炎上前々々日
「今年は何人組合に入ってくれたんだい」
「今のところゼロです」
「な、何だって! それはまずいじゃないか。4月に入って2週間もたっているんだよ。それなのにまだゼロなんて、このままじゃ、僕らの運営能力が問われてしまうよ」
ここは、国家経済計画省の一室である。扉には、「国家経済計画省リベラル公務労働者評議会」との看板が掛かっている。名前は仰々しいが、労働組合である。そしてこの部屋は組合本部である。
公務員に限らず、労働組合の組織率低下は著しい。組合本部では、国家経済計画省リベラル公務労働者評議会中央委員会委員長と書記局長が、今年度の新人の組合の加入状況について話し合っていた。
「同志委員長、一つ提案があるのですが……」
「何だね?」
「A4のコピー用紙を持って新人のところを回り、ハンコを押してもらうのです。その紙に組合の加入届の様式をプリントすれば、組合に加入してもらったことになります」
「いいアイデアじゃないか。でもひとつ問題がある」
「何でしょう」
「その提案はいわゆる悪徳詐欺商法と同じ手口ではないかと思うんだが……」
「はい、手段としては非常に類似していますが、歴史の歯車を前に回すための必要的措置と考えます。これはマルクス・レーニン主義的に正しいと考えますがいかがでしょうか」
「言われてみればそうだが、まぁ、ちょっと待ってくれたまえ。イデオロギー担当の同志である教育宣伝局長、略して同志『教宣局長』に確認するから」
委員長はそう言って電話をかけ始めた。
「もしもし、同志教宣局長かい、私だ。委員長だ。ひとつ聞きたいのだが、かくかくしかじか……」
委員長が状況を説明する。
「え、何だって…… 報告書をまとめる? 報告書なんていいよ。……ちょっとマルクス・エンゲルス小事典から理論武装できそうな文句を探して教えてくれればいいんだよ。え、……何、ダメ? ……どういうことだい? ああ、そうなのか……分かった。え? いいよ、説明なんて。……もういいから。分かった。……では、どうも~」
「長い電話でしたね」
「うん、教宣局長が『報告書にして提出する』なんて言うもんだから。とにかく結論は出たから言うよ。残念ながら、同志書記局長、君の提案は却下せざるを得ないのだ。同志教宣局長が言うには、悪徳商法は資本主義の害悪の最たるもので、それと同じことをするのはブルジョア的偏向とのことだ」
「うーん、やはりそうですか。困りましたね」
「困ってるだけじゃダメなんだよ。何か手を考えないと」
結局、その日は何ら有効な手段を見出せないまま終わった。