少女ニサリー
[※少女ニサリー※]
スープが十分に温まると火から遠ざけて器に盛り付けて朝食の準備を終えたが、もう1人の住人は未だに寝ているのか朝食の準備を終えた今でも起きてこない。
足音を立てずに部屋まで向かい、弱い力で少しずつ扉を開けていく、途中で扉が軋む音を立てても気づかれなかったようでそのまま部屋に入る。木板が敷き詰められた床を時間を掛けて踏み進める、この村では良い部類の寝具が置かれており、その上には白い毛布が表面を覆う、やや丸みを帯びた塊があたかも生きているように僅かにその肺を動かしている。
恐る恐る毛布をめくるともう1人の住人、白い茶髪が目立ち私と比べやや上の方にある獣に似た耳を持つ少女ニサリーが縮こまって眠っていたのだった。
私が薬師の引継ぎを始めるより昔の記憶であった、馬に乗せられたり、触らせてもらっていた幼少期の経験が獣に対する過剰な緊張を防ぎ、師匠により与えられた様々な知識で適切な指示を下せた結果、ニサリーと同居ができるようになったと今でも考えている。
靴を脱いで寝具の上に膝で立った後、腕で支えながらゆっくりとニサリーの隣に向かい合う様に横たわると右腕を伸ばし彼女の肩に手を伸ばす。
確かに音に敏感に反応する耳は良い、引っかかりの少ない艶のある髪を指の腹を使って頭頂部から耳にかけてさするのは最高である、耳介の外側を小指の各指頭で連なる様に撫で続け、母指を耳介の内側を巡る廻る動かし、慣性を与えぬ様に虚を挿みながら撫でた時に全身が震える様など恐ろしく惹かれる。
それでも、そう、それでもだ。
礼儀がある、幾ら親しくても、寝ている間にそんなことをした所で、起きている時にした反応とは比較にならないのだ。寝ぼけ眼の彼女は反応が薄いために、彼女が覚醒するまでは私が満足しきれずに朝食が冷めきった後でも全身を撫で続ける自信がある。
だから、私は彼女の肩に手を伸ばしたのだ。さらにその先の背骨辺りに指を沿わせると少しずつ下に向かうのだ。肌着の襞や下着の段差に差し掛かると速度を落とし、2指を使ってしっかりと交互に段差の山を踏んで越え元のように流れるように背骨に沿わせるのだ。しっかりと背骨の凹凸を確かめながら進めると、ある地点で停止できるように少しずつ速度を落としていくのだ。目標まで半分を過ぎる頃には彼女の体が時々揺れるのが分かり、道から外れて草を食べないように意識して進む。
そうして辿り着いたのがここだ。
臀部よりも上、尾てい骨から指の3、4本離れたこの場所こそ国境。先に見える恐ろしいやぐらはすべての結末を知るかのように我らを誘うように優しく揺れる。一たび越えてしまえば勝負がつくまで、正しくは体力の尽きるまで全身全霊をもって事にあたらせてしまうだろう。そう確信できる。
苦し紛れに手が揺れると私は落ち着きを取り戻し、爪の先を当てる様に軽やかに、素早く、トントンという擬音で表現できる刺激を何度か与えると名残惜し気を残したまま、その場から手が飛び立つ。
これでいい、私、これでいいんだ。
溺れるような快楽に憧れるのは確かだ、一度は味わいたいのも事実なのだ。だが、そんな事で自分を壊してしまう位なら、限界を確かめつつ飽きが来ないように理性で管理して末永くまったりと楽しみたいのが私なのだ。
酒場で酒をあおり抑えが利かずに味も確かでなく散財するよりは、途中で店主に止められそのまま寝かされて、朝に酒の風味を利かせた薄切れ肉でも齧った方が良いのだ。
似ている者よりも異なった者という体での触れ合いの方が距離は近くなる。
似ている者同士では互いの距離感を知っているがために膠着してしまうのだ。その距離が最短でない場合は後の例と異なり今以上の接近は無く、終わりを迎えてしまう。再び距離を動かす為には外部からの刺激が必要になってしまうだろう。
