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心理戦の100万円アプリ  作者: 華メガネ 広大
3rd Stage
14/34

『神』

 スピーカーのスイッチが入る鈍い低音で起き、目をうっすら開けて耳を集中させる。音楽が少し流れた後に音声が鼓膜に響いた。


「皆さん朝ですよお、起きて下さい。プレゼントがあります。九時に一階のテーブルに集合して袋を開けてね」


『ブツン』


 ケータイを見ると7時。見渡すと誰もベッドにいない、僕以外全員起きてる。盗聴器でもないか調べながら服を着る。


 下に降りると、朝ごはんの支度をしているたのはキャバと彩子。


「おはよう、悪いね朝から作らせて」



「いいよお、ウチ料理好きだし」


 目玉焼きを皿に移すキャバは鼻歌で機嫌がいいのが解る。昨日の事もう忘れてるのか。切り替えも大事、か。


「優君は何味の目玉焼きがお好み?」


 彩子はスーツから紫のワンピースに着替えていて、大人っぽく色気のある撫で声を出す。


「おはよ、目玉焼きはポン酢がいいな。ある?」


「俺ね、ソース。絶対ソース。優くん子供だなー。おはよ彩子」


 ケンジは暖炉の前からやってくるのを見て彩子はソースを取り出し、流し台に逆さまにしてソースを捨てる。


「今無くなったよ。ボケ、ナス、カス」


 ケンジはそれを見て無言で階段を上がって行った。


「朝から喧嘩するなよー、傷ついたんじゃないのか?」


 頭を掻きながらアクビをする。どうせ、いつものやり取り、朝から気にしてられない。


「優くんは、アクビも可愛いね」


「え?」


 アクビが止まると、ケンジが階段を激しい音を立ててソースを持ってくる。


「時前もあるもんね!」


 彩子は切れ目の瞳に感情を込めて見下す。


「ボケナス」


「聞いた? 優くん、カスが減った!」


 笑顔のケンジに肩をソースの容器で小突かれる、朝から面倒くさい。


 自己紹介の時と変わらない位置で男性陣が全員座ると、目玉焼きとベーコンと味噌汁ご飯が運ばれてくる。

 1人減ったが誰も何も言わないし、食事の会話もない。



「目玉焼きおかわり!」


 ケンジはくちゃくちゃ音を立てて皿をキャバに渡そうとする。



「ねーよ、自分で作りなよ」


 キャバがそのマナーの悪さに朝から少し不機嫌そうだ。


「ちぇ、残りのカレー食うか」


 その一連のやり取りに誰も反応しない。別に誰かが誰を攻撃する訳でもなく、朝食は終わる。

 皆九時に仕掛けられるのに警戒している。


 僕らは三人中央応接間に集まると、昨日聞いたキャバのやり口を伝える。

 これはかなりデカイ収穫、その話しの流れにもっていかないだけでかなり有利。


「……それと、九時からの仕掛け。多分ビックリする内容だが、リアクションは絶対に避ける事。僕らのペースに持っていく事、ケンジのトランプが1番いい。そうなるように僕と彩子がフォロー」


 僕は2人の頷きに確認する。周りは少しも変わった様子がない、むしろ無いようにしている。


 九時五分前になるとみんなが着席していた。いつの間にか真ん中に置かれた緑のプレゼントボックスが気になる。


 彩子の左には僕が座り、指輪をできるだけ悟られないようにする。

 賢次は反対に座らせる、指示が出しやすい。


 九時ピッタリりなるとスピーカーから音楽と歌が聞こえてくる。

 始まる!


「はあい! 皆さん集まってくれてありがとう! では、指名させて貰います、モヒカンさん袋を開けて下さい」


 大きな箱に星マークが施された袋をモヒカンは、傷つけずに丁寧に開ける。その様子を全員釘付けになる。

 するとボックスが出てきて、抽選券みたいに手を突っ込む所がある。



「今回はこれがゲームだよ! ゲームオーバーが最低1人出るまで続けて貰います。ポイントもゴッソリ移動するから、バリバリ稼いでね。終了はこちらが判断するまでです。マジックボックスの中にお題が入っています。それについて話し合って下さい。違うお題にする時はみんなで話し合ってね! それでは……始めて下さい」


