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寂寞

 数十分後、なんと神楽君は大きなスーツケースを抱えて戻ってきた。なんというか、あっさり追い出されてしまったらしく、顔が悲痛に歪んでいた。

「え、早いね……」

 かける言葉も見当たらず、とりあえず素直な感想を述べてみる。少なくとも結論は明日出すであろうと思っていたのだが……。

「ん、半ば追い出されたって感じだな。」

 もっと海溝よりも深い家庭事情がありそうだったが、そうしてできた傷に塩を塗りこむようなこと、私にはできなかった。よくみると、頭に(こぶ)らしき突起が出来ている。

「どうしたの……それ。」

「ん、これか?殴られた。」

 やっぱり無茶なこと言ってしまったか、と私は申し訳なくなる。いくら事情が事情とはいえ、私が勝手につけた都合だし、私の自分勝手だ。彼には自分で選ぶ権利があったけど、腕がなくなる、と半ば脅しといった感じで了承させてしまった軽率さを私は悔やんだ。

「い、いや、これはだな、妹に殴られたものであってだな、決して口喧嘩になった成り行きで追い出されたというわけでは、断じてない。」

 彼を見ると、狼狽した表情で私を必死で慰めようとしてくれている。

「うん……ありがとう……」

「いや、マジだからな。言っとくけど。あと、俺は半ば、てか全面的に後押しされるような形で家を追い出されてきたから、別に電話とか掛ける必要も無いからな。」

 半眼で私を見据えて、私がとろうとしていた行動に釘を刺されてしまって、私はぐうの音もでなかった。

「えと、その荷物はあそこに置いて……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 私が家具のスペースの各自の取り方を説明しようとしたところ、彼から上ずった声で制止が掛かる。

「なぁに?」

「あのさ、ここは病院だったわけで、この病室は個人部屋だよな?それなら、ベッドが一つしかないんだよな……?」

 私は彼の言いたいことが分かった。

「あ、二人で寝るのがきついのなら、私が下で寝るから……」

「ち、ちがっ、最後まで聞いてくれって。つか、二人で寝るつもりだったのかお前は!」

 死の宣告を受けた罪人みたいに、彼が狼狽の色を深めて顔を赤くしてそう言って来たのを聞いて私は首をかしげて言った。

「え、だってそうなるでしょ?」

「……まぁそれはいいとして……そういうのは駄目だと思うんだよ。どちらかが一人、この冷たい床で夜を越すなんてな。」

 それは良心的な問題だろうか。

「え、私は別に構わないんだけど……」

 私が言うと、彼は顔を歪ませた。

「お前なぁ……。そういうのは駄目だろうが……」

「え、なんで?」

「いや、なんでもない。だからだ、俺一人で寝れるわけがないだろうが、星山が一人で床にねてんのに、俺が一人ベッドを占領してぬくぬく寝てるなんて。」

「え……それならやっぱり二人で」

「だだだからそういう問題じゃねえっての!他に部屋は取れないのかって話だよ!」

 私が驚いたように目を開くと、彼は何故かハっとしたように口を紡いだ。

「そそういう意味じゃ……別に好意を無駄にしようとしているわけじゃない。ってか、年頃の男女が一つの部屋というのは、事情がどうであれ、駄目だと思う。俺たちは良くても、世間が許さないだろうな。だ、だからだ。俺はお前の家、ここだけど、この隣に住むだけでいいじゃないか。うん。そうだろ?」

 私は一考する。

 彼に引っ越してもらったのは、家族から離れてもらう、人から隔離するため。酷い言い草だけど、これが目的なのは確か。彼には申し訳ないけど、運が悪かった、と諦めてもらうしかない。

