デート2?
「すみません、どうもお騒がせしました!」
――はい、逃げるように飛び出して行ったククはすぐに見つかりましたっと。
医務室が並ぶ廊下を抜けた先のワンフロア。受付&医療スタッフが待機しているそこにククはいた。見舞いに来てくれた大会運営スタッフ、そして看てくれた医療スタッフに謝罪やお礼をして回っていた。
勢いで飛び出していったのに、関係者に挨拶やお礼は忘れない。ほんと礼儀正しく、しっかりしている。
俺は頭を下げているククに、こっそりと近づき、
「おーい、クク」
肩を掴み、ぐっと回転させてこちらを振り向かせた。
「ひゃん! ってクレスさん……!?」
反射的に逃げようとするクク。しかし、もちろん肩は離さない。
少しするとククも落ち着いてくれたみたいだ。俺に向かっても頭を下げる。
「と、取り乱しました。そうですよね、裸に興味があることくらい、健全なおと――」
「おおっとー、ストップ! その話はあとにしような。いやむしろ掘り返さなくてもいいし」
ふぅ、あぶねー。周りにいろんな人がいる状況で男だとばらすのはまずい、まずい。
「とりあえず外に出て、露店を回ろうぜ、約束どおり。早くしないと時間がなくなっちゃうから」
「は、はい」
俺はまた逃げられないよう、腕を掴みながらククを外へと連れ出した。
「も、もういいですよ。逃げませんから。それに恥ずかしいですし……」
外に出た後、ククにこう言われてしまったので、俺は腕を離す。
「さあ、これからどこ回るかなー。まずはどこかで昼食でもとるか? クク? 聞いてる?」
「せっかくのチャンスです。どうせなら手をつないで……でもそんなところを多くの人に見られるのは恥ずかしいです。最悪どきどきしすぎてもう一人の私が出てきかねませんし……」
ククはうつむいて独り言をぶつぶつとつぶやいていた。
俺は彼女の目線のすぐ先で手を振る。
「へっ、あ、すみません。なんでしょう?」
やっぱり聞こえてなかったか。
「これからどこ回ろうかなと思って。ククの希望はある?」
「特には……あっ、でも『勇々自適』の露店付近は避けたいかもです」
「なんでだ? 前働いてたところなんだし知ってるやつもいるんじゃ?」
「だからなんですよ。私の個人的な理由で働く旅館を移したわけですから。別に恨んでいることはないでしょうが、やっぱり顔を合わせるのはまだちょっと抵抗があるんですよね……」
「なるほど」
恨んでいるどころか、辺鄙な、そして無名の旅館に行くことに憐れに思われた可能性のほうが高そう……。でもククがそう感じているのならその付近は通らない方がいいな。
となると必然的に隣にあるうちの露店も寄れないことになる。
う~ん、それじゃあどこにするか……。
「――よし、じゃあ、あそこにしよう」
俺はククをある露店へと案内した。
「うわぁ、並んでますねー」
ククが感嘆の声を上げる。
「前から有名ってこともあるけど、それだけおいしいんだろう」
行列のできている露店。ここは旅ラン二位の『四天王』が海鮮焼きを提供している店だ。鉄板に焼かれた貝や海老、それに魚のいい匂いが風に吹かれて、ここ――列の後ろの方まで届いてくる。
(くぅ~)
「あっ……」
ククのお腹が小さく鳴り、ククは恥ずかしそうにうつむく。
「やっぱりお腹空くよなぁ。いい匂いだし」
「もう、そこはスルーしてくださいよ!」
怒られてしまった。
……あっ、よくよく思い返すと怒った表情って結構レアかも。ちょっとラッキー?
「ごめんごめん。でもかわいい音だったし、そんなに気にすることもないと思うぞ」
「でも恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」
ククはぷいっとそっぽを向いてしまった。そして、そっぽを向いたまま、
「……昨日はカトレアさんともここに来たんですか?」
と聞いてきた。
「いや、昨日はこの隣。全然並んでなかったけど、かなり美味しいお吸い物だったぞ」
味は良かったので思ったとおり今日は、ちらほらお客さんが見えている。それでも行列はできていないけど。
こういうのは有名なところがお客さんを持っていくんだよなぁ。いくら質がよくても、発信力が小さいとなかなか集まらないものだし。
「へぇー……カトレアさんとは並ばなかったんですか。それはあの、あれですか? 私の方が大事に思っているとか?」
くるっと百八十度回転して俺に問いかけるクク。
「別に昨日はうちの露店に寄ってたり、寄り道多くて並ぶ時間がなかっただけ」
「そうですか……」
あからさまに、しゅんとするクク。
やっぱりカトレアに対抗心あるのかなぁ。普段一緒に仕事してるときは全然そんなこと感じないけど。……ただなんでカトレアに対抗心を? 恋敵? でもカトレアが俺のことを好いてたとしても、それは恋といえるのか? …………
「キャー!!!」
急に黄色い歓声が響く。さらに――
「な、なんだ?」
驚いていたことに、前に並んでいたお客さんの多くが歓声が聞こえた方に駆け出して行く。
「何があったんでしょう? 私達も行ってみるべきでしょうか?」
「別に行かなくてもいいんじゃないか? まずいことが起きてるならともかく、嬉々としてみんな行ってるみたいだし。俺達が行ってもヤジウマになるだけだろ」
とはいえ気になるので、まだ前に残った中年の男性客に声をかけてみることにした。
「すいません。みんな何しに行ったかわかりますか?」
「ああ、あれ? ヴァンさんを見に行ったんだよ。この旅館のオーナーの」
ヴァンさんか! それなら納得だ!
