意力が分散されてしまう。

 私は神楽君が来る前にと、慌ててあんぱんの残骸を拾い集めて、木の裏に埋めた。もったいなかったが、ああなってしまったのを食べるなんてはしたない事できるはずもないし、木の根元に埋めておけば、バクテリアやらが分解をして木の養分になる。この木に生きる意志があるならば、無駄にはならないはずだ。

 私がこうして、閑散とした技術室の裏に昼休みに居るのは、朝、神楽君から頼まれたからである。どうやら、そのギタリストやらをここに連れてきて、勧誘するらしい。

 なんだかその光景を第三者に見られたら、なんか誤解されそうで私は怖かったが、目を燦々(さんさん)とさせてこの計画を話す彼を見ていると、どうにも異論を唱えることができなかった。

 暇を持て余した頃、彼は一人の男子生徒を連れてやってきた。

 なるほど、彼が言っていた気が弱そうを、絵に描いたような少年だった。目は忙しなく泳いでいて、背中は怒った親の前にたつ子供の様に丸められている。

 私が彼らの方に走っていくと、彼は私の存在に気づき、瞳孔を縮ませる。見た目に反さない性格らしい。

「話って言うのは……もっとリラックスできないか?」

 神楽君は私の紹介を置いて、いきなり本題に入る。時間も時間なので、必死なのだろう。

 彼の言葉が示す通り、彼は猛獣に食われる寸前の動物の様におびえているというか、動揺している。平静を保っているようで、目が一回転しそうなほど泳いでいる。

 ちらりと神楽君が私を見た。すぐに視線を戻したが、それが何を意味するのかよくわからなかった。

「お前部活入ってないよな?」

 木島君は、首をすぼめてぶんぶんと振った。肯定と受け取って、俺は安堵し続ける。

「あと、ギターを弾けるんだったよな?」

 木島君は首を伸ばしてがくんがくんと首を縦に振った。いちいち動きが大きくてやりにくい。

「どんぐらいからやってる?」

「中学のとき部活でやってた……。」

 神楽君の目に感心の色を映された。

「実力はどんぐらいかいえるか?」

「……コンクールで銀賞とったことがある……。」

 神楽君が驚いた反動で咳き込んだ。それをみた木島君はびくりと身をすくませる。正直、私も驚いた。神楽君の反応に。

 神楽君は、なんとか体裁を取り戻し、話を続けようとした。

「それじゃあ訊くんだが……。」

 と言った時、嫌な工事現場で鳴り響くようなモーター音が鳴り響いた。音源は、神楽君の左腕……義手だ。 

 くらりと、体が軋むような嫌な感覚を覚え、慌てて体に力を入れて持ちなおす。

 神楽君は慌てて、それでも冷静な顔つきで木島君の死角で左腕を拳骨で殴った。途端にモーター音が止まる。

 私は初めてだったが、もしかしたら、慣れているのかも知れない。

「い、今のはなんでもない!そ、そうだ。閑古鳥の鳴き声だ!今のは!」

 怪訝そうに、口端を緩める木島君に神楽君がそう言って言い繕う。冗談めかしたことを言って、心に隙を持たせて話の軸から目を逸らさせようとする、何気に上手い作戦だ。閑古鳥の鳴き声で騙される人はそう居ないから。

「木島……頼みがある。」

 いつもの様子に戻った木島君を見て、神楽君が話を元に戻した。

「一緒にバンド部を作らないか?」

 また、木島君の目が驚いたように見開かれた。一挙一動が大袈裟で、真面目に接すると気疲れしそうだ。

「……い、え、本当に?」

 木島君の返事を聞いて、私は眉をひそめた。どこか違和感がある。

 逃げ腰だった腰が、何かを見据えるように……目的が見つかったように据わったような気がした。

「うん。神楽君と私と貴方で。作らない?」

 一応、打ち合わせどおり釘を刺す。

 六感という不確実な要素での勘だけど、こう言わなくても彼は承認するはず。でも、神楽君に不審に思われてはいけない。

「……障りが無いなら……是非。」

 おずおずとそう言った。

 神楽君は、創部確定と決まって嬉しいのか、目が逝っている。

 私は、急に変わった木島君の態度に不安を覚えていた。

 彼が態度を変えたのはモーター音が聞こえてから。

 もしもそうならば、神楽君に何か良くないことが起きる。

「おっしゃ!決まりだぁっ!」

 神楽君は、上ずった声でそう言った。私はそれを聞いて、今抱いていた疑問を忘れて思わず顔を綻ばせかける。

「……でも顧問は……?」

 木島君が言った。

「顧問は適当に探せばいいだろ。どうせ部活持ってない教師も多いだろう。」

 神楽君は、楽観的に言う。事実そうかもしれない。

「でも、ボーカルなしで大丈夫?」

 私は、疑問を忘れて目の前にあることに専念しよおうとした。それ以前に、花形のボーカルが居ないのでは、話にならない。

 私は首をひねってそう訊くと、神楽君は少し考えたような顔になったがすぐ元に戻る。

「別に俺たちが交代でやってもいいし……木島は無理そうだけど。」

 ちらりと、神楽君が木島君を見やると、彼は首を横に振った。ちなみに私も彼に同意だ。

「まぁ、希望者でも募ってオーディションでもすればいいさ。」

 彼がそういったので、私はそれでいいかと合点を打った。

「そんじゃ、戻るか。」

 神楽君は、そう言うと木島君を促して教室に戻ろうとした。私もそれに従う。

「ちょ、ちょっと僕用があるからさ……先行っててくれる……?」

 そうしようとすると、木島君がそんな風に言った。それを聞いて背中が強張るのを抑えられない。

「用?」

 神楽君が怪訝そうに訊いた。木島君が頷く。

「先生に用事頼まれてたの思い出して。」

「そうか。」

 神楽君は、気持ちが昂ぶっているのか、大して不審そうにせず、片手を挙げて立ち去った。

 結局のところ、用があろうとどうであれ、校舎に戻るためには同じ昇降口に行く必要がある。だから、途中までは同じ道を辿ることになる。

 私と木島君は、少し距離を置いて神楽君のあとを追うように歩く。

「星山……さんだっけ?」

 別れ際に、いきなり木島君に声を掛けられて思いっきり驚いて舌を噛んでしまった。

「ふぁ……な・・に?」

「あ、えとさ……」

 木島君は、言いづらそうに視線を逸らした。

 そして。

「神楽君から目を離さないほうがいいかもしれないよ。」

「……え?」

 私の思考が混沌とする。

「そ、それだけ……」

「……うん……」

 彼はそれだけ言って、職員室の方に歩き出した。

 どこと知れぬ焦燥感が私の心を支配した。


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