 しかし一人ならば、私とそう近くなくてもいいかもしれない。まして、隣ならば、おなじくらい人目につかないし、何かあってもすぐ駆けつけられる……はず。

 それとあまり関係ないが、『俺たちは良くても』というところに、どこか安堵感を覚えてしまった。

「……分かった。」

「あぁ、分かった。ありがとな……」

 そう言って、彼は部屋から出ていきかけて、

「どの部屋がつかえる?」

 と訊いてきた。

「ええと、すぐそこの階段の向かいのとこが一番近いかも。」

「ああ分かった……。」

 彼は頷くと、部屋から出て行った。 

 しばらく、呆然として私は見ていたが、もしかしたら彼との同居を断られたことに落胆していると気づいて、苦笑いをせざるを得なかった。

 と、思ったが彼はスーツケースをもって憮然とした表情で部屋に戻ってきた。

「どうしたの……?」

「いや……」

 彼が抱えているスーツケースには私服の上下が一点ずつ、大きなその部屋を占領するように置かれていた。

 それを見て、私は背筋が凍りそうになるほど体が強張った。

「おおおおおい!大丈夫か!」

 彼が必死の形相になって、私に呼びかけている。

 なんというか、彼にはとんでもないことをしてしまったらしい。家出を強行させて、親と殴りあった挙句、この結果。私は、常識から考えられなかった……やっぱり……

「ひっ」

「うん、これは事情が深すぎるんだよ。普通の人からみりゃあこうなるのは当たり前だ。うん。星山、ちょいと聞いてくれ。」

 彼は私の肩をがくんと揺らすと、そう言って家に帰ってから、ここに至るまでの顛末(てんまつ)を話しはじめた。


──回想中

「ただいま。」

「お帰りなさいー。遅かったじゃないの。」

 心配の余地なし。てかここまでくると、俺の人権って存在するのかも疑問に覚えてくるんだが……。遅かったですむ時間じゃないだろう。

「学校もサボったみたいだし、心配したのよー。」

 そういや学校もサボることになったんだっけか。平日挟んでたからな……。

 ぼんやりとそんな事を考えて居間に入ると、何かただならぬ空気の匂いがした。トラの気配に勘付いたシカの様に、足を止めて周囲を見渡す。

 なんか……どうしたんだろう……この空気。この後に訪れる未来は、必ずといっても良好とは思えなかった記憶が……。

「バカー!どこ行ってたのよ!!」

 あぁ、やっぱりですか。こちらの存在を軽視していました。我々のミスです。

 妹が、ゴミ箱(空)を担ぎ上げて振りかぶっていた。それ命じゃなくてゴミを捨てるものなんですが……。

 ライオンに睨まれたサイの様に動けない俺に、ゴミ箱の脳天直撃が綺麗に前頭部に炸裂して、星が宙にキラキラと舞った。そのまま勢いで、廊下に倒れこむ。

「いっでぇ!!」

「心配したのに!!」

 その勢いで妹は、俺に馬乗りになってゴミ箱(空)(鈍器属性)を振り上げる。ちょ!待て!この展開は!

「これくらいで許してあげる……。」

 そう言って、軌道修正のきかない道に追い込まれた俺に言い残して俺から降りる。なんちゅう制裁方法だ。これでこれなら、一人暮らしをするといったら何百発殴られることやら……。あ、でももしかしたら墓での一人暮らしなら認めてもらえるかも。

「ほらぁ三日分のご飯よぉ。」

 そんな母の軽快な声が聞こえてきて、なにかの匂いがしてくる。

「……今の心境でこんなもん食えないんだが……。」

 テーブルに置かれたのは、本当に三日分のメシ。ただ、質量はそうだろうが、これはあつ意味では究極だろ。

 三日分のメシをごちゃまぜにして一つの皿に盛るのはやめてください。これはちょっと精神的な危ない病気なんじゃないのか?夫が居ないことによるノイローゼからか?

「そんなことより……。」

 俺は、その大皿に盛られたハリネズミの死体にカレーをかけたようなものを、テーブルの端っこに寄せた。そして、俺は簡単そうで、意外と難しいボウリングの様な例のことを話題の棚に上げる。

 俺は精一杯の真摯な顔で、言った。

「俺、一人暮らしをする。」

「!」

 母の顔が引きつった。背後から妹のローキックが飛んでくんじゃねえかとビクビクしたが、飛んでくる気配が無い。気絶してるのか?確かめたくとも、後ろを向いた瞬間足の裏が目の前にありそうだから振り向けない。

 もちろん拒絶を俺は覚悟していたというか、期待していた。当たり前だ。いつもこんな感じで俺を放置プレイしているのだ。というか、本当に無頓着で妹にも口出ししない。メシと居場所を提供しているだけなのだ。そんなのが親でよく妹のようなしっかりものが出来たな、とかよく俺グレなかったなとか思ってるのだが。いつかこういうことを言って確かめたかった。俺が本当にこの人の息子か。

「あ……あぁ……」

 おぉぉ、このショックを受けたような顔。これを待ってたんだよ。狩人が三日ぶりに獲物を見つけたような感じ。

 だが……数瞬後その獲物は必ず手に入るわけではないと俺は悟った。

「やっと決意してくれたのね!」

「はぁ!?」

 狂喜する母。体があらん限り、全てを用いて喜びを表現して、倉庫として使われている父の部屋にダッシュしていった。そして、スーツケースをがらがら転がしてくる。ちなみに妹は気絶していました。絶望したのかね。

「いつか言い出すと思って楽しみにしてたのよ!まさかこんな早く役に立つなんて!」

 ミュージカルの姑みたいなノリでそう言って、スーツケースを押し付けてくる。ってか軽っ!!なんで?どうして?普通重いのが恒例だろうが!

「じゃあね。お母さんは貴方のことを一生忘れな」

「待てっ!待て!自分の世界に入るな!なんでそんな現実の受け入れが早いんだよ!もっと渋れ!」

 母はまだ夢のミュージカル公演中!って顔をして、答える。

「何言ってるの!昨日までは、猫を見ただけでビビって漏らしちゃったこが、今日になって一人暮らしするって言い出すのよ?それを否定するだけの権利を私は持ってるとは思えない!」

 ヤバイ。これ……早く精神科に連れてってくれ。昨日俺この家に居なかったはずだぞ。どれだけあんた疲れてるんですか!?