旅館『四天王』の主人であり、創業者。創業五年足らずで二位まで駆け上がり、その座を二十年近く守り続けている手腕を持った人物だ。イケメンでずっと若さを保っているので人間ではなく、エルフなんじゃないかと噂されているけど、実際のところは謎である。
「あのー、後ろに並んでたんですけど、前に詰めてもいいんでしょうか?」
「いいんじゃない。自分の意思で行ったんだし。どうせヴァンさんはここにやって来るのに女ってのは……ああいう優男がいいんかねえ。あんたらは違うみたいだが」
「あはは……」
俺は苦笑いで答える。
やっぱりここでも女性に間違われてしまったよ……。
「あれ? そういえばククもヴァンさんには興味がないのか?」
「はい。タイプじゃありませんので」
ククはきっぱりとこう言っ切った。
男からも支持されるほどのイケメンに動じない……これはやはり男を恋愛対象として見ていないのでは……?
俺は少し邪推する。
「じゃあどういうのがタイプなんだ?」
「えっ、そ、そうですね……頼りになるといいますか、あの私を守ってくれる人……な~んて」
ふむ……頼りなる且つ、ククを守れるほどの強いやつか。なんか俺とは違う感じだなぁ。自分で言うのもなんだけど華奢だし、力はないし。うーん、本当に俺が恋愛対象になっているのかも怪しく思えてきたぞ。
「いらっしゃいませー!」
前の集団がほとんどいなくなっていたので、すぐに俺達の注文の番が回ってきた。
「何になさいますか?」
「俺はこのエビと焼きおにぎりを一つずつ」
「私はこの貝と焼きおにぎりを一つずつお願いします」
「はい、かしこまりました。焼きあがるまで少々お待ちください」
注文を受けるとすぐに、会計横にいる板前と思われる人物が、てきぱきと金網の上に注文の物を乗せる。
「お支払いはご一緒でよろしいですか?」
「ええと……」
「あっ、一緒でいいです」
一瞬財布に手をかけたククに、すかさず俺は二人分のお金を出す。
「すみません。私の分まで……」
「いいよ、いいよ。俺は今日、応援だけしかできてないんだからこれくらいは。カトレアにもおごったしな」
カトレアの場合、お金を持ってなかったからおごるしかなかったのだけど。
「そうですか……じゃあお言葉に甘えさせてもらいましょう」
「お待たせいたしましたー」
注文した物を受け取る。
上品さをかもし出している抹茶色の四角い器。その上に焼きおにぎりとくるっと背の丸まったエビ、ぐるぐる渦の巻いた貝が乗せられている。
まずおにぎりの方から一口。
「……うまいなぁ」
「おいしいですね」
おにぎりといって侮るっことなかれ。
少し焦げた醤油が香ばしく、お米も一粒一粒が口の中で感じられる。
続いて俺はエビ、ククは貝を一口。
「うん、おいしい」
「これは箸が進みます」
ぷりっとした歯ごたえに、磯の香りもちゃんと感じられる。またこれも醤油が少しかけられていて、これがアクセントになっていてまたおいしい。
ただ……
「フォワさんの料理も全然負けてないよな」
「そうですね。味は。後は見た目にもう少し上品さが加わればなお良しなんですが……」
「豪快さはフォワさんの良さでもあるからなぁ。いいんじゃないか、それはそれで差別化できて」
「う~ん……」
そんなたわいもない会話をしつつ、食べ終わる頃に、すごい人の集団がこちら――『四天王』の露店前に集まってきた。
ヴァンさんがやって来たのである。ヴァンさんとその秘書を中心にして、周りに多くの女性が集まっている。
ヴァンさんはオールバック髪型を整えていて、黒いスーツをビシッと着こなしている。やはり男から見てもかっこいい。
また、その隣であるく秘書はフェーダさんと同じような格好だ。女性用の黒いスーツに赤い縁の眼鏡をかけている。いつ見ても無表情らしい。
「どうだい。店の調子は?」
「上々です。仕入れた材料もヴァン様の見立てどおり、ちょうど今日の終わりの時刻くらいでなくなりそうです」
「それはよかった。……どうぞみなさまも召し上がっていってください」
ヴァンさんが集まってきた女性ににこやかにお願いする。
いいなぁー、あのくらいしっかりした主人ならうち『魔天楼』も、もっと早く、俺の来る前から旅ランに入っていただろうに。
「ちょっとこの辺り混雑してきましたし、移動しませんか?」
「そうするか。ええとその前に……器だけ返さないと」
「それなら私が返してきますね」
ククが小さな体を生かして、人混みをするりと抜け、四角い器を露店に返す。
「――じゃあ行きましょう。次はクレスさんのおすすめの店に連れて行ってください♪」




