2次ステージ終了
「賢次! ダメだ! 逃げよう!」
ケンジは動く事をせずにモヒカンを近くまで簡単に来させてしまう。
「茶髪ぅ、ハートブレイクだ。おっと、隣のお兄さんは覚えてるよ。また勝負してえなあ」
舌なめずりをして僕を見た後、賢次を下から顔を傾けて不良が恐喝しているように見つめ始めた。僕は恐怖で動く事が出来ない。
「モヒカン、パチンコする?」
ケンジは口を開くとあの瞳に赤い人を殺しかねない感情を宿す。
「ああぁ? するけど何だよ、ハートブレイクって言ったんだよ。解るぅ?」
ケンジはパチンコ雑誌をモヒカンに渡し、ケータイを取り出して喋る。
「このハートブレイク俺降りる」
アプリが即座に対応する。
「了解致しました」
どうやらハートブレイクはなくなったみたいだ、ポイントがなくなるより、精神を壊される方が怖い。
「お前もかよお。やっと今日初めて見つけたのに」
モヒカンは舌打ちをすると何処かへ消えて行った。
「優君あれはヤバイね、聞いといてよかった。異常だよ、ポーカーでも勝負したくない」
モヒカンの姿が消え、初めて見せる戦慄の顔をしたのはショッキングだった。ケンジでも勝てないのか……。
「うんあのモヒカンとは関わりたくないね。なんか長居しないほうが良さそうだ、移動しよう」
タクシーで次のプレイヤーに向かって動き出した。バイブレーション機能でナビを頼りに運転手に指示を出しながら。あと一回勝てばクリア、あと少し! 緊張する横でケンジはケータイでゲームをしている。
「麻雀? それハートブレイクに関係あるの? ギャンブラーでもするんだね」
「超ギャンブルだよ、勝つと女の子の服が脱げるんだ」
焦りという言葉をケンジは知らないんだろうか……。マイペースすぎて緊張が解けてしまいそうになる。
「あ、次を右にお願いします。あ、あれ? バイブレーションが弱くなってる」
ピク、とその言葉に指を止めたケンジは焦りの大声でこちらを向く。
「ヤバイよ優君、そいつもうクリアしててハートブレイク避ける為に移動し続けるよ多分。捕まえるのはかなり困難だ」
「じゃ次の標的にするか」
少し乱暴な運転で揺れる車内の中、やっと2人に焦りが出始めた。
「いや、もうクリアの人間はよっぽど自信があるやつ以外か、普通のやつなら逃げるよ。それに最終日、ゲームオーバーの人間も多いはずだ」
「僕みたいにポイントが足らないやつを探さないといけないのか」
「違うよ、探したらダメだ。動かないほうがいい。ポイントが足りなくて探し回るやつを逆に優君が網を仕掛けた方がいい」
「それもそうだね、待つか。どこがいいかな」
「優君の趣味や落ち着く所ってとこかな。それとポイントを荒らしまくるヤバイやつがきたら、逃げた方がいい。一回もハートブレイク拒否の使ってないでしょ?」
「うん、使ってない。お気に入りの喫茶店がある、そこにしよう」
自分の家の近くまでタクシーで来ると、すぐ喫茶店に入った。
古い油絵が何個も飾ってある、常連以外滅多に人が来る事がない店。
奥の真ん中に座る。何故なら入ってくる人間がすぐ見える位置で少しでも速く観察できる。
ケンジは隣の席で知らん顔してパチンコ雑誌で顔を隠す様に、また買って読んでいる。
……珈琲四杯も飲んでも誰もこない。
「ケンジ、まだこないよ!」
「とりあえずあと1時間待ってみよう」
焦りながら何本もタバコを吸う、するとバイブレーションが鳴り始めた。向こうも車の移動なのか、バイブレーションし始めてからすぐに喫茶店のドアが空く。すると最初にモヒカンにスラッシャーされて泣いていた女の子が入ってきた。
(来た!)
その女の子に目で合図を送る。彼女は待ち合わせしていた様に自然に僕の席の前に座った。
ショートボブの女は、周りをチラチラ見ながら質問する。
「ポイントどれくらいですか?」
かなり弱気な声、しかもケンジと勝負した事がある子でウィークポイントはもう解ってる。
これなら絶対勝てる。舐められない為に腕を組み見下して冷たい口調で言い放つ。
「かなりプラスだよ、余裕だねこのゲーム。早速で悪いけど、ハートブレイク」
ショートボブは視線を逸らし、沢山飾られていた絵を見て溜息をつく。
「降ります、ゲームしません」
「え?」
拒否権を使われた?
