決着
ケンジとタバコを吸いに灰皿のある中央応接間に行く。
「優くん、あと四人になったね」
「うん、高3かモヒカンか」
意識してる訳でもないのに小声になり、胃が痛くなる。ケンジは手を広げて、無理があるテンションではしゃぐ。
「俺ら2人で勝ったら終わりじゃん! 賞金山分けしてさ!」
「モヒカン……倒せるのか? 高3もほぼ謎のまま」
今更明るくなんか出来ない。
「勝負仕掛けてくるのはどっちなんだろ。優くん倒し方知ってるんだろ!? 教えてくれよ」
歯を強く噛み、暫く考えて口を開く。
「解らない、頭もどこまでいいのか知れないし、あの否定! 攻撃は手が出せない。それを今回まだやってないのも気になる」
ジジ……とタバコの灰が僕の右膝に落ちる。
「そうか、無敵か。俺の無敵のトランプが勝つか、モヒカンが勝つか」
「モヒカンがトランプ勝負に乗るとは思えない」
「じゃあ、否定! ってやり返せばいいじゃん!」
「同じ手法で負けたら即追い込まれるぞ? すぐ思いついた案で対抗できるとは思わない」
灰皿に力を込めてタバコを押し付ける。焦りばかりで何も解決できずに時間だけがなくなっていく、くそ!
「もし負けたらいったい何百……」
横に飾られている花柄の壺がカタカタ鳴るほど怒鳴る!
「やめろよ! 勝つことだけを考えよう」
「高3とモヒカンが勝負したら?」
「それもない、僕ら2人に戦線布告してきているんだ」
案が浮かぶまで勝負は避けたいが、ふっかけられたらアウト。
すると洗面台からモヒカンがやってきた。
雷が瞳にピンポイントで落ちた様にビックリして灰皿を叩いてひっくり返してしまった。
モヒカンは前のツンツン頭にして、異常な量のピアスにしてきた。
高3も唖然の顔で口を少し開けて見ている。真っ直ぐ僕らのほうにやってくる! 僕か! 賢次か!?
「茶髪ぅ、ハートブレイクだ」
異常に接近してケンジの耳を舐めながら宣言をした。
耳を服で拭きながらケンジは後ろに一歩下がる。
「もう後1時間後じゃあ駄目か?」
「駄目ぇ今すぐ」
先程までの論議をしていた人物とは全く別物! イカれた怪物!
「なら勝負はここだ、個室にはいかない」
「いいよぉ。ふひひ」
ソファーとソファーと対面する様に2人は座ると、ケンジは真ん中に小さなテーブルを置く。
「ならハートブレイクだモヒカン」
「これで決まりだ」
パチンパチン。
始まった、催眠の指鳴らし! 僕は少し離れてキッチンの椅子に座り親指を噛んで必死に観察する。
「まずトランプでババ抜きしよう」
モヒカンは机を大きく叩く。
「駄目えぇぇぇぇぇえ! 拒否! 拒否! 拒否!」
パチンパチンパチン。
「じゃあトランプ配るよ、簡単なババ抜きだから」
モヒカンはトランプを床1面覆い尽くす様にトランプをはねのける。
「駄目ぇ! 絶対拒否! お前拒否! 拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否!」
パチンパチン。
ケンジは落ち着いてケータイに喋る。
「トランプ勝負はなんとかできないのか?」
「相手の同意がないと無理です」
「お前ケータイからも拒否されたな!? ふぃっひひ! 拒否されたな!? 拒否だよ! 拒否! きょーひー!」
パチンパチン。
ケンジの顔が真剣な表情から怒りの感情に変化して行く。
「モヒカンも否定されまくってるんじゃないのか? そんな格好誰からも愛されないだろ」
パチンパチン。
「人を見た目ではんだするお前可哀想。残念、そして否定! 否定! 人間浅はか否定!」
パチンパチンパチン。
ケンジは片耳を手で顔面の半分をしかめて塞ぐ。
「おい! 話しは聞けよ! 会話拒否はポイント、俺にくるんだよおぉぉぉー!? それも拒否なんだよ!拒否!」
パチンパチン。
「会話になってないじゃないか!」
「ほら、怒ったからポイントゲットー。全部からも拒否されてるな! 親も何もかもお前なんか好きじゃない!」
パチンパチン。
指鳴らしの感覚を短く激しくして行くのが解る、感情を煽ってるのか。
「トランプで勝負したいっていってんだよ! クソ野郎! 会話が成立してるなら出来るだろ!?」
駄目だケンジとモヒカンの相性は最悪だ!
