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心理戦の100万円アプリ  作者: 華メガネ 広大
3rd Stage
13/34

2人の脱落者

「ご飯できましたので食べる人はきて下さい」



 キャバの声がカレーのいい匂いと一緒にこの家中に語りかける。



 極端な話し、左利きでも解れば全然違う。テーブルにケンジと2人でカレーとご飯を運ぶ。



 先程と同じ配置に7人が座り、会話はなく流れ作業の工場みたいにカレーをよそい配られる。


 ハイエナ男だけは、隅に座りじっと様子を見ながら缶詰めを開けて先に食べている。



 キャバが少し大きな声で手を合わせる。



「頂きまーす」



 ほぼ全員が手を合わせる。合わせなかったのは、高3とパンチパーマ。


 高3はゲームをまだしている。意外にモヒカンは手を合わせた。



 モヒカンは携帯用のアルコール除菌で手とスプーンを消毒していた。


 やはりすぐ情報が出てくる。


 周りを見渡しながら食べる者、俯いて食べる者、癖なんかも出る。余り噛まない、よくこぼす、上品に食べる、いろいろだ。



 一口食べて思考を巡らせていると舌に刺激が走る。



「あ……美味い」



「でしょお!? 女社長が隠し味に珈琲入れたのが凄かったの!」



 喋りたくてたまらなさそうにキャバは机に手を置いて立ち上がる。




「お口に合う? 優君」



 彩子はニヤついて美味しい表情をした僕を見つめる。何故かセクシーに見えて恥ずかしい。


 そうか、もうみんな持ち味を出し始めてるんだ。




「うめぇ! うめぇ! かーちゃんのより美味いよ!」



 ケンジは楽観的だけど、真剣なハートブレイクは見た事はないな。



 食事が終わっても誰も動かない、ケンジが一回おかわりしたぐらいだ。テーブルの上をケンジと2人で片付けた。


 そして間もなく9時。


 タイムオーバーを避けるならそろそろ動かないとならない。



「本当になんにも入ってなかったのか?」



 くいっとメガネをあげてハイエナ男が探りを入れる。



「美味かったな、あ、作ってくれた2人は今日は勝負辞めといてあげるよ」



 モヒカンは、ビールを飲んで言葉使いが不安定に見える、そんな優しさなんかいらないだろ。



 多分チームを組んでるのは僕らだけ、他は作れて2人まで。こちらのペースにしたい、つまり1人蹴落とす。



 もう誰かは確定しているが、拒否権を使われると意味がないので、チームではないと動けない。



 僕は合図として『9時になったね』


 と呟くと全員がピクッと動く。


 すかさずケンジはトランプを取り出す。



「暇だしカードしようか?」



「イカサマゲームだろ?」



 ハイエナ男がケンジを睨む。



「いいよ、暇だし何かしてもらおうか?」



 無言だったパンチパーマは同意する。


 他の人間は何も喋らない、つまりゲームに乗るという事。




「じゃあマジックでもやりますか。今日脱落する誰かに必ず届くジョーカーのゲーム」



 ケンジはトランプが踊る様な美しさと手捌きでカードを混ぜる。


 その行動に高3以外全員釘付けになる。


 探り所ではなく、脱落者を決めつけると言うのだから。



 まず隣にいる彩子にケンジは立ち上がりトランプを見せる。



「この八枚の中から一枚引いて」




「きゃぁぁぁぁぁあ!」



 一枚引いた彩子が悲鳴をあげてトランプを投げた。


 どうした!? そんな慌てる事なんて打ち合わせにない!


 ジョーカーが間違えてきたのか!?



