「当たり前」は当たり前じゃない。
小さい頃に思ったことはないだろうか。
「何故、空は高いのだろう」
「何故、海は青いのだろう」
「何故、雲は白いのだろう」と。
それらは、大人になるにつれて「当たり前」だからと思うようになる。
でも何故かと問われれば、それに答えられる人は中々いない。
そして人は「当たり前」になったことへ疑うことを忘れる。
「何故、明日があるのだろう」
「何故、食べるものに困らないのだろう」
「何故、手足を自由に動かせるのだろう」
世界にはたくさんの「何故」が溢れているのに、人はそれを疑おうとはしなくなる。
きっと「明日、地球は滅亡します」と言われても誰も信じないだろう。私たちの明日が保証されているわけでもないのに、誰も明日が来ると信じて疑わない。
もし、それを信じる人がいたなら、きっと笑って馬鹿にするのだろう。
「当たり前」以外のものは見下し、拒絶する。そして、挙げ句の果てに関わろうとしなくなる。
そして人は「当たり前」の自分たちと区別するために、新しい言葉を作り出した。
「障害者」と。
ただ、行動が遅いだけ。
ただ、片腕がないだけ。
ただ、言葉が上手く話せないだけ。
ただ それだけなのに「当たり前」じゃないというだけで拒まれる。
だけど、人は「当たり前」じゃないことを求める。
私は世界一になる。
僕は宇宙に行く。
私は有名になる。
人は新しいもの好きで、人と同じ「当たり前」は嫌いで、でも「当たり前」じゃないものは好きじゃない。
そうして人は周りにある奇跡的な「当たり前」に気がつかない。
生まれてきて「当たり前」
息が出来て「当たり前」
ご飯が食べれて「当たり前」
家に帰れて「当たり前」
歩けて「当たり前」
話せて「当たり前」
こんな他人の「当たり前」を押し付けて、押し付けられて。
人が人を生きにくい世界へと変えていく。
「当たり前」は 当たり前なんかじゃないんだよ。
突然ですが、私の弟は発達障害です。
……と言っても、軽いものでIQが高かったり、物事を連鎖的に考えることが出来ない程度のものです。
年に数回しか会うことの出来ない弟ですが、そのたび、お婆ちゃんが「何で当たり前のことが分からないのかな?」と言います。
弟にとっての当たり前は、「こうしなさい」と言われたこと 〈だけ〉 をやればいい。
お婆ちゃんの当たり前は、「こうしなさい」から 〈考えて〉 あれもこれもしておく。
そんな2人を見て書こうと思いました。
どうだったでしょうか。
※PV1000越えしました。ありがとうございます。
この1話に毎日PVが付くことを嬉しくも思い。また、少し怖くも思っています。
この作品は極論です。読まれた方の気分を害したかもしれません。ですが、健常者・障害者にとっての当たり前が違うことこそ「当たり前」だと思っています。健常者と呼ばれる人たちの中でも「当たり前」は違うからです。
そんな、たくさんの「当たり前」がある中で、大きな割合を占める「当たり前」だけを正解にしないで欲しいという、ただそれだけの作品です。
あとが長くなりました。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。




