槍使いの板前
あけましておめでとうございます(。・・。)ノ
フェーダさんの対戦相手――リーさんは両手槍を構え、じっと腰を落とす。
やはり商売道具である包丁ではなく、不法侵入撃退用に用意している武器だ。槍は非常に長く、男性の中でも身長が高い方であるリーさん自身の、ゆうに二倍を超える長さがある。
槍の先端の刃は銀や鉄などのただの金属ではなさそうだ。銀色と金色が混ざったような、独特な色をしているのもあるが、なにより淡く光っている。ただ、もちろんこの大会用なので刃先はちゃんと丸めてあったり、毒が塗られていることもなく、そこまで危険なものではないはずだけど。
「おっとー! 先に仕掛けたのはリー選手です!」
実況を任されているリアディが大きく叫ぶ。
リーさんは、真っ直ぐ槍を構えたまま、フェーダさんに向かって突進。一気に距離を詰める。その速さに、リーさんが身につけていた板前の帽子が、突進をかける前の位置に取り残される。露になった頭髪はまるでかぶっていた帽子のような角刈りだ。
「あら? 帽子も大事な仕事着の一部じゃないんでしょうか?」
フェーダさんは突進してくる相手を全く臆することなく、首を傾げる。
「はっ、勝負の最中なのに余裕だな! 帽子なんて別にどうでもいいだろ? なんせここは調理場じゃなく、闘技場なんで――ね!」
リーさんの渾身の一突き! ……をフェーダさんはぎりぎりで横に転がってかわす。
――バチッ!
しかし、フェーダさんの腕へ一筋の光が走る。
「――っ! ……なるほど、電撃ですか」
フェーダさんはバックステップでリーさんから大きく距離をとる。少し痺れたのだろう、腕をふるふると振っている。
「なんじゃあれは? ちょっと卑怯じゃないかの」
思いがけず、フェーダさんがダメージを負ったことに、ルシフはムッとした表情を見せる。
「全然卑怯じゃないわ。ちゃんとルールに則っているもの。魔石を用いた防犯用の武器、特に相手を痺れさせるものは多くの旅館に備えて置いてあるわ。今回も出場者の半数以上はそんな武器を使っているはずよ」
「む、むう、知らんかった。そんな常識があったとは……うちにも導入すべきか? いやしかし予算がのう……買う余裕がそんなに……それに別になくとも皆強いしのう……」
なにやらぶつぶつと独り言をつぶやくルシフ。
ちょっと前にあれだけ大きなプールを建設しておいて買う余裕がない? そんなわけないだろ。魔王時代の莫大な貯蓄があったから、今まで赤字続きでもやってこれたはずだろ? もしかしてそのプール建設で有り金全て使っちゃったとか? ――いや、さすがにまさか。ないない。
「さあ、フェーダ選手、防戦一方になってしまいました。さすがに素手で挑むのは無謀だったか!?」
直撃すれば気絶するほどの威力を持った槍の突きを、フェーダさんは後ろに下がりながら避け続ける。リング端に追い詰められないよう、しっかり円を描くように後方へ回避する。
「くそっ!」
どれだけ突いても、ときには横薙ぎに槍を振っても、電撃の届かないぎりぎりで避けられる。
一方的に攻撃できることにリーさんは優位に感じていたはずだ。しかし全く当たらないという異常な事態に、表情がどんどん曇っていく。さらには息切れを起こす。
一方のフェーダさんは涼しげな顔をしていて汗一つかいていない。
実況をしているリアディも形勢に気付いたみたいだ。
「おやおや? これはどういうことでしょう? 攻めているはずのリー選手のほうが苦しそうです。しかーし、近づけない限り攻撃はできませんよ! フェーダ選手は何か目論みがあるのでしょうか!? どのように反撃するか、これは見ものです!」
リアディの実況を聞いていたのか、直後、フェーダさんが仕掛けた。
後ろに下がりながら槍を避けていたのを急に止め、危険を承知で一歩前に踏み出したのである。
突きを避けて槍の横へ。
リーさんはすぐさま、横薙ぎに槍を動かそうとする――が、フェーダさんが柄の芯をとらえ、槍の横っ腹に鋭い蹴りを入れた。
「うおっ!?」
蹴られた槍に引っ張られ、リーさんの体がくるりと回転する。その隙にフェーダさんは一気に傍まで駆け寄って、手刀を相手の手首に放ち、武器を放させる。さらには放させた槍を、地面に落ちたと同時に蹴って、リング外へと落とした。
拾うにはリング外に出る――つまり負けになってしまうのでもうあの武器は使えない。
リーさんも丸腰となってしまったわけだ。
「こ、このやろ……俺が素手の女に負けるだと……んな馬鹿なことがあるかあああ!」
リーさんがフェーダさんに掴みかかる。男女の体格差を生かして押し倒そうとするけど、
「――ぐわっ!」
簡単に投げ飛ばされてしまった。
フェーダさんはリーさんの背に乗り、腕を背後にひねり上げて組み伏せる。
「武器に頼らずもう少し鍛えるべきですね。あと女性をなめすぎです。力はなくとも簡単に制圧できるんですよ、こんなふうに、ね」
「いでっ! いででででで! わ、わかった! わかったから腕は勘弁してくれ! 降参! 降参だ!」
「――ここで降参! 降参の言葉が出ました! よってこの勝負フェーダさんの勝利です! 何者なのでしょう、圧倒的な力で一回戦を勝ち進んでいきました。初出場ながらこれは注目する人物が現れました!」
リアディが試合終了を宣言する。
うーむ、注目を集めるのは旅館にとって嬉しいことなんだけど、ちょっと心配だなぁ。何者かを探られるとまずいのに……。
「ちょっとフェーダさん力出しすぎてないか?」
「ん? そんなことはないぞ。武器も使っておらんし、得意の魔法も使っておらんし。さっきのは本気の一割も出しとらんわ」
「力をおさえてあれか……」
ほんとわざと負けないと、これは優勝しかねないな……でも疑われないようにわざと負けるのも難しそうだ。
「まああれくらい余裕で勝つのは当然よね。しかし『美食の館』だったかしら? もうちょっとレベルの高い用心棒がいないと危ないわねー。もしものときが起こったとき、ちょっと心配だわ」
ルーフェさんから厳しいコメントが入る。
「そうじゃの~、やはり昔より強い人は少なくなってしもうたか。まあそれだけ平和だという証拠でもあるが」
「まあね。でも少なくなったとはいえ全くいなくなったわけじゃないわ。さっきの人は別としてまだまだ強い人は出場してるわ。――うちの子、グレンみたいにね。まあ当たるのを楽しみにしてなさい」
「ふん、そんなこと豪語しておいてフェーダと当たる前にそいつ負けてしまったらお笑いごとじゃの」
「こっちこそ、油断してうちの子と当たる前に負けたら大笑いしてやるんだから」
ルシフとルーフェさんがにらみ合い、バチバチと火花が飛ぶ。
そんな二人の(言い)争いをよそに、次の試合が開始されていった。