「なんでエロいトランプなのよ! ドスケベ! ボケ、ナス、カス!」




「あれ? ウケると思ったのにな」



 首を傾げるケンジはここまでくると逆に周りからしたら謎かもしれない。



「早く次に配れ」



 パンチパーマがイライラ足を揺する。



 配り終えるとケンジが全員が見渡す事ができる中央応接間寄りの椅子に座る。



「では、めくって下さい。ジョーカーが今日の脱落者です」



 10秒ほどの長い間が空く。



「はーい私ジョーカー」



 手を上げたのはキャバ。みんなが一斉にキャバを見る。



「説明してくれる? ギャンブラーさん」



 ケンジはある1人を睨みつけやや口元だけ笑みをこぼす。



「説明するよ。勿論誰が脱落者かは解らないよ、問題はカードを見てからの五秒程の間。ジョーカーを引いたら当然心が乱れて当然だけど。普通ならこの状況でリアクションなんかない。個々に思考のレベルの格差があるのが明らか。まず1番最初にレベルの低い者を炙り出したのさ」



 大声で指を指すケンジはおちゃらけが一切無くなっている。



「ハイエナ男さん。あなたが1番表情がほっとしていた。それだけでは根拠にはならないが、今までの警戒心がそれを確定付けてる。だってあだ名が『ハイエナ』だしね」



「そんなものは根拠にもならない!」



 ハイエナ男は立ち上がり、明らかに取り乱した。何も言わなくてもこの時点でアウト、自己紹介時の時点でここまでは解っていた。しかしケンジは更にトドメを刺した。



「試してみる? 『確信』があるんだ、あんたが1番弱い。ハートブレイクだ」



 ハイエナ男はハートブレイクに暫く黙る。


 ハートブレイクを断れば、怪しまれ次々にハートブレイクされる危険がある。同時にこれを論破できれば、難を逃れられる。


 ハートブレイクを受ければ受けるで、絶対勝たないといけない。真偽はどうでもよくなり、敗者に群がるからだ。



「断る、弱いのはお前だろ? だから適当に俺を選んだんだ」



「適当? ボロが出たね。それなりの警戒心と臆病さからパニックになってるんじゃないのか? 今自分で認めたんだぞ?」




「そんな馬鹿な!」



 ケンジは鮮やかにハイエナ男の臆病さを引っ張り出した。



「ほら引っ掛かった。『そんな馬鹿な!』の言葉で確定したんですよ」




 パチパチパチと拍手をする人間が1人いた。



「やるなあ茶髪、へへへ」



 モヒカンが嬉しそうに笑う。



 それを機にみんなが一斉に詰め寄りハートブレイク! と叫ぶ。この場合ケータイで確認したが、されたほうが相手を指名できる。敗者に勝負が好ましいが潰れてしまっては意味がない。


 皆が我先にと仕掛ける。



 ハイエナ男はキャバを指名してあの個室部屋に入っていった。どちらかが潰れる。可能性だが、先に出てきたほうがほぼ勝利した方だ。



 個室付近に皆が密集して敗者がでるのを待つ。


 するとゲームをしながら密集している所に行き、強面のパンチパーマに高3が突然宣言した。



「おっさん、ハートブレイク」



 パンチパーマはポケットに手を突っ込み威嚇する。



「なんや、ワシに言うてるんか?」



「逃げるの? 受けるの?」



 なんだ、パンチパーマに落ち度はなかったぞ。


 絶対勝つ自信があるのか? 無差別か? 落ち度を見つけたのか? 拒否権は残しておきたい所だ、モヒカンがいるから。


 密集していた僕らもハートブレイクを拒否されて、すぐまた高3に無差別にされるのを恐れて少し離れる。



「ワシに落ち度があるっちゅーんかい?」



「言ってもいいの? みんなにバレちゃうよ?」



「言うてみい、違ったらお前が取り消せ」



 高3はゲームをしまうとパンチパーマのスーツに指を持っていく。



「スーツに毛がついてる。しかも恐らく犬の、臭いもかすかにする。……まだ続けようか?」



「いや、もうええ、ハートブレイクや。個室こいや」



 2人はすぐ隣の部屋の個室に入った。


 当然防音は完璧で声なんか聞こえない。


 この心理戦で大事なのが、観察力。


 目を見て全体も見る、僕はパンチパーマの犬の毛までは解らなかった。


 しかしそれだけでハートブレイクするとは……。


 相手の仕掛けも解らないのに、若さからの自信か?



