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発端

 私の様な存在が生まれたのは、創造主の意図か、人間の自惚れか。

 チカラの存在を知ったのはいつだったろうか。両親が蒸発し、独りぼっちになった頃だろうか。独りぼっちになったのはいつだっただろうか。

 物心ついたころから。

 そのチカラから、無限といってもいいほどに溢れ出てくる知識、情報、感情。生ける神の様になったかと錯覚するほど私は脆かった。

 自意識の隙間にあるチカラ。成人した人間が所持している知識と同じ量の知識が、幼子であった私にどれだけの負担をかけたか。その負担が私を壊した。

 人は私を錬金術師と呼ぶ。原子と原子を混ぜ合わせ、全く異なる原子を作り出す学問、それが錬金術と呼ばれるらしい。失敗しても飽きずに努力を重ね、ついに実らず科学という人類を進歩させたか、衰退させたか分からない対象に逃げ込んだ。

 そうして考えると、私はそうした人間の欲望の結晶だとしか思えない。自分のそう思った物質を作れる。練成できる。これを知ってしまった一部の人間は、私を錬金術師と信じる。

 私はそうじゃない。信じていない。私は人間だ。

 子供が受け入れられるはずの無い量の情報を飲み込んで、是認してしまった私に常識は通用しなくなってしまった。無垢に自分を偽らない、子供の心は失われてしまった。 

 無愛想だと思われた。私は謙遜されていく。しかし、私は当然の反応だと思ってどうしようもしない。

 無知はどうしようもないくらいの罪。その罪は重すぎて逆に罪と認められなくなってしまう。私は、誰かの操り人形としてこの世に召還されてしまったのに過ぎなかった。


 ある日異空間に迷い込んだ。パラレルワールド。誰も居ない。静かな街。私の与えられた知識の中には存在しない。誰も知らない世界。

 そこに存在するのは、元居た世界では考えられない情報。平和と平穏を望んでいる大半の人類にとっては残酷な事実。

 それを呑みこむのは辛かった。

 弱いものは自然淘汰されて、強いものが上にのし上がる。強いものは更に強いものに倒されて、そのローテーションは世界が存在する限り続いていく。一部の人間は既にそれを認めている。弱いものにとっては、ただ傍観するしかない世界。

 そんな弱いものに、それに対抗できるチカラを与えて、世の仕組みをごった返そうとしているものがいる。誰。そんなことは気にしなくてもいい。そのような存在がいることだけを信じて、今を生きていけばいい。

 

 その異次元空間から脱出したとき、私は成長していた。

 荒廃した病院。ベッドとその周囲のカーテンが無造作に置かれているだけで、とりわけ目立ったものがあるわけではない。窓の外に桜がそわそわと揺れている。

 知っているはずが無い。ここは未来。私の体がそれを物語っている。でも知っている。このチカラはどこまでも知識を追いつづける。この世にある全ての情報を知り尽くしたとき、このチカラは新たな情報を自ら作り出す。

「もしもし。」 

 近くの公衆電話。携帯電話の普及によって、徐々に少なくなっているものである。

 近所の人から、両親に見捨てられた女子高生の役を演じ、テレフォンカードと近くにある高校の電話番号を借りると、その公衆電話からその高校へと電話をかけたのだった。

「はい、こちら県立西高校でございます。」

 よくとおる、初老と思われる男の声が響いてきた。


「転校生の紹介です」

 クラスの中がざわつき始めた。無理も無い。今日は始業式から二日経ったばかりだからだ。先生も少しばかり口端に疑問を映しているが、恐らくは手違いがあったと聞かされているのだろう。少しばかり雑だが、型にはまった転校生紹介を始めた。

星山新(ほしやましん)です。」

 少し前に出て、そう言って礼をする。溶け込めるかどうかは分からないが、皆出会ってそう経っていないと思われる。それなら、クラスとのハンデは同じくらいな訳だから、問題は無いだろう。