「ふひひ、またポイント。それも拒否! 拒否! 拒否! 今のお前見て親はなんて言うかなぁ? 勿論拒否だよ! 終わってるな! ひぃひひ!」
パチンパチン。
「お前このアプリのハートブレイクどう思ってるんだ?」
「ふぃひひ、楽勝。お前すぐ拒否られて追い出される! 否定だよおおおおお!」
パチンパチン。
「じゃあトランプ無しでいい、論議しよう!」
「お前馬鹿? 論議するまでもねぇの。拒否だよそれ、きょーひー! 拒否拒否拒否!」
「ぐ、んんん」
「黙りこんだな? 否定が勝ったか? 永遠に否定だよ! 否定!」
……僕と全く同じパターンだ、5分もつのかも怪しい。
くそ! 弱点が見つからない!
折角個室じゃないところで、僕にヒントを見つけられるようにしてくれたのに。
ケンジが俯いてしまっている……!
駄目だおわる!
ケンジはもうなす術がないと一早く悟った様に、賢次は顔をぐん! と急にあげた。
そしてモヒカンを指して宣言する。
「俺じゃ無理だった。けどお前優くんに負けるぜ。ポイントの無駄だ、もう俺の負けでいい」
「ふぃひひ、つまんねえなあ」
ボーカロイドがスピーカーから喋る
「はい茶髪君ゲームオーバー! とっとと荷物まとめて帰りやがれ! 残りの三人はたのしんでね」
イかれてる、ボーカロイドもモヒカンもこのアプリも……。
「あ、茶髪ぅ。トランプやってやろーか?」
「てめえ! ぶっ殺す!」
ケンジがモヒカンの胸ぐらを掴む様子は本当にそのまま殴り殺してしまうのではないかと僕の身体を急かさせた。
「やめろ! ケンジ! ペナルティ500万だぞ! ……それにもう終わったんだよ」
ケンジは僕のほうを泣きそうな顔で見ながら手をゆっくり離し、座り込んだ。
「……っそお!」
散らばったトランプを拾おうとすると、ケンジは一切触らせないように片付けると、モヒカンの顔を凝視した後、荷物を取りに行った。
「連絡待ってるから」
とだけ目線も合わせず言うと、大きなリュックを背負って出ていった。
この何時間かの間に三人組が1人になってしまっている。
そして、僕にも高3とのハートブレイクが残っている。僕は高3に声をかけた。
「高3はいつがいい?」
「いつでもいいよ」
「じゃあ今しよう。ハートブレイクだ」
ゲームをポケットにしまうとこちらの顔を見つめてくる。初めて目が合うな、おかっぱの奥には真っ直ぐな綺麗な瞳をしてる。
「ハートブレイク」
「個室でいいかな?」
「どこでもいいよ」
個室に入り鍵をかける。高3は観察しながら余りにもゆっくり座る様子に少し苛立っているように見えた。
「どんな話しをする?」
僕はさっきのケンジのショックが抜けてなかったが、何か勢いで早くやってしまいたかった。
この勝負に何も考えは無い。
「じゃあ毎回してるんだけど、質問とかに答えてよ」
「OK解った」
高3は少し姿勢を正し肉食動物が狩りをする前のように憎しみの目線を送ってくる。
「なんでこんなに大人は汚い?」
「否定しないよ、汚いな」
「なんでこんなに不公平なんだ? さっきも議題出たけど」
「解らない」
解らないは、ハートブレイクでは付け込まれるタブーだ。
しかしこの少年に真っ直ぐぶつかってみたかった。
「なんで勉強を押し付ける? 大人は」
「解らない」
反撃も出来る程幼く、ストレートな話題だけど嫌いじゃないな。
「大人になっても世界は暗い?」
「うん、暗いよ」
「なんで反撃してこない? まだ材料が必要か? 僕はその反撃を全て今まで撃ち落としてきた」
「質問、続けていいよ全部聞く」
「なんであんたはそんなにだらしない?」
言われている通りで少し目を閉じて、柔らかく笑ってしまう。
「なんでだろう、解らない」
「なんで僕の人生上手くいかない?」
「解らない、僕もうまくいかない」
そうか、こんな気持ちになる理由が何故か解った。
この高3は僕と同じだ、高校3年の時の僕だったんだ。
「あんたスラッシャーとかする気あるの?」
「ない。ヒーラーもする気はない」
「じゃあなんなんだよ、このハートブレイクは。僕が一方的に攻撃でもいいのか?」
「構わない。けど君がどんだけ頭がいいかも解ってるつもりだ」
「レベル推し量られたら終わりだよ、勝ったつもりか?」
「解るんだ、それが」
「何で?」
お互い顔色を大きく変える事もなく、会話が流れて行く。
「君は僕とそっくりなんだ、昔の僕だ」