 これはマズイ。全員ハートブレイク状態、チームとして動くのも難しくなる。一気にこのゲームで優勝者が決まってもおかしくない。



 キャバは全員に考える時間を無くす様に派手な色のセーターをめくる。


「私が引くよ?」


 手を突っ込んで一枚プレートが出てきた。

 お題の重さに全員固まる。



 プレートには『神』とかかれている。



 どう出るか、どう捉えるか。これは答えがない、かなり深くまで潜る必要がある。


 最初にゲームを動かしたのは高3。


「いないと思う」



「いるね、絶対。他のみんなは?」


 ケンジは高3の発言に被せると周りを見渡す。



「話の流れで意見はする、どっちかは決めれない」


 僕は机をトントンと二回叩き、ケンジに乗る。


 モヒカンも彩子もキャバも、存在は決定できないと一言ずつ喋る。


 キャバは高3に怪しい笑みで早速攻撃する。


「根拠は?」


「世の中沢山神がいすぎる、龍やお化けの様に人間が作り上げた虚像だ」


 高3はゲームをやめてキリッと答えると間を置かずにケンジも加わる。


「いるよ、じゃないと説明できない現象やいろいろ納得できない」


 モヒカンも口を開く、黙って見ていて脱落するのもいいが、それだと会話についていけないと判断される。


「どんどん解明されてるだろ? 技術が進めば全部それ説明できるんじゃないのか?」


 僕も早いうちに会話に混ざる。


「技術では解明できても、例えば宝くじが5回連続当たったとしても、確率の問題で済ませられる。けど、神がいるとしたらそれらを使って奇跡として働きかけてるかもしれない」



 彩子はメガネを深くかけ直す。


「信じる信じないの話しだと思うのだけどこれって答えないわよね?」



「だから深く潜って何処まで考えてるかの、いわば知恵比べだろ? このゲーム」


 ケンジからおちゃらけの感情が無くなり、その声からは明るいキャラを簡単に遠ざけた。


 そして全員が理解している、ボロが出るとたちまちスラッシャーに発展してしまう事も。


「じゃあさ、なんで平等にならないの? なんで戦争がなくならないの?」


 高3はいつもよりよく喋る。


「行動の自由よ、勝手に人間が戦争始めて、平等にする為にルールなんかを決めている。神がいないとは確定できないわ。神がいたとして人間を助けるルールでもあるの? 人間が作り始めた虚像と言ってたけど、あんたも神に何かを決めつけてるじゃん」


 明らかにキャバがスラッシャーしに来てる!



「そうだ矛盾してる。1人よがりの高校生らしい、愚痴にしか聞こえない」


 僕も煽る、ここは潰し時。


「全部言うとおりだね、でも同じレベルで自分の考えが、僕のその考えを覆せるものがあるの?偏っていようが、いまいが結局は精神論。つまり僕個人の思考、神を語ってるんだ。何が正しくて正しくないなんてナンセンス。で、キャバさんは当然その考えを持っているんでしょ?」


 切り抜けるどころかカウンターがキャバに飛んだ、高3が強い!

 そして今度はキャバが受身となる。


「私は矛盾を指摘しただけ、世の中なにもしないで間違ってる! というような言い回しを注意しただけよ。いる、いないは確定付けはできない。これからは流れに任せてその都度喋らせて貰うわ」



 モヒカンは鼻を摩りながら女社長を睨みつける

「女社長さん、あんたの意見が聞きたいね。何処まで考えているのか」


 流れが怪しい、ここは高3かキャバを潰す場面。

 モヒカンとキャバは手を組んでいる……?


 メガネの奥の尖った視線を彩子はモヒカンに向ける。


「人は古来から神を信じてきたわ、けど現代の日本のように豊になると、誰もが無神論者。困った時にすがるものが欲しいだけよ」


 モヒカンは、ピタ、と鼻を触る指を止めた。


「じゃあ神はいないと言う事か?」


「どちらにも寄りかからないと伝えたはずよ」


 睨み返すモヒカンは指を一回パチンと鳴らした。


「あんたのは過去から学んだ物や、現在を見て喋ってるだけだ。ここは勉強部屋じゃない。持論を聞きたいと言っているんだ。わかるぅ?」


 ヤバイ彩子がうまくかわしきれていない。持論が先程の会話レベルで喋られないとやられる!