 中で始まるハートブレイクの時間も重要だ、勝者はそれだけでまったりか、激しいかの性格のどちらかに傾く。


 そして、強い弱いも。


 とにかくケンジはハイエナ男に拒否権を使われて無理だからパンチパーマか、高3どちらかに仕掛ける事ができる。



「優くん、犬の毛でどこまで解る?」



 ケンジは近寄るとコソリと耳打ちする。彩子も連れて大広間にいき、小さな声で話す。



「今2組ハートブレイクしている、ハイエナ男のポイントは、レベルが低い事、そして警戒心が強すぎる事だ。警戒心が強すぎるのは、裏を返せばそれ程の何かがあるという事。


 それだけ聞き出せば簡単に落ちる。そこまではいいか?」



 2人共頷く。



「そしてパンチパーマの犬の毛だ。犬を飼っているのは間違いない、外出用の服についてるくらいだ、かなりなついている。つまり犬が大事なモノと言う事だ。先程のもういいと言ったのは認めた証拠でもあり、そこは聞かれたくないという証拠」



「うん、それで?」



「黙って、ケンジ」



 彩子は少しボリュームの大きいケンジの声を遮る。



「そこからは崩し易い。動物好きで優しいのか? でもなんでも崩せる、後はパンチパーマの仕掛けが何か? と言う事。どちらにせよ、敗者はヒーラーされない限りかなり弱った状態にある。今回はリーブが使えない、それもポイントだ、精神状態不安定は間違いない。そこを攻める」




「俺はパンチパーマ組の敗者を狙うよ」



 賢次はハートブレイク部屋に目をやる。



「私と優君はハイエナ男組の敗者、もしくはケンジの勝負が終わった後でどちらか好きなほうね」



 後は思惑通りに事が進んでくれるのを祈るのみ。



「OK、さあ行こう」



 丁度ドアのまえでたむろしているモヒカンの前を通過して座る所を通過しようとしたら高3が出てきた。



 もう!? 早い! まだ15分も経ってないぞ!



 タイミング良く、丁度入れ替わりの様にケンジが入った。



 高3はそのまま応接間にあるバッグから衣服を取ると、シャワールームに向かって消えた。



 モヒカンと絶対に目が合わない様に時間を潰し待っていると、キャバが顔を出した。



 僕も彩子が詰め寄ろうとするとキャバはモヒカンを向き投げキッスをする。



「次はモヒカンがいいんだって」




 僕らが固まっている隙にモヒカンが入っていった。


 しまった、キャバにやられた! モヒカンなんか指名する訳ないのに、それを言う事でモヒカンがハートブレイクしてしまう。



 モヒカンにやられたらメチャクチャになってしまう……ハイエナ男が。


 ハイエナ男がゲームオーバーになるとする。



 するとまた一組新しくハートブレイクが出てしまう。リスクが高まり、ポイントもどこまでやられればゲームオーバーになるのかも解らない。


 くそ!