異なった者という体の場合、始めは互いの違いを慎重に確かめていくのだ、距離が離れているのも当然である。距離感を確かめながら、時に相手の距離感を蔑ろにして反発うけた場合の事例を増やしていくと、相手の反撃に対する慣れが生まれて、それぞれの距離感が縮まるのだ、ここまでなら相手の対処はできると。よりよい均衡が適度に保たれ続けるのだ、矛盾するが動的な均衡とでも表現したい。
理性による管理は知識により昇華されるのだ。知性とは素晴らしい。
そんな数々の失敗や成功を重ねて、これまで我々は異文化交流を続けてきたのだ。
但し、至近距離の問や攻撃過剰に対する抑止力の問は、この例に当てはまらない。
そんなわけで師匠から受け継いだ常識をしっかりと私的利用して全力で取り組んだ結果、私はニサリーとの出会いから1年ほどでかけて大きく距離感を縮めてしまい、今となっては、おそらく退廃的なあれやこれも大半は許される関係となってしまったのだ。
護衛を連れての薬草採集で始めて彼女を見た瞬間に、ひどく警戒した護衛達を抑えるためにどのような種族か説明できたのも、弱っていた彼女を家まで連れ去って全身を隈なく洗った後に、村長に報告して次の街の会合で連絡してもらうことができたのも、すべて知識があってこそである。
数か月の後に元の集落から処理を任せるという連絡が帰ってきて、彼女が一緒に住み続けられる事に対して喜び、彼女が1か月以上も道すら無い大自然をさまよい生き続けた事に驚いたのだ。あと集落の大体の方向も知ることができた。
知識とはかくも自分の理想へと近づける助けとなるのである。知識を受け継ぎながら蓄えてゆき、精度を高めながら人類の地図は広がってきたのである。
私が引き継がせる際にも、知識を悪用することが無いように人間の器をしっかりと慎重に確かめる必要があるのだ。
そんな彼女だからこそ大切に絶えず気にかけておきたいのだ。
彼女が寝ている間は健やかにしてあげたいのだ。
ニサリーの腰回りから離した腕を頭にのせて優しく撫で続ける。こうしている事も彼女の積極性を理解した上での行動であり且つ、彼らの文化を理解した上でなのだ。
彼らの集落での成体同士の友愛表現は接吻でも抱擁でもない、臭いの共有なのだ。そう私は考えたのだ、そして為った。私は彼らを知っている。
単純な話でもある、私を特別にしたのだ。今ではニサリーもこの村の常識を学び、失礼の無い程度で行動をしているのだが、私は逆に彼女の集落の常識をニサリーとの間に持ち込んだのだ。幼い頃の習慣は心に深く根付き、懐古や母性を感じる事ができる。これは後から聞いた話であるが、彼女の場合は親子関係も悪くなかったのだ。
それもこれも多少の手間をかけて、毎日一緒の机で食事をして、彼女に単語を覚えさせて、一緒にお湯で体を拭いたりと、彼女の髪の艶や肌の調子が良くなってもそれらを続けたのだ。そんなこんなを数か月を過ごして、床、部屋、家、家の周囲と慣れさせて、いざ村人達への紹介となる前にようやく気が付いたのだ、気づいてしまったというべきか。
このニサリーの場合という問も、漏れなく例に当てはまらないのだ。
嗚呼、なんとまあ哀れにも私は知識に踊らされたというのか、勝手に舞い踊っていたというべきか。
繋いだ手の方を向くと目と目が合ったのだ、意識したときにあれ程、恐怖した事は嘗ても今も無かった。
白い茶髪の獣耳を持ち、振り振りしている尻尾も漏れなくあるよという少女ニサリーは私の手によって、何時の間にか最低1度は壊されていたのである。私は安心毛布であり支配者だ。あとあの時は村の管理上でも親になってた。
彼女が集落を出たばかりの状態で出会っていたならこんな事も無かっただろうが、それでも生存は難しかっただろう。結果的に命は救われてそのあと仲良く暮らしましたとさ。それでいいんだ。
あの時、拒絶しようなら上げて落とす様だし、罪悪感を紛らわせたいなら最終的に自立させればいいんだ。
