運命の分かれ目
恥ずかしながら戻ってまいりました
「んじゃ、お前らまた来年な!」
季節は十二月末。
地獄の期末テストも終わり、英語に赤い丸をつけられかけた成績表を鞄の中に放りこんだ俺は、先生の帰りの挨拶が終わったと同時に、早々と教室を出た。
「付き合いわりいぞ!」
「ボッチ乙」
「また来年ねー」
そんな友人たちの声が聞こえたが、全て無視して手を上げるだけだ。
階段を駆け下り、上履きを下駄箱に投げ込んでシューズを履く。
自転車置き場までは全力ダッシュだ。
待ちに待った冬休みなのだ。
来年、受験を控えた高校二年生にとってこの冬休みは重要なものになる。
そう思えばテンションが上がるというもの。いつもより軽快な足取りで家路を急ぐ姿は、多分珍しくなかったと思う。
俺の名前は貴田翔、今は【普通の高校生】である。
*
「いきなり雪とか、雪国かよ。さむっ!」
駅に着いた途端、雪が降り出したのだ。
駅にいる大勢の人々は珍しそうに雪を見ながら、スマホ片手に撮影しているが、なんでそんな事をするのか理解できない。
コート来ていて良かったよと、白い息を出しながら思う。
備えあれば患いなし、昔の人はよく言ったものだ。
ホームに着いた俺は、缶コーヒーを買って身体を温めようと販売機に小銭をいれて買う。
半分くらい飲んでから、まだ雪が振っている空を恨む。
「明日は雪かきか? めんどくさいなぁ」
駅から見える風景では、早くも積もっている場所が見えた。
このまま降り続ければ、明日の朝は母親にたたき起こされてシャベルで雪かきは確定事項だな。
ここらだと雪かきなんて数年に一回すれば良いほうだから、今シャベルを買いに行っている人もいるんだろうなぁ。
「んー、止まらなさそうでよかった」
天井に設置されている電光掲示板を見て安心する。
俺の使っている電車はよく止まることで有名なので結構心配だった。
後から思うと、この時電車が止まっていたら俺はきっとアイツと会えずに普通に人生を終えていたに違いない。
「ん?」
俺は何か嫌な予感がして、隣に立った人物を見る。
そこにいるのは二十代後半くらいの女性。だが様子がおかしい。
何日も風呂に入っていないのかと思わせるほど髪はボサボサ、着ている服はシワだらけと清潔感など感じさせない風体だったのだ。
しかし不潔と思う前に、女性の目を見て言葉が出なかった。
「……」
女性の瞳には生気がまったく感じられず、まるでガラスの瞳を見ているような感じがした。
何かがヤバイと勘が囁いた。
本能的恐怖からか、一歩後ろに下がった時、何かが近づく音がした。
おそらく電車だろうと判断した俺は、そちらに視線を向ける。
予想通り視界がホームにやってくる電車の姿が見えた。――――と同時に、女性が線路へ飛び降りた。
「は?」
頭が真っ白になり、目の前の出来事に反応できなかった。
……って、そうじゃねえよ!
「おい! あんた、何やってんだよ!!」
かなり大声で呼びかけても、女性は反応せずただ電車の方を向いて立っていた。
電車も女性に気づいたのか、甲高い音を立てながら急速に速度を落とす。しかし、女性との距離が短すぎて止まった頃には、女性を引いているだろう。
「誰か、誰かいないのか!?」
慌てて周りを見ても誰もいない。
絶叫したい気持ちを抑えながら、電車と女性を見る。
距離は十メートルもない。
こうして俺が迷っている間にも電車と女性の距離はドンドン短くなっていく。
「誰かいないのかよ!!」
もう一度叫んでも助けてくれる人はいない。この場には俺しかいないのだ。
漫画やアニメならここでヒーローが助けてくれる。……だけど、現実にいるのは足が鉛のように動かない、ただのヘタレ野郎がいるだけだ。
ふと、頭の中で囁く声が聞こえた。
『ここでお前が女性を助けなくても誰も責めはしないぞ?』
そりゃそうだ。どう見ても、あの人は自殺するためにあそこへ立っているんだろう。
自業自得としか言い様がない、どんな事情があったとしてもだ。
見殺し? 冗談じゃない、俺は普通の高校生で見ず知らずの他人のために命をかけるほどのアホじゃない。
それに怖いんだよ。助けに行って、二人とも轢かれたら……他人からすれば美談かもしれないが、当人からすればたまったもんじゃない。
だから俺がすべきなのは、女性が電車に轢かれる寸前、目を閉じればいい。そうすれば全てが終わる。
そう、それ――――。
『でも見捨てたら後悔するぞ?』
「ッ!!」
頭の中の声が響いた時、俺はがむしゃらに走っていた。
自分なのに、自分の行動が理解できなかった。馬鹿じゃねえの!? あぁあああああああああ、もうやるっきゃねえ!!
「う、うぉおおおおお!!」
ホームへ飛び降り、その勢いで、女性にタックルする。
女性は驚いた顔をしていたが、なんの準備もしていない人の身体を突き飛ばすのは簡単だった。
「きゃあ!?」
倒れた方向から何かが折れたような鈍い音がしたが、そんな事を気にしている時間はない。
女性は線路の外側に飛び出してるが、逆に俺が線路上にいる。
急いで立ち上がろうとするが、身体が震えて上手く立ち上がれない。
畜生、カッコつかないな、俺って。ドラマだったらNGテイク食らってるよ。
そんなバカな事を考えていると、ようやく膝が上がった……のだが目の前には電車が迫っていた。
当然、避け切れる距離じゃない。
「あっ」
脳に直接冷水をぶっかけられたように、頭が冷え込む。
死んだ、これは死んだと、どこか他人事のように判断している自分を感じた。
次の瞬間、俺の視界は電車のライトに包まれ、すぐに暗くなった。
コレを見て、面白そうだなぁ…って思ってくれる人がいることを祈ります。