異世界
戻ってまいりました、まぁ誰も見てないと思うので気長に見てやって下さい
「ん」
ボヤけた意識の中、俊は自分が仰向けになっているのがわかった。
しかし、どうして仰向けで寝ていたのかがわからなかった。確か学校から出て、駅で……。
「はっ!」
そこまで思い出して、一気に意識が覚醒する。
勢いよく起き上がろうとするが、全身に鋭い痛みを感じて、途中で倒れこむ。
「イ……イテェ」
暫く痛みに悶絶していたが、状況を把握するために周辺を見たとき、俊は絶句した。
「お、オイ。これはなんの冗談だよ」
俊がいるのは平らになっている岩の上だ。天井にはつららのように尖っている岩があり、壁に松明が燃えており、まるでゲームのダンジョンの洞窟みたいだった。大体になるが、天井から床まで三十メートル、横幅は二十メートルと俊一人には広い。
夢なんじゃないかと思い、目をこすったり、頬を抓るが洞窟は消えることはなく、否応にも現実だと実感させられる。
「俺がいたのは駅だぞ。地下鉄なんてないし……いや、ちょっと落ち着こう」
焦っても仕方ないので俊は、落ち着くために深呼吸をする。
澄んだ空気が肺いっぱいに広がり、こんな状況ではなければ感動していただろう。数回ほど続けると、頭がすっきりしてきた。
まだ混乱は残っているが、先ほどよりかは幾分かマシになる。
「とりあえずなんか変なことになってないか、俺自身を見てみるか」
まずは自分自身だが、身体の痛み以外は良好、ただし昼食を食べていなかったので少し空腹感がある。服はあの時のまま、荷物も学生鞄が肩にかかっている。
鞄の中に携帯があればいいのだが、あいにく今日は家に置いてきてしまったのだ。
普段から持っていく癖を付けていれば、とため息をつくがこんな洞窟で通じるかどうかわからないので、悩むのは止めておいた。
「さて、どうしよ」
俊は頭を抱える。
財布はズボンの後ろポケットにあるが、こんな場所にコンビニがあるはずもない。
精神的に休ませて欲しいのだが、ゴツゴツした岩に囲まれている場所で休めれるほど、俊の身体と精神は強く出来ていない。
さて俊が取れる選択肢は少ない。
一つは出口を探してここから出る。二つ目は助けが来るのをジッと待ち続ける。三つ目は今すぐ頭を岩に打ち付けて自殺するかの三択だ。
「テレビのドッキリ! なわけないしな」
プラカードを思った芸能人が、壁から出てくる光景を思い浮かべたがすぐに否定する。
そもそも俊は、電車に轢かれて死んでいるはず……とここまで考えて、俊はポツリと呟いた。
「あれ? ここって冥府の道じゃね?」
確かイザナギとか言う神様が洞窟抜けて、黄泉の国へ行ったという話を聞いたことがあった。
普段なら笑って流すような思考も、今では流せない。それぐらい、俊の精神は追い詰められていた。じわじわと嫌な考えが頭を支配しようとしたとき、俊は痛みを堪えて立ち上がった。
「ともかく出口探してみるか。ダメならまた戻ってくればいい」
幸いなことに松明のおかげで、洞窟内は明るし、見える範囲には分岐路なんてものはない。
俊はコートを脱ぐと床に置く。もしも出口ではなく、洞窟の奥か、分岐路だった場合、戻ってくる目印にするためだ。
本当は鞄を置いて目印にしたいのだが、何か拾った時に鞄があると便利だと考えていた。
「でも、紺色のコートなんだよなぁ」
戻ってきても見失うんじゃないだろうか。そんなことを思い、少し不安になったが、大丈夫だと自分を鼓舞する。
「……行くだけ行くか」
そして俺は足を踏み出し歩き始めた。
*
「……」
腕時計の針が確かならば、あれから三十分ほど経った。
それだけ歩いたのに、出口どころか分岐路すら見えてない。初めは風景も楽しんで、気を紛らわせていたが、代わり映えしない洞窟に飽きていた。
耳を澄ましても歩いている音が虚しく響き渡るだけで、水や他の生き物の音は聞こえない。嫌でも一人ぼっちだということが理解できてしまう。
「ッ……」
もしかして誰も居ないんじゃないかという不安感が俺を襲う。
人工の光、だが電気で付くライトよりもか細い松明の火は文明の利器に慣れすぎている現代っ子には物足りない。
妙に寒気を感じる、いや実際寒いわけじゃない。俺の中の恐怖心が暗いイメージを頭に浮かべる。
俺はそれを振り払うように頭を横に振る。
そのまま不安な気持ちを消せないまま歩いていると、巨大な空洞が広がっていた。奥は暗く、壁には松明がなかった。
「マジかよ、ここまで来たのに」
一瞬、壁にある松明を持ってきて照らしながら進むかとも思ったが奥行きがわからないため、下手に奥に進むと方向感覚を失って戻ってこれない可能性もある。
出口に繋がっている可能性もあるが、ここを探索するのはリスクがある。
「……戻る、しかねえよなぁ」
そうつぶやき空洞に背を向け、道に戻ろうとした……その時、ソレは聞こえた。
――――ズル、ズルズル
「ッ!?」
何かが動いた音が、耳に聞こえた。
だが人間の足音ではないことは確かだった。何かを引きずるような音だった。
俺は走って逃げようかとも思ったがしなかった。
体力的に、ここまで歩いて疲れていたし何より足元がゴツゴツとした岩だ。足場が悪すぎて全力疾走をしたくても出来ない。
バランス感覚? そんなものはない。多少運動ができる程度の凡人が、漫画のキャラクターのように走れるわけがない。
「なんだっけな、毒を食らわば皿まで、だっけ? もうなんでも来いよ」
何度か息を吐きながら、音の主が来るのをじっと待った。
傍から見れば数秒か十数秒程度の時間だったのだろうが、待ってるこちらとしては永遠に近い時間だった。
音がどんどん近づくにつれ、暗闇の中から巨大なナニカが見え始めた。
息を吐くスピードが早くなり、心臓が爆発するんじゃないかというくらい動く。
そして『ソレ』が見えた時、俺は目を見開きながら、吐いていた息を一旦止め、口を開いた。
「あ、あぁ――――」
息を飲む。言葉では知っていたが実体験すると、それは単に頭の処理が追い付かないのだと、俺は初めて気付いた。
目の前にいたのは巨大な龍だった。
蛇を思い出す長い胴体、頭部に生えている角と髭といい、漫画やアニメなどでしかお目にかかれない想像上の生き物だった。
普通なら怖いという感情が思い浮かぶだろう。もちろん、暗闇から出てきた時はあまりの非現実さに恐怖も覚えた。だけどそれよりもその姿に畏敬の念を感じた。
「凄い……」
そんな陳腐な言葉にしか出てこなかった。
不意に龍が上に伸ばしていた頭を、こちらに寄せてきた。
俺は咄嗟に足を動かそうとしたが、鉛のように重くなった足は俺の意思を反映すること無く動かない。
ガチガチと奥歯が鳴り始める。自分の体くらいの大きさがある頭が目の前に来たなら誰だって驚くし怖くなるだろ!?