「なんでそう思うの?」
「議論聞いてて思った。頭がいいにも種類がある、その系統が一緒なんだ」
「仮にそうだとしても、負けるつもりなのか?」
「負けるのも嫌だし、勝つのも嫌になってきた」
高3はようやく動きを見せ、少し力を抜いて座り直した。
「僕も壊したり、癒したりはもう嫌だ。ただ噛み付いてくるのを、僕が傷つかないために跳ね返してただけなんだ」
「高3……ごめん名前忘れた。なんだっけ?」
「古市真也だよ、あんたは?」
「古市君か。僕は渡辺優だよ」
「あんたみたいな大人ばかりだったらいい」
ここにきて声を大きくする。
「え? なんで? 僕みたいな人間ばかりだと日本崩壊するよ?」
「なんでも決めつけないで、偏見もない。ここで唯一グループが作れた程だもの、僕には出来ない」
「うん、でもどちらかが落ちないといけない」
「そうだね、渡辺さんは僕より頭がいい自信あるの?」
「それも解らない」
僕は苦笑いで顔を歪める。
親しみを込めて。
「あんた本当に適当だなあ。勉強じゃなく、このゲームの様な頭の良さじゃ本当に勝ち組になれないの?」
「なれないよ、僕は勝ってもないけど、負けてる気もしない」
段々お互い敵という前提がこの場で意味を無くして行くのが感じてきて嬉しくなる。
「こーゆーのってさ、考えれば考える程人間が汚く見えるよね」
「それが人間の本性なのかもしれないし、知らないほうが良かったかもしれない」
「周りの同級生がつまらなさすぎるよ。同じ思考で考えたり笑ったりしたいだけなのにさ」
「僕も同じだったよ、1人クールぶってた。でも自分は特別だと思ってた」
「過去形? 変わるの?」
「特別なんかじゃあなかったんだよ、社会に出ても古市君の現状みたいにつまらないんだ」
右手を開き見つめる、自分を。
「じゃあ何を楽しみに生きてるの?」
「人それぞれだけど友達や家族は財産だよ。こんな言葉このゲームに相応しくない言葉だけれどね」
「僕はこれからどうしたらいい?」
「勝手に好きな様に生きるのさ。このゲームも最低だ。それでも優勝して黒幕を叩いてやりたい」
「僕はハッキリいってあのモヒカンに勝てる自信ないよ。突破口がない。アイツとはごめんだね」
「僕はさっき思いついたのだけど正直突破口はある……と言うか使えるかどうかわからないけど」
これだけは苦しい嘘。これ以上古市くんをこのゲームに巻き込みたくない。
「そか、それだけで充分論破されたよーなもんだよ」
「僕を勝たせてくれないか? ポイントをプラス分古市くんに全部あげるから」
「ポイント取るだけ取って勝たせないかもよ?」
「僕もそう言うだろうなって考えてたとこだよ」
僕はケータイを持ちゆっくりと喋りかける。
「古市君にプラス分のポイント全部あげて」
「はいかしこまりました」
アッサリと大金が移動した。
「これで古市君が負けても負債はあんまりないはずだ」
「ほんとにやっちゃったんだ……」
口を開けて古市くんは少し笑う。
「僕の負けだよ、聞こえる? ヒーラーされてお終い」
「はーいお疲れ様でした! ガキはとっとと帰って寝ろ! 渡辺様は明日に向けてゆっくりしていってね」
「古市君、たまにいい人もいるけど人は基本……」
『嘘ばっか!』
ハモって2人でケタケタと笑う。
「じゃあね、絶対勝ってね。あのモヒカン嫌いだし」
「うん、気をつけてな」
あかんべーをして嬉しそうな軽やかな歩みで出ていった。気持ちのいいハートブレイクだったな。
そのまま机に顔を置く。緊張が抜けた今は何も考えずにゆっくりできる。
何時間ゆっくりしたのか、空腹になりキッチンに行き、冷え切ったカレーの残りを1人で食べる。モヒカンは寝てるのか見当たらない。
いつまでものんびりしてられない、シャワーで滝壺の様に頭をひたすら流して、気持ちをリセットさせる。
「ついにここまできたか」
ボソリと独り言をいう。
どう考えてもモヒカンの倒し方が解らない。頭を冷やしてみても思い浮かばない。
シャワーを出て髪を乾かすと、モヒカンと被らない用に女子部屋に行く。ケンジとにメールするが、返ってこない、彩子も同じだ。
頭にこびりつく様に脳裏から、否定否定! と幻覚の様に聞こえる。
ルールを確認したり、ゴロゴロしても浮かばない。こうなるともう頭を休憩させるしかない。
仮眠をとって起きると夜中だった。
外に出て葉っぱなどを触って、独り言を喋る。