「そんじゃ、あそこの一番後ろの席に」

「はい。」

 先生にそう指示されて、私は窓際の一番後ろの席についた。朝方は日が差し込むらしく、机が温まっていた。

「それでは、今日の予定ですが……」

 私は、普通の人間らしい生活を送れると信じていた。


 昼休み。窓際の席でぬくぬくと日差しに当たっていると、前の席の子がある種残酷な旨の言葉を言って来た。

「お弁当……?」

「うん。あれ、もしかして忘れちゃった?」

 前の席の梁瀬真利(やなせまり)という女の子が、なんとなく無愛想に見える私に結構友好的に話し掛けてくれたので、溶け込めるかどうかは大丈夫だと思い安堵した。

 それでもこのチカラが知らない情報は無論、無数に存在するのは確かだ。

「忘れた……」

 かといって、購買部で何かを買うためのお金も持ち合わせていない。というか、それ以前にお金を一銭も持ってないから仕方ないことだけど。

「そっか。まぁ仕方ないよね。私のいる?分けてあげようか?」

 ショートカットにした髪を揺らして、私に弁当を差し出してくる。この好意は、乾いた井戸に降り注ぐ雨のように嬉しかったが、それでも馴れ馴れしくそれを受け取ってしまうのは憚られた。

「え、いいよ。そんな。」

「ん……そう。でも食べないと午後お腹すいちゃうよ?」

「大丈夫。我慢するのは慣れてるから。」

「そっか……そうだ、購買部でたまに余ったもの配ってたりするからそれを当てにしてみればどう?あんまり期待はできないけど。」

「ありがとう。」

 私はそう言って席を立った。


 北側の校舎の一階に点在する購買部。真利にいわれたとおりに来てみたが、期待しないほうがいいという言葉どおり、見事に完売していた。

 とはいえ、なれているという言葉は嘘ではないし、午後は昨日やったというテストを返すだけと聞いたので、ひもじいのは大丈夫だろう。家に帰ったところで食べられるかどうかも怪しいが。

 昼休みは、まだ大分時間がある。それだけ購買部が人気なのがよく分かった。

 教室に帰って昼休み終了まで他の人が弁当を食べているのを見ているのは、意識が我慢できても、体と理性は黙ってはいないかもしれない。

 屋上開放がされているとのことだったので、私は暇潰しと、下見と、風に当たりに行くのを兼ねて、屋上に赴いてみることにした。

 屋上の扉を開いて、出てみたが、そこに広がっていた光景に目を瞠るしかなかった。椅子が用意されているようだが、それ全てに群がるように生徒が座っている。それも大体がグループである。のこのこと入っていけるはずも無い。それにほとんどが先輩のようだ。

 建物の面積と同じだけの面積がある屋上は結構な広さがあり、端から端を歩いて往復するだけで結構時間がかかりそうだ。

 しかし、私は何故異次元に迷い込んだのだろうか。ましてや、何故今ここに放り出されたのだろうか。

 異次元にあったもの。人間の悪意、欲望、真意、恐怖。存在意義。知りたくも無いのに知ることになる恐怖。

 何年間いたのだろうか。十、十一年ほどだろうか。

 世界は大分変わった。それでも私は、きちんと現実を受け止めて、「今」らしく生きている。

 錬金術。もしくは、それと酷似した能力。錬金術なんてものじゃない。これは兵器にもなりえる。誰にも見せるわけにはいかない。

 上履きの底が何か、柔らかい球体を踏んだような気がした。それと同時に上がる、声にならない声。数瞬後に、それは食べ物だと悟った。

 恐る恐るその声の方向を見ると、『足が脆くなっているので座らないで下さい』と、座る板のしたから垂れ下がっている椅子に座った男子生徒の姿があった。まさに呆然として、私が踏んで原型が分からなくなっている(じゃがいもかな)を見ている。