 キャバは少し離れた階段にから両肘に顔を乗せ、高見の見物する。



「ねえ、ダウンのパーマ君。もう1組は誰がやってるの?」



「自分で考えろよ」



 ニヤついたキャバの顔が、最初にハートブレイクでやられたのを思い出させられて、ダウンの中の拳を握る。



「君名前なんだっけ? キャハ! ねぇまたキスしてあげるからヒーラーされてよ」



 ムカついてしまうが表には出せない。これは忘れないといけない感情、無視をしてドアを見つめる。



「下品極まりないわね、不愉快よ」



腕を組み攻撃的な目で彩子は睨むと、それを受けて睨み返すキャバ。



「そっちは上品極まりないつもり? 3人でつるんじゃったりしてさ」



「面倒ね、いいわ。あんたと今勝負してあげる」



真剣な顔をしたキャバは暫く考えた様子で、彩子との視線を外して階段の上へと消えた。



「今日はやめとくわ」




 ピリピリとした沈黙の雰囲気に10分も経たない内、モヒカンがドアを明け僕に目を合わせる。



「こいよ、お前だ」



 僕が指名された、彩子は1人で待つ事になる。部屋に入り鍵をかけるがすぐ違和感に気づく。



 あれ? なんだ、ハイエナ男普通な顔して平然としている。精一杯の抵抗か? もう2連敗してるはずなのに。


 椅子に座るとケータイを机に置く。



「ハートブレイク」



 ハイエナ男もすぐに受ける。



「ハートブレイク」



「さっきモヒカンと何があった?」



 ハイエナ男は目線を下に微かに笑う。



「助けてくれたよ。ヒーラーしてくれたんだ、次に負けない様にって」



「ヒーラー!? 馬鹿な! モヒカンが!?」



「ほら、感情高ぶってるよ」



 モヒカンのヒーラーは間違いなさそうだ、ここは切り替えるしかない。出来るだけ情報を引き出さしてから勝つ。



「どうヒーラーされたの?」



「簡単に言うかなあ? 言わないだろ?」



 主導権を握ったつもりか、上から喋るハイエナ男の顔が憎たらしく感じる。



「モヒカンに騙されてない?」



「さっき貰ったポイントでマイナスはない」



「ポイントを貰った? それよりこの後全員とハートブレイクさせられるのに生き残れる訳ないだろ」



 ハイエナは頭を抱える。僕に勝つという考えがすぐ出てこないだけでもう駄目だなコイツは。




「な? だからどうやってヒーラーされたのか教えてくれよ。そしたら生き残れるくらいにはしてやる」



 これで反論ならバトル、乗ればもう誰かに頼らないといけないという負け犬思考。



「簡単に言えばポイントあげるからヒーラーされてくれって言われたんだよ。お互い利害一致でポイントが振り込まれるケータイの画面も証拠に見してもらった」



「俺が勝ってまだあんたがゲームオーバーにならなければ、勝ち方を教えてやる。次は必ず女社長を指名するだからだ」



「教えてもいいが、勝ち方が嘘かもしれない。お前ら三人組だろ?」



 ここまで来て疑う事だけは真剣になってくる。まあいい、それがお前の限界だ。




「裏切るのさ、女社長はもういらない。女社長も負けたらハートブレイクされまくって潰れるしな」



「裏切るのか?」



「裏切るも何も僕からとったら駒さ。一度ハートブレイクしたから勝ち方を知ってる」



 ハイエナ男は考えて黙り込むが、この話しに乗るしかない。もう後がないんだから。



「解った、先に教えてくれ。女社長の弱点。それとポイントを最小限に抑えて生き残れる様にしてくれ」



「OK、まず女社長だけどね、実は普通のOLだ。プライドが高く、人を落とし入れるのが趣味な最低な女さ」



 柔らかい口調で出来るだけハイエナ男をまず安心させる。



「で? 肝心の倒し方は?」



 ここまで言っても勝ち方も解らないのか、潰してもいいがまだ情報を貰っていない。



「介護している実の母親だ。女社長からは想像できないだろ? 母親を大切にしてるのに、実は遺産目当ての最低な事をしている。それを話したらすぐ逆上してそのまま終わりさ。ここまで情報があれば余裕だろ?」



 下から睨んでくる、ハイエナ男。



「嘘かもしれない」



「彼女の指輪を見てみなよ、なんだと思う? ドクロだよ。人を落とし入れる自分と、もう余生がない母親への気持ちからしてるんだ。見なかったか?」



「見た、チラッとだけど多分ドクロだった」



 少し緊張が柔らかいだ顔つきで、引いていた顎が正面の角度に戻ってくる。



「だろ? じゃないとあんなナンセンスな指輪する訳がない」



「ふむ、だが確定はしていない」



 ハイエナ男の用心深さは本当に筋金入りだな……。ここまでだな。立ち上がり机に手を置く。



「もう選択肢があんたにはないんだ。わかるか? 断ればスラッシャーで徹底的に潰す。受け入れれば女社長も潰れて一石ニ丁。ハイエナさんからくる情報が嘘だと判明しても潰す」