「どうやったら勝てる?」
案の定返事なんかある訳がない。部屋に戻り布団に入ると、葉っぱを思い出しながら、理論で黙らせる方法を考えていたが、自信がない。
思えばキャバのハートブレイクから苦労しっぱなしだ。
そして葉っぱだけが画像の様に浮かんで暫くして、突如脳にヤリが刺さって貫通したように気づいた。
アレに賭けるしかない!
ケータイでルールをもう一度確認する。後は、脳を休ませるだけ。
目を閉じると考え事が一切できなくなり、すぐに睡眠独特の気持ち良さが身体から意識へと広がって行く。
ここにきてまた『あの夢』が始まる。
大きな鎖でロックされた扉。僕は開け方を知っている。
透明な手で鍵穴に息を吹きかけると、鎖が千切れゆっくりと開いて行く。
その先には、やはりあの白い美しい球体。今日も触れる事ができないのだろうか。
白い色より美しい物はないと毎度思わされる。ふと自分の透明な手が気になる。
球体に触ると汚してしまうかも、でも僕の手はどうなるの?
ゆっくりと宙に浮かぶ球体を両手ですくうように近づけていく。
怖い、けどもう少し。段々温度が伝わって来る様にとろける安心感を覚えさせられる。
もう少し、もう少し。
指先がついに白い球体に触れた瞬間、身体中に体温を感じると同時に、ぶわぁっと手から全体に僕の身体は白くなった。
身体に急に重りを感じて目が覚める。そうかもう最後だ。
はたして通用しないのか、するのか?
スピーカーが僕が起きるのを確認した様なタイミングで音楽を流し始めた。
「おはよー! お二人さん! お互い合意ができたら個室にお願いします。最後のハートブレイク楽しんでね!」
10分程目を閉じて集中する。後はやることをするだけだ、よし!
着替えて一階に降りると、モヒカンはビールを飲むのを止め、こちらに気づいた。
「いつやるぅ? もう今すぐ始めよーぜ。なんたってラストだからなぁ。ハートブレイクだ」
「よし解った、もう逃げない。勝負だ! 個室に行こう。楽しみだ」
「ふぃひひ、楽しみ? 逆だろ?」
部屋につき、席に着くとモヒカンは直様指を鳴らす。
「これがラストおぉぉぉ! お前! 否定ええええぇ!」
パチンパチン。
僕は無視して、真顔で見つめる。
「無視は減点だぜ? 否定だな! ふぃひひ」
パチンパチン。
僕はそれでも無視をする。
「おいこら! こっち向けよ! 話し聞けよ!」
僕は真っ直ぐ向いたまま微動だにしない。
モヒカンは指も鳴らすのを止め威嚇する様に顔を近づける。
「何か返事しろよお!」
僕はあくびをして耳をほじくる。
(まだだ、もう少し)
「否定だってんだよ! 会話無視は減点だぞ!」
ニヤニヤとして余裕を見せつけるが、僕は一切口を開かない。
「なんだってんだよ! 聞こえてんのか!? 否定! 否定! 会話拒否は減点のはずだ! 何考えてやがる! 否定否定否定否定ー!」
僕はスピーカーを見て部屋に入って初めて口を開く。
「ポイントはどうなってる?」
「モヒカンさんのマイナスです」
「え!」
モヒカンは目線をスピーカーに変えて怒鳴る。
「おい! どういう事だ説明しろ!」
「確かに会話拒否は減点ですが、これは心理戦です。モヒカンさんのほうが精神を乱し、敵の策にはまったと判断しての事です」
「やっと否定の攻撃が敗れたね、もう僕にそれは効かない。してきてもまた無視するからな。随分悩んで、僕のポイントが減り続けるんじゃないかと心配したよ」
僕は机に片腕を起きアゴに手をやり余裕の表情を作って見せると、モヒカンはどかっと腰掛ける。
「ちっ、これ一本で余裕で優勝できると思ったんだがな、まさか何もしない事で破られるとは思わなかった。ふぃひひ、これでまともにガチンコ勝負という訳だ」
するとスピーカーから音楽が流れてボーカロイドが歌う。そして歌い終わると最後の課題を喋り出した。
「モヒカンさんの攻撃で勝負がつくと思っていたのですが、なんと! 渡辺さんが破ってしまいました! おめでとうございます。普通ならここからがスタートラインなはずですが……」
生唾を飲み込み次の言葉に集中する。
「モヒカンさんはポイントが大きくプラスなのと、精神的にもダメージをそんなに受けていません。ずるずる勝負をしてもラストには相応しくないので、課題を用意させてもらいました。課題の内容は」
(なんだ!? どんな課題だ!?)
