オタクな奴と魔女
「よう」
学校帰り。
ブランコしかないショボい公園で、今日も、ギーコギーコとニートしてる全身黒ずくめのほうき女がいた。
「はっ…!けいさつぅ…って、なんじゃ、おまんか。また来たのか。おまんはヒマじゃのう」
「お前もなっ!!」
突っ込むとき、俺は必ず声を張り上げる。なぜなら必ずそうすると決めているからで、声を張り上げた方が爆笑になる気がするからだ。
「うるさいわい…」
魔女は両耳に手を当てると、やれやれと口にしながら首を振る。
「なんでいつも、ここにいるんだ?」
俺は公園に二つだけあるブランコの、空いている方に腰掛ける。漕いだりはしない。いい年してギーコギーコとか、さすがに恥ずかしいからな。
「おまんを殺すためじゃ」
ギーコギーコ。
ギーコギーコ。
ギーコギーコ。
魔女の長い髪が風になびく。
「ニートがそれ言うとシャレにならねえよ!!」
「理由なんて、特にないわい」
魔女は、パタリと両の足でブランコを止めた。
「そ、そうか」
鼻がむずがゆく感じた俺は、そこで小さく鼻をかく。
「…………」
ブランコが止まったのと同時に、会話が止む。
「…………」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。俺の内心では、叫びが渦を巻いている。喋ることねえええええぇええええええ。相手は魔女だぞ。魔女相手にすら話すことないとか、インキャじゃん。インキャじゃん、俺……。
「今日、学校でさあ」
俺は、何かを喋ろうと会話の見切り発車をした。
「ふむ」
「友達とさあ…」
「うむ」
「……ああ、何でもない」
友達とかいねえわ。
「はあ…。今のなし」
友達がいないことにため息だけ吐いて、俺は他に何か話すことはないかと頑張って考える。魔女は、ため息を吐いた俺をチラと見た後、ギーコギーコとブランコを再開する。
「お前って、アニメとか漫画見る?」
ギーコギーコ、ギーコギーコ、ギーコ……。
しばらくして、俺はポツリと口を開いた。
「いんや。なんじゃ、それは?」
「そうかー。俺は毎日くらいの勢いでよく見てんだけどさ。そういや、この時間も、本当は家に帰って見てるくらいだわ」
「へえ。それで、まぬがやあにむとは、なんじゃそれは?」
「今期のアニメのーーってやつがさあ、めちゃくちゃ面白いんだよ。いや、バトル物だから女はあんまり見ないかもしれないけどでも、めちゃくちゃ面白いんだわ。泣けるとこもあるし途中から敵もだんだん憎めなく…」
頭の中に、語りたいシーンやセリフがあふれ出してくる。
「…いや、だから、ま何とかやあにむとはそもそもなんじゃと聞いとるんじゃが…。聞いとる…か?」
「ぶっちゃけ俺、オタクなんだけどさあ」
このときの俺の頭には、大好きなアニメのopが流れ出していた。
「聞いてないのう……」
「でも、あれはオタクじゃなくてもハマるわ。普通の人も見てるって聞くし主人公が覚醒するシーンなんかたまんねえんだよ。シーラが飛び出すところもヤバイし王が出し抜かれるとこは半端ないし"キミシニタマエ"っ叫ぶとこは名シーンだしというかそもそも1話目のオープンニングから格が違うからーー」
「…………」
ギーコギーコ。
相づちは聞こえなかったけど、代わりにそういう音が聞こえた気がするから、魔女は多分寝てなかった。
「ーー録画とかあんましねえんだけど録画して何回も見てるわ」
酸欠になるくらいに喋りきった俺は、満たされた気分でいっぱいになる。
「だから、今度お前も見てみろよ!!」
視界が暗転するほどに夢中になって。語り過ぎてかいた汗を振り飛ばしながら、俺は魔女の方へと、ロックスターのごとく人差し指を突き立てる。
「…うむ」
魔女は、死ぬほど退屈そうだった。いつの間にかブランコを漕ぐのもやめて、止まったイスになったそれの上で背中を丸めて、アクビをかましていた。というか、いつの間にか月が出ていた。夜だった。俺は、アクビをかます魔女を見つめたまま、三度瞬きをした。
「俺……」
どうでもいいけど、全身黒ずくめの魔女は、夜の暗闇に溶け込んで見えにくかった。
「超ウザい奴じゃん!!」
夜なのに。
近所迷惑なくらいに、自分に対して突っ込んだ。
「いいぃ……。うるさい奴じゃのう」
魔女は耳を塞いでいた。