「あ、ご、ごめんね……。」

 さっと足をその上から退けて、そう言うと、その男子は顔を私の方に向けた。どこかパッとしない顔であるが、別段悪くは無い。

 私を凝視しているその目は、どこか意識が灯っていないように見えた。私はつい混乱して、よっぽどショックだったのか、と思って次の句を重ねた。

「ほ、ほんとごめん。ちょっとよそ見してて……」

 少しばかり上ずってしまったと、自覚しながら相手の機嫌を伺うと、ハッとなったように瞳に色が戻った。それから、どこか慌てたように言った。

「べ、別にもう落ちたもんだから構わない。」

 それを聞いて少し安心したものの、すぐに彼が無様に潰れてしまったじゃがいもを見て、頭を垂れてしまったのを見て、罪悪感が援軍を連れて戻ってきてしまった。

「……あ、これ使う……?」

 そのままスルーしていってしまうのは人間としておかしいと思ったので、朝、登校途中に貰ったポケットティッシュを差し出してみた。

 彼は顔をあげてそれを見た。すると、そのままスイッチが切れたようにそれを凝視し始めた。

「だ、大丈夫?」

 どこか不可解な彼の行動に、自分が大変な間違いを犯してしまったんじゃないかと不安になって尋ねた。また瞳の色が失われている。

「ああっ!サンクスっ!」

 しかし、そのあとハッと目に意識を取り戻して、私の差し出したティッシュを受け取った。それからビニールの隙間からティッシュを一枚抜き取って、潰れたじゃがいもだったものを拭き取った。床には跡が残ってしまったが、時間が解決してくれるはずだ。

「あ、これありがと。」

 そんな光景を、なんとなく見ていたら、彼がまたティッシュを差し出してきた。手が不器用なのを隠そうとしてか、指が不自然な位置にあるのを見ると少し面白かった。

「うん。ありがと。」

 私も何故か礼を言って、彼の傍から踵を返して、自分の歩いてきた道に指針をとる。

「あー悪い悪い。遅れた。」

 立ち去り際に、彼の友人らしき人物がきたらしく、生物兵器並に悪い呂律でそんなことを言っていた。

 風はほとんど吹いていなかった様に感じた。


 夜の学校は、しんみりとしていて気味が悪い。よく怪談話などの舞台になるのも無理は無いと思う。むしろ、そういう怪談話の舞台にさせたから、そういったイメージを持たせてしまったのかもしれない。人というのは、先入観でものごとを決める傾向が強い。

 何故こんなところにいるかというと、(くだん)の異次元のことが大きく関係してきている。

 異世界の《何者か》が(もたら)した情報によれば、魔物おぼしき存在してはいけない存在が、この世に誕生してしまったらしい。

 私は救世主になるらしい。

 ふざけるのもそろそろおしまいにして欲しい。何が救世主。そんなもの存在するわけが無い。未来を予測できる者なんて。

 とにかく、そういう事情があって、こうして夜の学校に赴いているのだ。

 恐らく私は召還された。この閉鎖された土地に。

 このあたりに四散する中学校の優秀な人間ばかりがこの学校に集まってくるように仕組まれている。そんな感覚がする。逆に優秀ではない人間は、この近くの私立高校に行くことになる。そんなシステムができあがっているのだ。

 所以(ゆえん)、そんなところに意味も無く投下されたわけもない。となると、このあたりにそういった望まれない存在があることになる。

 そうなると、やはりこの学校が怪しい。私の転校をあっさりと是認した態度。気に食わないというか、おかしい。

 ザプっ!といきなり糖分でべとべとした液体が上から降ってきた。もちろんそれは私の体をびしょびしょに濡らす。

「何?」

 そのあと何かがコツンと頭にあたる。踏んだり蹴ったりだ。全く……。

 私の体を濡らした液体が入っていたと思われる空のペットボトルを拾い上げる。どうやら屋上の自販で買ったものらしい。単に炭酸水の中に砂糖を入れただけの粗末な代物だが、意外と人気らしい。

 私はため息をつくと、それを鞄に入れようと手をかけた。このまま放り投げて行くのも少し気が引ける。と、思ったら今度は、

 人が落っこちてきた。しかも、男らしい。

「きゃぁぁああ!」

 あちらは背中から、こちらは頭から当たってしまったらしい。もろに正面からぶつかりあった両者は相当な衝撃を双方に残し、それぞれ崩れ落ちる。正に泣きっ面にスズメバチだ。

「いたた……。」

 私が常人だったら死んでいたと思う。絶無結界張っといて良かった。

 錬金術と彼らが呼ぶ魔法のようなものの一つで、特殊な無色の金属で体をコーティングしているような感じだ。しかも衝撃を吸収するだけで、当たってきたものに特に損害は出ない。

 じーんとした感覚の残る頭をさすりながら、私の頭上から振ってきた人に近づいた。途端に、鼻を強くつくような腐敗臭に襲われた。

 これは……!