ショートボブは注文もする間もなく帰っていくとケンジが隣に座ってくる。
「かなり仕掛けてたけど、裏目に出たね。弱く見せないとすぐ降りられる。もう最終日で拒否権を使う所がないからね」
これは明らかに失敗。ヤバイ、もう相手すら見つからないかもしれない。
くそ、もう夜になってる。強いやつでもいいから相手を探さないと。
「ケンジ! 移動しよう! 待つのは嫌だ」
なんとかここまで来たんだ、本当にあと少しなんだ!
「OK。ところでここの会計なんだけ……」
四杯分の代金を払い外に出た、すると直様ケータイに着信が鳴る。
アプリからか? 見るとケンジからの着信。
「ごめん優君雑誌買ったからもうお金がない! 払ってくれ」
くしゃっと髪をいじり早足で喫茶店に戻りお金を払った。
「金くらい持っとけよなあ。調子狂うよ」
「何言ってるんだよ! 女社長とハートブレイクしてるからその間心配でパチンコ打ってたら負けただけだよ!」
ケンジは手でパチンコのハンドルを回す仕草をした。
「心配してパチ……いや、もういい。タクシーで移動しよう」
見つからない、相手が! ハートブレイクができない! 外を見ると夜中だ。
バイブレーション機能でタクシーで近づくと、ある距離になるとバイブレーションが弱くなる。
この繰り返しが続く。
ポイントが足らないでゲームオーバーになってないのは、僕とさっきのショートボブだけじゃないのか!?
頭に血が上った僕をなだめる様に小さな声が横から聞こえる。
「優君……そろそろヤバイね。深夜1時だよ、タイムリミットが」
くそ、あと21ポイントなのに。
それだけで100万円とそれ以上のペナルティかよ! あと少しなんだ!
ケンジはアプリに喋る。
「プレイヤーにポイントはプレゼントできないのか?」
「できませんハートブレイク中ならまだしも、プレゼントは無理です」
頭の中ではヤバイヤバイヤバイと文字がぐるぐる回り、時間だけが経って行く
「あ! 優君、1人動いていないのがいるよ!」
最後のチャンスか、僕はタクシーを急かして繁華街に降りた。
「優君ここなら、色んな人間がいそうだ。探そう」
拒否権を使われる事を考えて、ケンジの後を走って追いかける、もう相手を観察してる暇なんてない。
バイブレーションを頼りに行き着いた先で愕然とした。
最初に騙されたキャバクラだったからだ。
「これ、もしかして優君が言ってた……。まだ、もう一個あるよ!」
走って繁華街を抜け飲み屋街に出ると、遠くにあのルールを教えてくれていたハイエナのスーツがいた。
モヒカンから1早く逃げた男だ。
ハイエナ男は僕の顔を見ると小さな路地に走って逃げ出した。
「逃げんな!」
2人で懸命に追う! ゴミ箱を何個も倒されて道を妨害される。少し見失うと、タクシーを使われたのかどんどんバイブレーションは小さくなっていく。
くそ、くそ! ハートブレイクできるなら誰でもいいのに勝負して貰えない!!
あと21ポイントだけなのに。
どんな劣勢でもいいからハートブレイクがしたい。
ペナルティ金なんて絶対いやだ!
移動時間もあり、ハイエナ男を諦めて時計を見たら12時をとっくに過ぎている。ヤバイ、ヤバイ。
もう1時間もない、移動してハートブレイクしても遅い。あと少しでゲームオーバーだ。
「優君21ポイントだろ? て事は21万で済むって事じゃん。ポジティヴに行こうよ!」
肩で息をついてケンジは額の汗を拭う。
僕は路上に座り込んで頭をくしゃくしゃと抱える。
「規約に、マイナスだったら100万以上のペナルティっていってたろ」
現状理解がハッキリする度に、感情のやり場がなく、やけくそになりゴミ箱を蹴る。
「くそ、ギリギリまで粘ろう! 近くにいるかもしれない!」
ケータイを頼りに全力で繁華街通りを駆け抜ける。
「待ってよ! 優君!」
後ろからケンジの声が聞こえるが待っている暇はない。
リーブだ! リーブさえすぐさせれば時間がなくてもいける。
バイブレーションは繁華街の少し外れにもう一つを示した。
ここしかない! 賢次は置いて一刻も早くハートブレイクしたいが、ある事に気がつく。
また勝負逃げられたら意味がない。
ケンジが追いつくのを唇を強く噛んで待ち、ケータイを見る。
あと10分!
ギリギリまで諦めない!