 すぐに声を高めて機嫌を損なわない様にと物腰が柔らかくなる。



「解った、解った話すよ」



 再び席につくと嘘は許さないと目で脅す。



「OK、まずキャバからだ」



「……解ったよ。まずキャバクラの接待があるだろ? 人の心を聞き出しいい気分にさせる。それの逆をしてスラッシャーしてきたのさ。僕の性格をついてボロクソに言われたよ、それでゲームオーバー」



 顎に手をやり考えるが、嘘にしてはリアル。次のモヒカンの内容がおかしくなければ嘘はついていない事になるな。



「ふむ、終わったらすぐキャバに少し探りを入れて確認できたら、ここに女社長を入れる。少しでも矛盾が出たら女社長に全部ばらす」



「いいよ、本当だから。あんたも用心深いな、話し終わったらできれば簡単なヒーラーで終わらせてくれよ」



「OK、モヒカンは?」



「モヒカンはえらく紳士だった、仰天したね。すぐ入れ替わると思ったけど終始そのままだった。キャバに傷つけられた事を、すぐに聞き出されたよ。僕の方が話したかったみたいにすぐ話してしまった。そしてヒーラーされたんだ。『お前は生きていかなくちゃいけない。沢山あるから俺のポイントをやる』今回ポイントは伏せられて見えないけど、送信側はできるとメールで200ポイントもくれた画像を見たんだ。それでヒーラーは終わりさ」



「それで騙された……と」



「え?」



 僕はタバコに火をつけると、煙をハイエナ男に向ける。



「あんた馬鹿だなぁ。そんなの画面編集して作ればいいじゃないか」



「編集!?」



 ハイエナ男の血の気が青くなる。



「メール画面を保存して、他のアプリで編集したらなんでもできるだろ? あんた騙されたんだよ」



「じゃあ! 僕のポイントは!?」



 僕はニヤリと足を組む。



「マイナスのまま」



「あ……あ……」




「気づいた? 馬鹿だな」




「じゃあ女社長のは!?」



 ハイエナ男は今日1番の声で机を叩くのを見て立ち上がり、ハイエナ男の隣に行き、耳元で囁く。



「う……そ。もう終わりだねあんた、チームだから、後の2人にも全部話す。弱り切ったあんたの癖や、焦り全部な。サヨウナラ」



 ハイエナ男は顔を手で覆い、嗚咽する。するとハイエナ男のケータイが鳴る。ハイエナ男は震える片手で顔を覆ったまま出る。


 陽気にボーカロイドが音声が脱落を告げた。



「はーいお疲れ様でしたー! 馬鹿はもう現時点をもってゲームオーバーとなります」



「いくら! いくらなんだ!?」



「マイナス753万円になりまーす! では荷物を抱えてとっとと出ていってね」



 735!? とんでもない。額が全然違う! 100万円どころではない。……それよりモヒカンだ。ハイエナ男から情報を取って勝つだけではなく僕に駒として仕向けてきた事だ、一体どれだけ強いんだ。


 部屋を出てみると、彩子はいない。


 ハートブレイクしているんだろう。


 見渡すとケンジが中央応接間のソファーで俯いていた。



「ケンジ! 負けたのか!?」



「優君、スラッシャーって正しいのかな?」



「どうしたんだ?いきなり」



「ギャンブルにくるやつはさ、自分を見失って自滅する奴が多いんだけど。今回はほぼ強制じゃん? そんな奴の精神を壊す権利なんかあるのかな? もしもそれが元で人生駄目になったりでもしたら……」