 砂糖水を被った後に、ペットボトルを喰らったことなど瞬時にどこかへ捨て、そこで倒れてる人に駆け寄る。左腕は完全に腐敗しきっている。

(……あの毒……。)

 強烈な腐敗臭にこの腐り具合といったら、あの虫の毒だろう。いきさつはどうだか知らないが、どうやらこの木の上でこの砂糖水を飲んでいたら、黒い虫に刺されたのだろう。

 黒い虫。異形の怪物。

 虫。なんとありきたりなのだろうか。恐らくのところ(さそり)のような容姿をしていると、《何者か》は言っていた。というか、そのような情報を教えた。

 私がクッションになってしまったせいか、他の外傷は少なかった。良かった。

 すぐにでもその虫の行方を追いたいところだったが、この人を見捨てるわけにはいかない。この毒は特殊で、その体の一部を完全に腐らせきってから他のところへ毒が広がるのだ。

 鞄から小さな小瓶を出して、中身を全てその腐っていく左腕、とくに付け根の部分にその中身をかける。少し狙いが逸れて、私の太股に掛かってしまったがきにしない。

 解毒剤だ。あの廃病院で見つけた、ハブの毒の血清を私が改造したもの。分子構造を少しいじるだけだったから楽だった。

 これで多分毒は消えた。でも、この腕は気の毒だが、切るしかないだろう。ほとんど腐りきる直前だったのだ。

 よく観察してみると、暗がりの中だが、その人が着ている服がこの高校の制服だと気づいた。だからよく顔を見てみると……

「あっ……。」

 昼休みに煮っ転がしを屋上で転がしていた人だった。恐らくは同学年。

 どうして生徒がこんな時間に、木の上でジュースを飲みながら?

「はぁ……巻き込んじゃった……。」

 素朴な疑問は山積みだったが、目の前にある大事な事実を解決する方が優先順位は高いだろう。

 私は両手を特殊な形で組んで、念を唱えた。

「磁界動戒石……。」

 それは単なる強力な磁石だ。だが、地球上に存在するN極、S極どちらでもない物質のもの。だから、必然的に反発によって宙に浮いていることになる。

 本来ならば、そのまま反発で宇宙空間まで飛んでいってしまうのだろうが、何故かうまくバランスがとれて、中を浮遊している。これに関してはあんまり私も情報を持っておらず、気がついたら持っていたもの。そうしたものはチカラの意思によって作られているものだ。私がどう研究したところで、新しい物質は作ることができない。

 気絶しているその人をその石に載せた。男子だから重いのは当然なのだが、さらに意識がないと更に重くなっているように感じる。

 腕は緑色に変色しているものの、既に腐敗は止まっている。もしも毒が回っていたら、それは厄介なことになる。


 その虫の毒は特殊な毒で、ある体の一部分、今回は腕だったが、そこを完全に腐らせきってから、全身に回るという性質がある。所以(ゆえん)、その部分が腐りきる前に解毒してしまえばいいのだ。

 だが、腐敗してしまってから、解毒してももう遅い。この異常な腐敗速度が語るように、全身に少しでも毒が回ると、死は確定したと同義だ。

 腐りきった腕を切り落とし、銀色の容器に入れる。まだ臭いが、さっきよりはマシだろう。

 泥まみれの制服の名札には神楽(かぐら)と書かれている。恐らくは毒は回っていないと思うが、もしもまわっていて、死んでしまったら家族にどうやって説明すればいいだろうか。

 私は首を振って、意識をしっかりとさせて、彼と向かい合う。

 私が(ねぐら)にしている、廃病院の一室。電気はつかなくて夜は不便だが、すめないことも無い。

 私は、少し視線を下に下ろして、それから決心する。私の行動力の無さが引き起こしたのだ。それなら私が責任を負う義務がある。

 彼の右手は、何か楽器でもやっているような手をしていた。恐らくやっているのだろう。それならば、作ってやらねばならまい。

 義手を。

 素材は、チカラが初めて作った、ソダロスティックという素材。私が勝手に命名した。

 重さは私が自由に決められて、形もそれなりに自由が利くので、もってこいだろう。

 窓の外で、バイクのエンジン音が聞こえた。




一応、シリアスな感じなんですけど、これは部活メインの学園戦闘物です。これは下敷きといったことで、伏線をばら撒こうとしたんですが、大して撒けませんでした……。

とりあえず、次回からきちんと始まると思います;;

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