そんな怯える俺を尻目に、龍は一度瞬きすると口を開いた。
『誰だ、私の眠りを邪魔するのは』
「えっ!?」
誰かの声が聞こえ、辺りを見渡すが、あるのはゴツゴツした岩と美しい龍だけだ。
人なんていないはずだけど……いやまさかな?
『何を見ている、話しかけているのは私だ』
「まさか……?」
あり得ないと思いながら、龍の方を向いて話しかけた。
「あんたが話してるのか?」
『そうだ。お前は誰だ? 私を殺しに来た英雄か? それとも私を使役しようとやって来たテイマーか? 或いはただの馬鹿か……いや、どうでもいいか』
疲れはてた老人にも聞こえる声に、俊は胸が締め付けられるような錯覚に陥る。
『殺したければ殺せ、ただし使役テイムはされる気がない』
「ま、待ってくれ」
『どうした、目の前にして臆したか? 無理もないか……堕ちたとはいえ神龍を前にしているのだからな』
自分のことを神龍と名乗った龍は、ため息をつきながら、詰まらなさそうに俺を見ていた。
いや、違う……あの目、俺はさっきも見た。
だがそれを思い出すのは後にして、今は龍と話しかけよう。もしかしたら帰り方を知っているかもしれない。
「別に俺はあんたを殺しにも……ええっと使役する気もないよ」
『………………ふむ、嘘は言っておらんな』
神龍はじっと俺を見ながらそう言った。
泣き出したくなるのを堪えて、グッと体に力を入れる。
いつもの俺なら多分泣いてるし逃げ出していたと思う。だけど、龍の目に浮かぶ感情を見たら放って置くわけにはいかなかった
『変わったやつだ。過去に私と対峙したものたちの中にはお前のように怯える者がいて逃げ出していた。だがお前は逃げないのだな』
苦笑、だろうか? 口の端をあげて笑う龍に、俺は頬を掻きながら逃げない理由を自分でも驚くくらい素直に話した。
「怖いけどさ……そんな自殺しようとするみたいな目したやつから逃げ出せるかよ」
俺がそう言うと龍はポカンとしたように口を小さく開けて、俺を凝視した。
人の目ではない眼が俺に集中し、また心臓の音が大きくなる。
龍は喉を鳴らしながら笑い始めた。
『そうか、自殺か。あながち間違いではないな、私は自分自身の手で死のうとは思ってないが誰かに殺されて終わりたいと思っている』
「なっ、なんで!?」
『何故、か。なんだ龍神でも死にたいと思ってはダメなのか?』
そういうことじゃねえよ! と言いたかったが今にも泣き出しそうな、それでいて諦めている目が目の前にあった。
その目を見ると何を言っても、この龍には響かないと思い。俺は握っていた拳から力を抜き、唇を思いっきり噛んだ。
『……人の子よ、お前は優しいのだな』
「優しくなんか、ない」
『いいや、多くの人々を見てきたが異形の者にそこまで心を震わせる者はそうはいない、その素質は貴重だ』
先程までとは打って変わって、優しいお母さんのような声色で話しかけてくる龍の言葉に、無性に泣けてきた。
何がコイツをここまで追い込んだのか分からない、ただひとつわかることはある。
この龍は優しいってことだ。
『……見慣れない格好の人間だが、外では何百年も経っているだろう。人が営みを変えていてもおかしくはない、か』
「あっ、いや……実は俺、気づいたらここにいたんだ」
その言葉に龍の表情が一気に険しくなる。
数度目を瞬いてから、龍はため息を尽きながら俺を見た。
『お前、【渡り人】か?』
「渡り人?」
聞いたことがない言葉に、首を傾げる。
だがやはり、といった風に龍はもう一度ため息をつく。
『お前のように異世界から迷い込んだ者のことを指す言葉だ』
「…………………………は?」
『私の存在が証拠となるだろう。探ったところ、私のような生き物はいないようだしな』
「い、いやいやいや待ってくれ、異世界? 探った? 何がどうなってる!?」
『錯乱するのも無理はないか、教えてやろう【渡り人】という存在を』
あっ、主人公チートものではないです。