「持論ね、経験からや世界観から見るのも大事だと思うけどね。そうやって持論を持っていく人も多いはずよ。結論から言うと、神の存在を肯定、否定するべき物は何もないわ」


 ヤバイ!彩子は完全にデータや現実主義からの思考。今の流れには全くそぐわない。彩子の意見がまるでない!

 フォローしたいがこっちまで飛び火がくる、動けない。


 指を二回鳴らす、モヒカンは言い返すスピードが異常に速くなる。


「あんた、もしかして本当は神を信じてるんじゃないのか?教科書みたいな事をぺらぺら喋って自分の考えがない」


 そらきた! 耐えて流れを上手く変えろ彩子! 潰されるぞ!


「神なんて信じていても、いい事なんかあるわけでもないし。信じなくてもどっちでも人生には無関係よ」


「違うね、自分の中に必ずしも神という存在があったりなかったりするもんだよ。だから皆一度は考えている、その過程を喋らないという事は思考の放棄。あんまり深く考えた事がないんだろ?」


 モヒカンは決めにかかる。


「納得いかない生意気な顔してんな、わかりやすく説明してやるよ。ジャンケンで相手がパーを出したら勝てるのは何だ?」


 引っ掛け? 何を言ってるんだ、少し間を置くと彩子が返す。もう乗るしかない、このジャンケンの話題を返せれば逃げられる。


「チョキね」


「違うんだよ、チョキはパーに勝つ。次にパーはグーに勝つ、次にグーはチョキに勝つ。今一周したよな? このお題、何周目まで読んでいるかの勝負なんだよ。勝ち負けを決める話しではない、女社長は最初にそーやって決めつけるからそれが駄目だと伝えたんだよ。一周目のチョキが最強と言い張り続けてるのと同じ、ズレてる」



「ゲームオーバーだね、二回もチャンスがあったのに」


 高3がポツリと敗北を宣告する。


「じゃあ教科書を開いたような答えは全て間違ってるというのか?」


 僕は必死にフォローする。


「それは否定しない。だがお前もわかってる通りこの流れは、思考の深さを競っている。この中で1番女社長が思考が浅い。まだどっちかに寄っていた方が良かったな。何か反論はあるか?」


 全員が黙り、彩子のメガネは光が反射して表情が読み取れない。


「…………」


「ほらな、これじゃハートブレイクしても、誰にも勝てない。敗者を狙う意外はな」


 彩子はついに完全に俯いた。


 駄目だ、こんなにアッサリと。この程度じゃないはずなのに、苦手なジャンルだったのか?


「俺は神を信じるよ!」


 ケンジは大きな声を出すが、もう全てが遅かった。


「黙れ茶髪ぅ」


 するとスピーカーが音をたてる。


「はい、最初のゲームオーバーが出ましたね。直接的なスラッャーはなくても、完全な論破です。ボケナスカス社長さんは荷物まとめてとっとと帰ってねー。続けますか?」


 全員喋れない、もっと深くいけるが、モヒカンに勝てる気がしない。あのジャンケンの例え話しだ。よっぽど余裕がないと簡単に例える事なんて出来ない、底が見えない。


「では、お題を変えるので15分の休憩を取ります」


 スピーカーの声がブツンと切れる。



 ケンジと僕は彩子に駆け寄り肩を持つ。


「彩子!」


「ごめんね……母親が熱心なクリスチャンでその家庭で育っていたから神を拒否し続けて、考えないように生きてきた私には最悪のお題だったの」


 彩子は天井を見上げてメガネを外すとはぁと溜息をつく。


「優君タバコ一本くれない?」


「いいけど吸えるのか?」


「昔吸ってたのよ」


 案の定げほげほとむせて僕らを向いて彩子は少し寂しい顔をした。


「本当はこのゲームなんか適当だったのよ、お金なら沢山あるし。自分の頭のよさが何処までいけるのか知りたかっただけなの。悔いはないわ」


 時計が「カチカチ」と音を立てる中、階段から荷物を持ってきた彩子はケンジと僕に名刺を渡す。


「じゃあ2人共楽しかったわ、名刺渡しとくから終わったら食事でも行きましょ」


 呆然と立ち尽くして見る、彩子のシャキッと歩いて立ち去る後ろ姿は、清々しい。

 開かれるドアから見える霜がかった寒々しい葉っぱが、彩子を見て泣いてる様だった。


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