『相手を笑わせる事です』
「それができた瞬間に勝負は決まります、自分で笑うぶんには問題ありません。笑わせると、ポイント関係なく勝負がつきます。厳しい内容ですが渡辺さんが勝負をひっくり返すのはこの課題をクリアする必要があります。お互いのハートブレイクが成立していて、勝負の合意を得た瞬間から課題ゲームが始まります。会話内容もそれに従って貰います。制限時間は1時間! それまでに全てを決めて貰います」
「1時間で笑わせる事ができなかったら?」
モヒカンがスピーカーに近寄る。
「1時間で勝負がつかなかったら、ポイントの高いほうを優勢勝ちという事になります。……では好きに始めて下さい」
ニヤリと笑うと腰掛けたモヒカンは嬉しそうに声をかけてくる。
「おぃ、渡辺っつったな。もう始めるがいいか?」
「ああ、構わないよ」
「ちょうど9時0秒だ、10時ピッタリに勝負がつくな。ふぃひひ」
最悪の課題だ。
この空気で相手を笑わせる事ができるはずがない、確かに笑わせる事も心理戦とも言える。
けどそれは相手が知らなかったらの話しだ。
警戒する相手とこの空気では絶対笑わせる事などできやしない。
モヒカンは1時間ゆっくりして、それだけで優勢勝ちになってしまう!
「俺は笑わないよ? それともお笑いの話しでもするか? ふぃひひ!」
「モヒカン、バンドやってんだろ? 普段どんな生活してるんだ?」
「掃除のバイトで生活して、それでバンドしてたんだよ。なんだよ、笑わせにこないのか?」
両足を机の上に置いたモヒカンは余裕を見せつける。
「まず笑わせるとしても特殊な空気作らないと絶対無理だしね」
僕は声に重しでもつけたかの様な低い声で言う。とにかく揺さぶらなければ!
「そりゃそうだ、ハートブレイクも関係ないし、何喋ってもいいぜ?」
「ハートブレイクか……モヒカンはどう考える?」
「楽しいね、壊すのも、癒すのも。
全部手の上で踊ってる感覚だ」
「この笑わせる勝負、モヒカン合意なんだよな?」
「そうだよ、じゃないと始まらないだろ?」
「優勝したらどうするんだ?」
「遊びまくるね! 何するかは俺も解らねえ」
「モヒカンは俺を笑わせる事ができるか?」
「無理、俺でもこの空気の中は絶対できない」
やけに時計の針が気になる。
ちんたら話してても、何もならない。攻め続けるしかない!
「ぺぇー!」
急に僕は奇声を突然発する。
モヒカンは鼻くそをほじって机になすりつけている。微動だにしない……。
やっぱり絶対普通に笑わせるのは無理だな。
「なんでそんな人間になったんだ?」
「実は俺自身が否定されてきた人生だったんだよ。親に否定され、国も、社会も。だからその不条理をバンドで歌いたかった。並大抵の不幸所じゃなかったぜ? だから他の奴を壊したりしたくなるのさ」
「その辛さから考えるようになり出したのか」
「地獄だったぜ? 全員に味あわせてやりたいね」
モヒカンは舌舐めずりをする。
時計を見ると早い……もう30分すぎてる! あの時計狂ってるんじゃないのか!?
