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旅バト!  作者: 染莉 時
第五章:旅館対抗大運動会!
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実力伯仲

 順調に大会は進み、予想通りフェーダさんは勝ち続け、『勇々自適』のグレンさんと対戦することになった。

 ここまで圧倒的な力で勝ちあがってきた彼――グレンさんは、普段雇われ傭兵をしている傍ら、治安の悪い地域や危険な地形の地域に『勇々自適』の営業をしに行っているらしい。ルーフェさんがさっきの試合中、自慢気に話してくれた。


「はぁ~、人間の中にも強いやつはおるもんじゃのう。しかも今までの試合はまだ手加減しておるんじゃないか?」


「ばれた? 実は私の旅館の中で、私に次いで二番目に強いのよ」


「そうなんですか!? 初めて見た気がするんですけど……」


 いままで何回かこの大会を見たことがあるけど、『勇々自適』の出場者は縄使いの女性だったはずだ。特殊な武器でかなり強かったから覚えている。


「その通り。今回初出場よ。……そういえば準決勝まで上がった全員が、この用心棒決定戦初出場ね」


 確かに。もう一つの試合は『天王山』と『疾風神雷』が対戦する。後者は大会自体の参加が初めてだから当然だけど、前者――『天王山』が初めて出場する人なのは珍しい。いつもはヴァンさんの傍に常にいる秘書の方が出ていたはずだけど今回は違う。腕試しなんだろうか? まあ準決勝に上がれるくらいには十分強いのは確かだ。


「ルーフェのとこはなんで初めての奴を出場させたんじゃ?」


「いやあ、以前から出場させたかったんだけどねー。手加減を覚えたの最近だから」


「ぷっ、最近まで力の制御ができんかったとは、まだまだじゃのう。そこまで強くはないんじゃないかの~?」


 ルシフが煽り気味に、にやにやとルーフェさんの方を見る。しかし、ルーフェさんは小声で煽りを窘める。


「あら? それは昔のあんたのことを言っているのかしら? 破壊しなくていい山まで力有り余って吹っ飛ばしてたときもあったわよね~」


「うぐぐ…………」


「まあ強さは見てたら分かるわよ。さすがにフェーダ相手じゃ手加減はできないと思うんだけど……」




「――さあ強豪が出揃ったベスト4! 準決勝第一試合は『魔天楼』フェーダ選手VS(バーサス)『勇々自適』グレン選手です!」


 リアディの紹介と同時に二人が石のリングに上がる。


「両者この用心棒決定戦初出場とのことですが、すばらしい戦いぶりでここまで勝ちあがってきました。特に一分以内に勝負を決めたグレン選手の、圧倒的なパワーには目を見張るものがあります。……それでは開始いたしましょう…………始め!」


 始まりの合図があってすぐ、先手必勝とばかりにグレンさんが攻撃を仕掛ける。

 攻撃方法は至ってシンプル。幅広の大剣を相手にぶち当て、リング外へ吹っ飛ばすだけだ。

 しかし、そのスピードが人並み外れている。距離を詰めるのはまばたきをする一瞬。さらには重そうな大剣を木の枝を振っているように軽々と振り回すのである。


「おらっ!」


 横薙ぎの一閃。

 フェーダさんはそれをぎりぎりでしゃがんでかわし、大剣の腹に掌底を打ち付ける。

 強烈な一撃だったはずだけど、グレンさんは大剣を放したりはせず、フェーダさんの腹部に蹴りを入れる。


「……なるほど、体の軸も全然ぶれてない……これは少々本気でいかないといけないみたいですね」


「それはこっちのセリフだぜ。一撃で吹っ飛ばすつもりで行ったのによ。そんだけ防げるなら、もうちょい強めでも大丈夫そうだな」


 ――すぐさま両者が激突する。

 グレンさんが大剣をレイピアを使うかのごとく、片手で何段にも、何十段にも突きを仕掛ける。

 フェーダさんは俊敏に動き、壁のように押し寄せる突きを全て避けながら、前へ進み、掌底を繰り出そうとするが……


「くっ!」


 まったく予備動作のない突きから薙ぎ払いの切り替わりに対応できず、大剣がフェーダさんの横腹をとらえる。刃のない大剣は相手を切り裂くことはなくとも、その威力は凄まじい。フェーダさんの体を軽々と吹っ飛ばす。


 ザザザザザザッ!