 てか、普通は常識的に考えてだ。まず住居のあてはあるのか訊くだろう。次に仕送りの価格を考えるだろう。間隔も。次に家事とかそういうの訊いて、それからその家が本当に自分にあってるのかどうかを確かめて、近所付き合いを云々をして……。

 とにかく、こんな、俺一人暮らしする!はい、いってらっしゃい!的なのは認められん。てか、星山もこんな早くは望んでないだろうし、そんな映画的なことを考えるのはこの母親しかいない!てか、理由を訊け!

 藁で作ってある思考堤防があっという間に決壊し、決して少なくない情報が俺の脳内を支配する。要するに、動揺しているのだ。

 俺はこの人の息子ではないっ!

「……。」

 そんなスーツケース(猫より軽い)を持って、母の狂乱振りを呆然と佇んで見ていた俺のよれよれの制服の裾が引っ張られた。

「……ん……なんだ?」

 妹が、目に涙を浮かべていた。背が俺より大分低いので、上目遣いになっておりその微妙な角度がそれに上乗せされて、効果抜群!的に俺の中枢神経を麻痺させた。

「あ、あたしも……引き止めないよ。きっと何か訳があるんでしょ?あたしの部屋にも入ってこれないほど弱虫のお兄ちゃんがそんな事言い出すんだもん。」

 いや、それと弱虫は沖縄と北海道ほどかけ離れているぞ。用もなく妹の部屋に入るか普通。

 それでも、そんな言葉が妹の口からでるなんて、これっぽっちも予想できなかったので、俺はそのまま富士山の登山道で図書館を見つけたような顔で、身じろぎすらできずに突っ立っていた。

「うん。だから……安心していってきていいよ。これだけは許してあげる。」

 俺は大変な勘違いをしていたことに気が付いてしまった。それは、この十五年しか生きていない弱い俺をずっと欺いてきた、とても重くて残酷な嘘。

 こいつらは俺の家族なんかじゃねぇっ!

──終了


「──というわけで、追い出されてしまったんだ。」

「……そう。」

 ところどころ重大な欠陥が見られそうな家族だった。なんというか、奇抜というか奇怪というか。変わり者といってしまえばそうかもしれない。

 だが、私にとっては羨ましすぎる話だった。

「いい家族ね。」

 紅茶を彼に注ぎながら、私は思わず呟いていた。そう言うと、彼は思いっきり顔をしかめて見せた。

「どこが。」

 私から見てすれば、家族という社会集団の中でも一番身近にある存在があるだけでも羨ましい。誰から、何の説明も受けずにここに飛ばされここに住んでいる私にとっては、どんな不遇な家庭だろうと、羨ましい以外の感情は覚えられなかった。

「すこし傾いてるけど、ご飯を用意しておいてくれたところとか、妹さんの愛の鉄拳が飛んできたところとか、神楽君が決めたことを否定しなかったところ、かな。」

 私がそう言うと、彼は何かに気づいたように深くため息をついた。

「どうせすぐ終わってしまう人生なら、少しは楽観的に考えないと生きる意味がないもの。これも一種の自立ね。」

 自分で言ってみてから、私に楽観的な思考ができるのかどうか、疑問を抱いてしまった。結局のところ、彼の義手を作り、無理矢理近くに住まわせてしまったのも、私の我が侭、自己保身のため。

「……。」

 自分の言った言葉に虐げられて、私は陰鬱(いんうつ)な気分になる。

 これから私は、どう生きていけばいいのだろうか……。

「……悪かった。」

 彼が、突然そんな事を言ったので私は少し驚いて彼の方を向いた。

「両親……居ないのか。」

 ……。

「なんというか……人間てのは、そんなもんだよな。ある物事に適応すると、別の物事を欲するっていうのか?日本じゃ皆勉強やだとか言ってるけど、世界にはしたくでもできない子供がたくさんいるとかいうのが良い例か。」

 彼は照れるように視線を逸らした。私も釣られてその方向に視線を向ける。窓の外は、未だに見慣れていない、閑静な旧街道が見える。

「寂し……かったのか。」

 ぎくりとして、私は彼の方を見た。未だに視線を窓の外に向けている。

 自分の胸に問い掛ける。

 寂しい?ずっと、一人でどこか得体の知れない世界に閉じ込められて、一人にも慣れてしまい、何のために生きているのか分からなくなっていた、私。

 寂しかったに決まってる。

「……うん。」

 思っていた以上にか細い声が出た。時に憎しみを、時には哀しみを、時には喜びを具体化した何かが、私の(まぶた)を熱くしてくる。

「あ…………っと…………。ん。」

 彼は言葉に窮したのか、意味にならない言葉を言っている。

「ん。それじゃ何のために俺がいるか分からんな。」

 やがてそう言って来たのを聞いて、ぐすりと顔を上げると、彼は笑っていた。

「俺はバカだからどうにもならんかも知れないけどな。傍に居ることくらいなら……できる……」

 そう言ってから、彼は何故か毒でも呑んでしまったかのように、語尾を濁した。

 私が首をかしげていると、彼は取り直したか、言葉を締めた。

「悪い、臭かった。」

 思わず吹き出してしまう。

 もっと別な自然な形で、こういうことを望みたかったが、これもそう悪くないかもしれない。

 私は与えられてばかりだ。チカラからといえ、彼からといえ。

 変わりたい。



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