(仕掛けるか……)
「人の心には鍵の付いたあるドアがある」
「あぁ? なんだよそれ、笑い話しか?」
「例えだけど、聞いた事があるだろ? その向こうに人の本音や心の元がある」
「考え方は人それぞれだが、そんなのプレイヤーなら全員知ってるぜ」
「その先には白い球体があるんだ」
「ふーん、で?」
鼻くそをほじり続けて話を真剣に聞く気配がないな。
「それを見つけたらヒーラーもスラッシャーも何もかも自由に出来る」
「知ってるよそん位、俺は宝箱が見える気がするよ。で、笑えるオチは?」
「モヒカンの扉を開けて、球体を見つけたら僕の勝ち」
「簡単にそのドアを開けさせるかよバーカ。それが簡単に出来ればこんなゲームないんだよ」
「何言ってるんだ、開けるのはあんただ。自分で開けるね、絶対」
鼻くそをほじる動きを止めてこちらの視線を合わせてくる。
「それ拒否だな、俺のほうが頭いいもん」
「開けるよ、必ず」
「揺さぶりか、オチないの?」
「モヒカンはどういう時に笑うんだ?」
「直球で聞くなあ、焦りだしたか? ふぃひひ! そりゃ最高の時は俺だって笑うよ」
モヒカンは笑っているが、僕が笑わせた訳ではない。
それに笑わせてても、今のくらいじゃ判定が厳しい所だ、くそ!
時間内に爆笑くらいさせないと勝てない。
きっとお題はもっと優しかったはずだ。
ボーカロイドの言う通りモヒカンのプラスポイントが高すぎてこんな無茶な課題になったんだろう。
「モヒカン友達にでもなるか?」
モヒカンは椅子をギシギシ揺らす。
「きょーーひーーー」
駄目だ会話するつもりもない!
万が一くすりとでも笑うつもりはなさそうだ。
ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!
あと20分!
「モヒカンが最近感動したのは!?」
「んーーー、どうだっけ?」
「早く答えろよ!」
「おいおい焦りすぎだぜ? そんなんで笑える空気ができるのかよ? 絶対無理だからもう諦めろよ」
「どんな映画が好きだ!?」
「しつこいねぇ、諦めろって」
「お前の幼少期でも当ててやろうか!? どんな思いをしたか」
「おいおい、ヒーラーかスラッシャーする気か? 笑わせないとお前の逆転はねーのぉ、判る? 笑のツボでも探すか?」
「じゃあ賭けをしよう!」
「賭けはナンセンス。俺はもう勝ってるのに勝負する意味がわからないね」
くそどの手を使っても駄目だ!
「あと10分。さっきから焦りが顔に出てんぞ。ふぃひひ! そろそろ焦って壊れ出すかな?」
「僕はみんなの仇を取らないといけない!」
うんうんと頷いて、馬鹿にした演技をするモヒカンは動じる気配はまだない。
「そおかあ、残念だなぁ、ラストだから借金うん千万はするだろおなあ、可哀想に」
「俺は負けない!」
「負けない!? どうやって勝つつもりだよ? 今までで1番笑わさせられそうになるような冗談だったわ。お笑い芸人の才能ある
ぜ、お前」
「楽しんで破壊と癒しをするお前なんか否定だ」
すると耳をピクと動かし、モヒカンが反応する。
「否定? お前、俺を否定すんのか?」
今までにない強い感情を目の鋭さに変えて睨んでくる。
あと5分もない!
「ああ、全部否定してやるよ。全部な」
机の上の足を交差させてまた、モヒカンは感情を引っ込める。あと4分!
