穿いてましたよ
大運動会二日目――
街は変わらず大きな盛り上がりを見せている中、参加している旅館の従業員に目を向けると疲労の色が見えるところもちらほら……。
やはりどこも宿泊者で大盛況みたいだ。
「ククは疲れが残っていたりするか?」
今日の種目に参加するため一緒に来ていたククに尋ねる。
「いえ、私は別に大丈夫ですよ一日や二日の混雑くらいは問題ありません。カトレアさんは倒れる寸前でしたが……」
「確かに昨日の仕事帰りは魂抜けてる感じだったなぁ」
宿泊客が多くて忙しかったのもあるけど、この大運動会というイベントをはしゃぎ、楽しみまくったせいでもあるだろう。かくいう俺もカトレアと一緒に歩き回ったので、足が筋肉痛だ。
「まあカトレアのことだから、ゆっくり寝たら回復するだろ」
「そうですね。……そういえば少し小耳に挟んだのですが、昨日カトレアさんと二人きりで食べ回ったとか……」
「ああ、それまで一緒にいたリムにちょうど用事ができたんだよ。あと事前に約束してたしな」
約束が『二人きり』で食べ歩きをするのだったかはいまいち覚えがなかったけど。まあそれほど重要じゃないし、気にすることはないかな。
「約束ですか……じゃ、じゃあ私からも一つ約束してくれませんか?」
「約束? 内容によるけど……何だ?」
「あの! 私もお昼一緒にお店回りたいです。――二人で!」
「えっ!? ええと……」
二人で! と強調されたことに驚く。
俺に好意があることはこの前の肝試しのときに知っている。……男として好きなのかは非常に疑問はあるけど。しかし、ククはあのときの告白? の記憶は飛んでるし、それ以降今までと変わらず、普通に接していたのに急に積極的になった気がする。
……カトレアと二人で歩き回ったことに嫉妬……したのか?
「わかった。お昼休憩のとき一緒に回るか」
とはいえ特に断る理由もないので承諾。せっかくの機会だし、俺のどういうところを好いているのかそれとなく聞こうかな。で、男として見られているのか女として見られているのかを探ろう。
「はい、お願いします」
ククはぺこりと頭を下げる。
「さて、ではその前に<大喜利>のほうを頑張らないといけませんね」
「おう、頼むぞ。ククが頑張った分はお昼なにか奢ってやるから」
「ほんとですか!? これは気合を一層いれないといけませんね」
「入れすぎて空回りだけはするなよ」
「大丈夫です。カトレアさんじゃないんですから」
にこっと笑うクク。しかし笑みの中にどこか対抗心を燃やしている感じがしたのは気のせいだろうか。
「――それでは<大喜利>に出場する選手の方は大広場のステージまでお集まりください」
アナウンスが街に響き渡る。
ククは大きく深呼吸を一つすると、「よしっ」と小さく呟く。
「それではいってきます」
ククは緊張する様子もなく、堂々とした足取りでステージへ向かって行った。
「…………どうしてこうなった?」
俺は大きくため息を吐く。
「いや、運が悪かったとしか言いようがないんだけど、まさかあんな結果になるなんてなぁ……」
真っ白なベッドで眠っているククを見つめながらこうぼやいてしまう。
ここは大会中に怪我をしたり、気分が悪くなったときに利用される医務室の一室。普段は診療所として使われているところを今大会用に借りているところであり、何人かの大会運営の医療スタッフが駐在している。
なぜククがこんなところに運ばれたかというと、原因はそう、ついさっき終わったばかりの<大喜利>のお題だ。
突拍子もないお客の行動にどううまく対応するかが問われるこの<大喜利>。
ククは一つ目の『言葉の通じない少数部族がやってきたときの対応』、そして次の『宿泊客が怪しげな商品を売りつけてきたとき』、と上手く潜り抜けたのだが、最終のお題がまさかの『お客様が大浴場から服も着ずに廊下に飛び出してきた。あなたはどうする?』というものだった。
お題だけならともかく、実際にそのシチュエーションをスタッフが再現して、出場者が実演しなければならない。そのため悲劇は起きた。
全裸に見える格好をしたぽっちゃりとした男性が実際にカーテンの向こうから出場者のいるステージ上に姿を現したのだ。もちろん公共の場であるので実際に全裸というわけではなく布地の少ない下着を履いている。しかし、ククはその姿にショックを受け、「キャアー!」と叫んだのちに気を失ってしまったのである。
そのため競技は一時中断。ククは医務室へと運ばれることになった。運ばれる最中、全裸に見える格好をした男性は「あ、安心してほしかった……穿いてたのに……」と驚きを隠せず、ククのことを心配してくれていた。
「――う、ん……ここは……私は確かステージで大喜利をしていたはずじゃあ……」
ククが目を覚ました。どうやら状況をよく理解していないみたいだ。
「ここは医務室だよ。途中で気絶したの覚えてないか」
「……あっ、そ、そうでした! あの変態の方は!? 捕まりましたか!?」
「いや、捕まってないぞ」
「ええっ!? じゃあもしかしたらまだ近くに……?」
ガバッと上半身を起こして俺にぴたっと引っ付くクク。
「いやいや怖がる必要ないって。あの人別に変態じゃないから。ちゃんと下穿いてたし、まず大会運営のスタッフだからな」
「えっ、そうだったんですか!? 本当に素っ裸に見えましたからてっきり……じゃあ私の勘違いということですか。穴があったら入りたいです!」
ククは布団を頭からすっぽりとかぶり、顔を隠す。
普段ミスが少ないためか、自分の勘違いに余計恥ずかしく思うんだろうなぁ。
――コンコンッ。
扉がノックされる。
「誰だろ? 大会運営の人が見舞いにでも来たのかもしれないな」
「うう、それなら一言謝らないといけませんね。あの変態さん――じゃなくてあの運営スタッフの方に」
ククがひょこりと布団から顔を出して言う。そして、布団からもぞもぞと出て、恥ずかしさで顔を赤くしたまま、扉へと自力で歩いていった。
いくら恥ずかしい気持ちでも、申し訳なく思ったことに対して勇気を出して自分で謝りに行くのはさすが。見た目に反してしっかりしている。
「あの、先ほどはお騒がせして……あれ? ムーさん?」
扉を開けた先には予想と違って体中に包帯を巻きつけた女性がいた。――うちの旅館『魔天楼』で救護係、兼別館の仲居をしているムーだ。今日は珍しく白衣を身につけている。
「はろ~、ククちゃんが運ばれたと聞いてお見舞いに来ちゃいました~。あら? 顔が赤いじゃないですか~、ほらほらちゃんと寝ないと~」
ムーは包帯でククを縛り、ひょいと持ち上げベッドへ移動させる。
あっ、俺と目があった。
「おやおやティナさんもいたんですか~。ほほお、ククちゃんの顔が赤い。さらには二人きり……何してたんですか~、ねえねえ教えてくださいよ~」
……すごく誤解をされている気がするぞ。まずは誤解を解かないと。
俺はにククが運ばれてきた経緯、そして顔が赤かった理由をちゃんと説明することにした。