強くあれニサリー、もうなんというか後になって気づかれ恨まれたとしても素直に謝る気分であったのだ。
その結果が今、私の目の前にいるニサリーである、詳しく語ろう。
私の罪悪感と期待を込めて、時々、度々、都度都度、私の抑えられない気持ちが籠った、1年以上に続いた私流自立支援計画をした結果が、寝具に隣して寝転び私に頭を撫でられながら、自ら頭を差し出して、私の体に自らの体を擦り付ける様に動いたり、絡んだりしている、この目覚めたばかりの少女ニサリーである。
分かってたよ、出会って最初に体を洗った日から、何となく自分の欲望が溢れてきたの、今考えてみても最初から無理があったんだよ。自立支援の最悪の予想と溢れる妄想が、もはや僅差しか無かったからね。何度も目標修正して行くにつれて気づくんだ、終点が。
途中で緊急案としての挿げ替えも考えたけれど、屋内作業で時間に自由が利いて信用できる人なんて、村長ぐらいしか見つからなかったんだ。その村長も忙しいし、齟齬による異常が生まれない程度には彼ら集落の知識が必要なんだ。村長に知識があったとしても、村長がニサリーを連れていると村長自身の人格が疑われるし、私が彼女を連れ歩くのを村の人は何度も目にしているために責任放棄だし。
そんなことを考えている間も私の名前を呼ぶ声や呼吸が何度も聞こえる。
なんとも艶めかしい声をお持ちのお嬢様だ。これは番いの相手を誘うときの声ではないのかね、私と君は、やや歪な友情で結ばれただけの同性なんだが。
恐らく君も私と同性であることは知っているのだろう、種族の違いは多少の融通が利くかもしれないけれど、深く交わったところで子孫ができることが無いのは確かだよ。このお付き合いも非常に純粋に精神的なものに留めておこうと思うのだけれど、どうだろうか。何、肉体的ににじり寄るのは私の方だけだって。
そうかそうだったのか、ニサリーのこれらの声も友愛を表すものだったのか。集落の習慣が変わることは珍しいから学びなおさないといけないね。
そうだ、この前、体のお拭き合いをしていてふと私が襲い掛かってしまって至る所を撫で廻した時も、こんな声で時々詰まらせながら私の名前を呼んでいた気がするのだが、おそらく私の記憶違いだろうな。
私の脳内妄想はここで終えることにしてニサリーに朝の挨拶をする。
「タレア、タレア、……」
私は両腕を使って肩と腰を掴み深く抱きしめる。
ニサリーは私よりも頭一つ半ほど小さく、素直に私の体に収まってくれる。
ニサリーの声に抑揚が付いたり、途切れたりするのは、私が機会を謀って彼女のお尻の血行を良くしたり、その上にあるひょこひょこ動く尻尾の毛をとかしたり、捏ね繰り回して模様を作ったりしているからだ。
私を呼ぶ声が止むまでにちゃっかりと楽しむと、少しの間を置いてから話し掛ける。
「おはよう、ニサリー、食事ができてるよ」
そのまま抱いているともぞもぞと動き出すので少しずつ腕の力を抜いてあげるのだ。
ニサリーは人の目を見て挨拶を交わしてくれる非常に良い子である。
「タレア、おはよう」
挨拶を交わした後はしっかりと行動してくれるようになる寝起きの良い子である。
ニサリーはとても賢いようで、私とのつたない会話から始まって、2年近く経つ今では日常会話も慣れ、村でも非常に社交的になった。
朝と夜以外でも甘えてくる事はあるが私が作業中だと我慢したり、人前では控えめなものだったりと公私を意識して行動ができているのだ。
特に助かっているのが、村の外に出るときである。護衛も付いて来てくれるが。彼女の聴覚、嗅覚は私達より優れていて、獣臭い時には教えてくれるし。何より薬草の群生地を覚えてくれたり、新しい群生地の場所を早めに見つけてくれるのだ。森の奥に進むときには必ず都合を合わせるようにしている。
門をくぐった後には護衛や門番の人に挨拶をして、お互い荷物を背負いながら家に帰るのだ。