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第一章4


 二人が来たのは、近くにそびえるマンションの屋上だった。昴の家はここの八階にある。初めて来たのは、弘太が陸上を捨ててすぐのこと。神戸の百万ドルの夜景は見たことないが、ここから見える月明かりも、星明かりも、それから、町明かりも、それに負けないくらい美しいと思っている。


「いつ見ても綺麗だよなぁ」

「だよねぇ。なんか、ここから町を見下ろすとさ、自分がちっぽけに思えるんだよな」


道中で買った缶ジュースを手に町を見下ろした。転落防止の柵に体を預け、ジュースを飲み下す。いくら夏だといえども、夜風はほんのり冷たかった。


「俺とカナが出会ってから、何回ここに来ただろ」


不意に昴は呟いた。どこがと聞かれてもわからないが、どこか変な気もする。弘太は微かに不安を覚えた。


「どうしたんだよ。急に」

「んー。何となく。一人でも何度も来たけどさ、こうしてカナと一緒に来たのも多いよなって」

「悪かったな。どうせ、俺は再々来てましたよ。でも、お前が学校に来なくなってからは、遠慮したんだぜ」


昴の軽口に弘太はすねたように答える。だが、不安は膨らむばかりだった。何が不安なのかはわからない。公園での言葉も気になる。


「ハハハ。でも、良かったんじゃい?一人寂しく夜風に当たっているよかさ、何も聞かないけど、どこか自分を包んでくれるような優しさのある友達と一緒の方がさ。俺、カナの家庭の事情ってヤツは少しだけど理解しているつもりだぞ」

「ああ。工藤には色々助けてもらったよな。これからも、その予定だぞ」


冗談っぽく言った昴に、弘太は笑って答えた。


「まじかよ。俺、当てにならないぞ」


その答えも冗談と思ったのだろうか。昴も笑った。学校や家ではニコリとも笑わなかった弘太が、昴の前ではよく笑う。そのことからも、強ち冗談ではないのだが、昴には通じなかったようだ。笑いながら、ジュースを飲み進める。




 お互い、言葉をなくし、空を見上げ、町を見下ろし、そして、時折ジュースを飲んだ。




 どれくらいそうしていただろうか。車の音が時折聞こえる程度まで音がなくなり、町明かりもずいぶん減ってしまった。昴が携帯電話を見て、声を上げる。


「カナ、もう帰れよ」

「えっ?」

「十二時を回ってる。カナのことだから、喧嘩して来たんだろ。泊まったりしたら、おばさんが心配するよ。もう、かなり心配していると思うけどな」


ほらと差し出された携帯電話の画面を見れば、日付が変わってから、かなりの時間が経っていることがわかった。


「工藤はどうするんだ?」

「もう少しここにいるよ。俺のことはいいから帰れ。な。心配しなくてもいいから」


昴が弘太の背を押す。確かに、これ以上帰りが遅くなってしまえば、千鶴子が心配のあまりに探しに出るかもしれない。だが、このまま昴を独りにさせてはいけない気がした。


「……でも」

「いいから、早く帰っておばさんを安心させてやれよ」

「……わかった。また、連絡よこせ。どっか行こうぜ」

「ああ。……カナ」


背を向けた弘太に、昴は声をかける。弘太は振り返った。


「何?」

「……ありがと……」

「何だよ。急に」

「別に。ただ言いたかっただけ」


昴は微笑んだ。どこか儚く見える笑顔に、ドキリとする。こんな昴は知らなかった。


「今生の別れじゃあるまいし。じゃあな、本当連絡よこせよ」

「しつこいなぁ。わかってるって」


弘太は後ろ髪を引かれる思いで、屋上を後にした。心の真ん中に落ちた、不安というシミが広がっていく。昴は最後まで別れの言葉を口にしなかった。それから……、屋内への扉を潜る瞬間、昴の声が聞こえた気がする。かすかだった不安は、確実に弘太の胸を支配していた。


「……カナ、ごめんな……」


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