ケンジが追いつくとすぐまた引き離す様に走り出し、バイブレーションで確認した。
いた! アイツだ! 強面の大きなパンチパーマ男!
ケンジと2人で、キョロキョロしている強面のパンチパーマに近づいた。
お互い時間も自分の状況も理解しているはずだ。
ケンジは追いつくと息を切らしながら自分を親指で指す。
「俺はプレイヤー」
両膝に手を着いてパンチパーマを睨む。
「僕もプレイヤーだ、勝負離脱しても意味ないの解るよね?」
パンチパーマは僕ら2人をじっと観察する。
賢次がハートブレイクして、パンチパーマが離脱する。
そしたら即、僕がハートブレイクする。
だがそれが裏目に出てケンジのを受けてしまっては意味がない。
パンチパーマが僕と同じポイント状況かもしれないし、拒否権をもう使ってる可能性は高い。
確率的に僕が先に言ったほうが良い、パンチパーマがケンジを指名する前に早く!
「ハートブレイク! ここで路上だけど勝負だ」
パンチパーマはじっとケンジを睨むと
「離脱するかなあ? そっちのが楽そうだ。てゆーかもう時間ないぞ、五分で何ができる?」
「いいから! 早くハートブレイクしろよ!」
僕はかなり焦ってしまっている。駆け引きをする時間もない。
パンチパーマはニヤニヤすると金色の指輪をちらつかせて顎を摩る。
「仕方ないな、ハートブレイク」
ケンジはハートブレイクの邪魔にならないよう、何も言わず何度も振り返りながら繁華街に消えていった。
あと五分! リーブさせるか少しのポイントでも稼げれば!
「あんた! 仕事は?」
パンチパーマは頭をかき目線を白々しく逸らす。
「なんだっけ?」
「とぼけるなよ! 仕事は?」
「おいおい、熱くなるとポイント減るぞ? まあ、見た感じもう手遅れっぽいけどな」
くそ! このパンチパーマまともに会話する気がない!
感情を揺さぶるんだ! なんでもいい!
「ヤクザ風のあんたなんかクズだ! 死ね!」
耳をかき指先を息でふっと飛ばすパンチパーマ。
「ふーん」
「コンプレックスがあるから強がってるんだろ!?」
感情が抑えられず、詰め寄り殺す気で掴みかかる。
「おいおい暴力かあ? ふああ、眠い。あと一分切ったぞ」
「あんたなんか!」
パンチパーマは勝ち誇るようにニヤニヤ口を別の生き物の様に動かし、遮る。
「ふーん」
くそ、会話をしないつもりだ。
もう、もう! もう……。
「兄ちゃん、ケータイ見て見なよ」
何時の間にか俯いていた僕は握り締めていたケータイを見る。
『タイムオーバー終了』
パンチパーマはケータイのアプリを顔に近づけて僕を見下しながら喋る。
「おい、もう終わったから帰っていいよな?」
ボーカロイド声は明るい口調が聞こえてくるが、僕の耳にはほとんど届かない。
「はい、後程またすぐご連絡させて頂きますね、失礼します」
「だってよ残念だったな。兄ちゃん」
パンチパーマはタバコを吸いながら繁華街の裏通り深くに消えた。
終わった……。ゲームオーバー……。ペナルティ100万以上?
払わさせられるのか!?
現実に?
本当に?
ここまで来たのに!?
「くそ! くそ!」
僕は四つん這いになり、手が壊れるんじゃないかという程に何度も地面を叩いた。
100万円……。100万円……! 100万円!
絶対それだけで済むはずがない。あと少し、あと少しだったんだ!
後ろからそっと叩く手を抑えられる。
「優君残念だけど、もう身体を痛めつける様な事は止めてよ。俺も心が痛くなる」
ケンジがいつの間にか戻ってきていた。
背中を何度もさすってくれるが、打ちひしがれた気持ちから震えが止まらない。
「なんなら僕も辞退して……」
するとケンジのケータイが鳴る。
鋭い目付きになり、賢次は少し離れて電話をするとすぐ帰ってきた。
鼻水をすすると、散らかって服に少しついたゴミなんかを払い除けながら立ち上がる。
「次のミッションか何か? もうゲームクリア?」
「優君は大丈夫、心配しなくていいよ。ごめんね、辞退できないみたいなんだ」
「いいよケンジまで借金を背負う事はないよ」
僕にはどんな催促がくるんだろう……。絶望から耳にまで心臓の鼓動が聞こえる。
法外な利子、破産、泣く母親が頭を過る。普通にヤミ金に100万借りるのとは絶対訳が違う。
僕は……負けたんだ。