「確かに感覚麻痺してるよな、どうやってスラッシャーしてやるか常に考えてる状態だ。けど今は逃げられない」



「スラッシャーに迷いが出るなんて、アウトだよね。切り替えなくちゃ」



「ここは社会の縮図だ」



「え?」



 顔を上げたケンジは今までに見たことのないような悲しい負の感情をまとっていた。



「ケンジ、人それぞれ家庭の状況があるだろう? 僕の親は貧しくて必死に生きてきた。働きに出てる親にイジメを訴える時間もない。先生に言っても、告げ口したと悪化しただけ。大人になっても、職場イジメをよく見た。国は助けてくれなんかしない、誰も助けてくれやしない。唯一金を持ってるやつが豊になる確率は俄然高い、所詮金なんだよ」



「それ本気で言ってる? 人生愛より金なの? 優くんは」



「金があっての愛だ。しかし、健康な心と身体がないと意味ないけどな。正直僕も愛なんてわからないから形ある金って言っただけ。でも金より心だと思う。優勝でもしたらこのアプリ運営のやつ一発でも殴ってやるかな」



「俺は卍固めする!」



「さて、彩子を待ちながらシャワー浴びて寝るか」



 ケンジの頭にポンと手を置いてそのままシャワーに向かった。


 熱めのシャワーをあびて目をつぶりひたすら無心へと帰る。深呼吸を何度もして力を抜く、1番リラックスできる僕のやり方だ。



『ドンドン!』



「優くん! 優くん! 大変だ! 彩子が!」



「負けたのか!?」



 僕はシャワールームから身体も隠さず上半身を乗り出す。



「彩子がシャワー浴びてる! のんびりしてる場合じゃないぞ!」



「どアホ!」



 シャワーを済まし、静かになった応接間でタバコを吸っているとケンジもシャワーから上がってきた。



「早いな、ちゃんと洗ったのか?」



 今日はもうハートブレイクはないだろう、安心したらあくびが止まらない。



「勿論! あ、優くんもう寝るの?」



「早めに睡眠とりたいからね」



「俺は読書してから寝るよ」



 ケンジはリュックサックに手を突っ込む。



「へえ、プレイヤーとして当たり前のような、ケンジにしては意外なような。何系?」



「今日はメガネだな」



「お前それ……もう好きにしろ」



 白いバスタオルで髪を拭きながらバスローブ姿の彩子がやってくる。



「お疲れ、勝った?」



「当然よ、少し時間食ったけど」



「で、パンチパーマは?」



「ゲームオーバーよ、高3で既にかなりやられてたみたいだった。面接もする必要なかったわ」



 雑誌に夢中なケンジを見る彩子の目が少し怖い。



「2人減ったか、話し合いするか?」



「私あんまりスッピン晒したくないから寝るわ。……一緒に寝てみる?」



 髪を軽くまとめる仕草から来るシャンプーのいい匂いから、ケンジはようやく彩子の存在に気付いたのか雑誌を投げ捨てて振り向く。



「え! マジで!?」



「お前じゃねえよ。ボケ、ナス、カス」



「さっきから優くんにだけ優しすぎるんじゃないのかぁ! 俺にデレはないのか!」



「ない」



怒りの矛先を向ける様にケンジはこっちを向く。



「だいたい優くんはメガネの良さを解ってないんだよ、何でそんなに落ち着いていられんだよ! メガネ女子のスッピンバスローブだぞ!」



「なんだそれ、だいたい彩子は今メガネしてないだろ?」



はぁーと、溜息を大きくついて頭を左右に振りお前は解ってないと語ってくる。それをどんどんイカつい軽蔑の目で見下す彩子は『冷たい目』どころではない。



「お前ら本当に面白いな。じゃあ僕も寝るか。ケンジ、スケベも程々にな」



 先に階段を上がり空いてるベッドを探す。



 1番奥が、モヒカンが使っていて、後頭部を向けて寝ている。うげ! ネコの可愛いピンクの抱き枕なんかしてるのか。……意外だな。



 反対の奥は、高3がゲームをしている。僕は真ん中ら辺に陣取り、力を抜く。激しい1日だった。


 明日は何人落ちるか?



 電気を消し、犬の遠吠えを聞いているうちに意識は現実を離れた。

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