「ふん、スラッシャーで少しでも借金を減らしにかかったか。だがその時間ももうないぜ。お前が否定だ」
「あんたの顔、一生忘れない!」
「んー、嬉しいぜえ。俺の事を忘れないでいてくれるなんて」
モヒカンは時計とケータイの時間を確認し始める。
「くそお! なんかないのか!」
机を何度も叩き、頭を抱える。
「おいおい、それは心の中で相談してくれ
や。優勝賞金いくらになるのかなあ? ふぃひひ!」
「お前が優勝したら刺してでも止めてやる!」
僕は必死に食らいつくが、もう為す術がない。
「そんなのすぐ潜んでいるスーツに止められて否定だな」
「ない! ない! 笑わせる要素が見つからない!」
「ふぃひひ! もう一分ねえぞ! えぇ!? 笑わせてこないのか?」
「うわああああ! くそ! くそ! ここまできたのに! なんでなんだ! くそお!」
「ふん、ついに壊れたな」
机の脚を思い切り蹴飛ばすと机に顔をうずめて、頭を掻きむしる。
「なんでだ! 終わるのか!?」
モヒカンは黙って足を下ろすと、10時を確認をして、ケータイの時間も確認する。
ゲームオーバーだ。
モヒカンは30秒程時間を置くと、立ち上がり天井を向き両手を広げた。
「ふぃひひはははははは! やったぜ! 優勝だ! 金だ! ふぃひひはははははは!」
僕はがばっと起き上がり人差し指を向ける。
『バン!』
「勝った、扉を開けたね?」
「は? 何いっちゃってんの? 俺の優勝だよお!」
するとスピーカーからボーカロイドの曲が流れ、放送が始まる。
「1時間以内にモヒカンさんが笑わされて、モヒカンさんゲームオーバーとなりました。渡辺さんおめでとうございます!」
「は!? ちょっと待てよ! 優勝は俺だろおが! 説明しろ!」
モヒカンはスピーカーを両手の血管を浮かせながら掴む。
「今回の課題は何時間ですか?」
「1時間だ!」
「始まる条件は?」
「お互いハートブレイクしてから、課題の勝負に同意してからだ!」
「正解です。ではハートブレイクはいつ成立しましたか?」
「個室に入る前だ! だからその後キチンと課題の勝負の時間を確認した!」
「モヒカンさん、実は渡辺さんはハートブレイクしていませんでした。渡辺さんは勝負をするとだけ言いました。そしてモヒカンさんが9時と思い込み課題を勝手にスタートしました。そしてしばらく経ってからようやく渡辺さんが、ハートブレイクを口に出し勝負の同意を確かめました。正解には9時7分に『笑わせる』課題が始まりました」
スピーカーを掴みながら顔だけ唾を垂らしながら目を大きく見開きこっちを向く。
「そんな馬鹿な! おい! お前課題を知っていたのか!?」
「知らなかったよ。でも時間をずらせば何かしらの課題が出たら利用しようと思っていただけだ。時間のズレを完全にして、それを勝利に繋げるためには最初だけが僕にとっての山場だった。後は最後笑ってくれるシチュエーションをお膳立てするだけ。勝利と確信して静かに喜ばれていたらアウトだった。よくもまああれだけ騒いで笑ってくれたね。ありがとう」
自分のコメカミに右手で作ったピストルを向けた。
「馬鹿な! 絶対あり得ねえ!」
モヒカンは掴んでいたスピーカーから手を放し、飾られてる花瓶を跳ね除け豪勢な音を立て割った。
「個室に誘うために、ハートブレイクの確認を怠るほどの傲慢が、モヒカンの敗因だ。後は追い詰められた演技を悟られない様に自分でも心の中で本気で負けを覚悟していたんだ。ではモヒカン……いや山本慎吾さん。サヨナラ」
モヒカンは口を大きくあけ、唾を散らしながら掴みかかってきた!
「嘘だ! 俺が負けるはずがねえ! なんか不正したんだろ!? そうだ! 絶対不正だ!」
するとスーツの男が三人鍵を開けて入ってくると、モヒカンを抑え出した。
三人に抑えられても、僕に手を伸ばし必死に叫ぶ!!
「渡辺ーーー! 俺は負けてない! 聞いてるのか! おい! 渡辺ーー! 渡辺ーーー!!」
僕はそっとドアを閉めてそこから離れた。
中央応接間で、タバコに火を着けて煙を吐き出し、眉を寄せて気を引き締める。
(まだ終わってない!)
運営のスーツの男がやってきて、アッシュケースを開けて、ビッシリと詰められた現金を出して頭を下げる。
「おめでとうございます、渡辺優様。賞金5000万円になります」
タバコを灰皿に投げ捨てると、差し出されたアタッシュケースを下から思い切り蹴り上げた。
100万円の札束がアタッシュケースと共に宙を舞う。
「いらねぇ、この金で黒幕のトップ出せよ。そいつにハートブレイクだ!」