 フェーダさんはなんとか空中で体勢を立て直し、リング端で踏みとどまる。


「へぇ~、結構タフなんだな」

「秘書ですもの。体力には自信がある方なんです」


 軽口をたたいでいるようだけど、フェーダさんの表情に先ほどまでの試合のように余裕は見られない。若干苦笑いをしているように見える。隣を向けばルシフも同様の表情をしている。


「……まずいのう。武器くらい持たせてもよかったか。ここまで強いとは」


「ふふ~ん。甘く見すぎていたみたいね。……さあグレン、そのまま押し切っちゃいなさい!」


 ルーフェさんが腕を突き上げて応援する。

 しかし、そんな彼女の応援は届いていなかったらしく、次の瞬間グレンさんはとんでもない行動に出た。

 大剣を振ったかと思えば、それを自分のわき腹にヒットさせたのである。さらには大剣をリング外へ放り投げた。


「何やっとるんじゃ、あやつは?」


「……あー……戦闘好きの悪い一面がここで出ちゃったかー」


 ルーフェさんが頭を抑え、がっくりとうなだれた。


「……いったいどういうつもりですか?」


 リング上のフェーダさんもさすがに目をぱちくりとさせて驚いている。


「へへっ、せっかく強い相手がそこにいるのに、武器有りと武器無しでハンデがあるのは面白くねえと思ってな。さっきこっちが与えたダメージ分はこれでチャラだ。さあ戦闘バトルを楽しもうじゃねえか!」


 どうやらグレンさんは素手対素手の戦いを希望しているみたいだ。というか大剣をリング外へ投げ捨ててしまったのだから、希望するも何も素手しか戦う術はもう残ってない。


「仕方ないですね。武器を手放したこと後悔しても知りませんよ?」


 今度はフェーダさんが一気に駆け寄り、ハイキックを繰り出す。グレンさんはそれをきっちり腕でガードして、すぐさま正拳突き。フェーダさんは体をぐいっと傾け、正拳を避ける。




「……これはいい勝負になったのう」


 ルシフがぽつりとつぶやいた。今の状況での実力は伯仲していると見ているようだ。


「なあ、準決勝くらいで負ける予定じゃなかったか? なんか結構本気で勝ちに行ってない?」


 俺はルシフに耳打ちする。


「武器を捨てるという、相手にハンデを与えられたんじゃ。さすがにちょっとムッと来たんじゃろう。まあ勝ったときは勝ったときじゃ。どうとでもなる気がしてきたわい。グレンほどの強さをもつ者も、ルーフェに聞いてみたら、何人かいるみたいじゃしのう。特別な強さを見せんかったら大丈夫なはずじゃ」


「それならいいけど……」




 フェーダさんとグレンさんの肉弾戦は続く。

 どちらもガードはきっちりとしていて、カウンターを狙っている。踏み込めばやられるのだろう。なかなか決め手を打てない状況みたいだ。


「はぁ~、グレンさんの強さは知っていましたが、フェーダさんもあんなに強かったんですね。びっくりです」


 フェーダさんの昔の役職(魔王の側近)を知らないククは尊敬の眼差しで、食い入るように試合を見ている。


 他の観客も目の前で繰り広げられる攻防戦に釘付けとなっている――そんなときだった。


「ルーフェさん、大至急お知らせすることが」


 俺達の後ろから急に、若い女性がルーフェさんにひそひそ声で話しかけてきた。抹茶色に波紋状の円がところどころに描かれている着物を着ている――間違いない、『勇々自適』の関係者だ。


 悪いとは思いつつ、大至急という言葉が引っかかり、気になるので聞き耳を立てる。すると思いもよらない言葉が聞こえてきてしまった。




「旅館を狙った泥棒が現れました。それも多数の旅館で同時に。すぐに現場に来てください」


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