受身の誤算
「リムはまだかにゃ~」
カトレアが体を左右に揺らしながらリムの出番を待つ。すでにコンテストに出場者した各旅館の仲居の四分の三が自己アピールを終えている。
リムは遅い順番を引いてしまったのか。できれば早い順番の方が良かったと思うのに。後になればなるほどこういう場では緊張するよなー。
「どうだ? 今のところ優勝しそうな人いたか?」
ちょっと気になったので聞いてみた。
「うーん、優勝しそうかどうかはにゃんとも……ウチからすればみんにゃすごく美人さんで甲乙つけれにゃいし。でも気ににゃった人は何人かいたよ」
「例えば誰?」
「名前は覚えてにゃいんだけど手品を披露した人はすごかったにゃー」
「ああ、つい二つ前の人か。確かにあの脱出マジックはびっくりしたなぁ。一瞬でカーテン裏に移動するなんて」
両手、両足を縛った上で木箱に入り、その木箱を鎖でぐるぐるに巻いた上での脱出。プロの手品師顔負けのものだった。リムみたいにゲル化できるならともかく人間らしいし……ううむ、全然トリックが思いつかない。
非常に派手なパフォーマンスだった。次の人も気後れせずよく平然とアピールしているなぁと感心する。
「確か『疾風神雷』の人だっけかにゃ? にゃかにゃか面白いことする奴もいるものにゃー」
「主人もちょっと変わっていた気がするし、そういう人が集まりやすいのかもな」
「ティナは気ににゃる人いた?」
カトレアから逆に質問されてしまった。
「そうだなー…………今のところは『Go☆ジャス』のエメさんかな」
「…………誰だっけ?」
首を傾け、ぽかんとされる。
普段接客をしているんだから、名前くらい覚えていてくれよ……。
「ほら、きらびやかな着物を着ていた人だって。覚えてないか?」
「うにゃ~~…………ああ、あの人。――あの人かにゃ!?」
猫耳をぴんと立てて驚くカトレア。
……そんなに驚くことか?
「そうか……ティナはああいうボンッ、キュッ、ボンッのグラマラスな人がタイプにゃのかぁ……」
自分の胸を見ながら落ち込んだように見えるカトレア。
そんな気にする必要ないと思うんだけどなぁ。胸は小さくともスレンダーで魅力はあると思うぞ。
「言っておくけど別に俺のタイプってわけじゃないぞ。ただあの派手な着物に似合う彼女の高貴さは素直に感心しただけだよ」
「えっ? そうにゃの?」
「ああ、むしろ俺のような庶民からすれば、あの高貴さには近寄れないくらいだ」
あのキラキラした着物を着ても違和感がないのは本当にすごいと思う。それだけエメさんに高貴なオーラがあった。審査員も一番表情を緩ませていた気がする。
「にゃーんだ。よかった」
カトレアがほっと一息ついて笑顔になる。
何がよかったのかよく分からないまま――
「それでは、次の方お願いしまーす!」
次の出場者がカーテンの向こうから出てきてしまった。
――あっ、リムだ。
ステージに近いところにいるスライム達が一斉にぽよぽよ跳ねて彼女を応援する。
観客が知っている奴ばかりなら少しは緊張がとれ……いや、逆効果みたいだな。
遠目にも緊張しているのが分かる。
そうか、知り合いに見られるほうが恥ずかしいか。
「おっ、緊張してるみたいです。初々しさがまたいいですねー。ではまずお名前からお聞かせください」
リアディからの質問に対し、リムはステージ上に用意された大きなボードに自分の名前を書いていく。
「リムさんですね。……おや? 驚かれた方も見られますね。実はリムさんはクイーンスライムという種族でしゃべることができません。なのでこちらのボードを使わせていただきます。了解していただきましたかー?」
リアディからのリムについての補足が入る。これはありがたい。
「はーい!」
観客席からは野太い声とスライムの跳ねる音が重なった。
「それではどこの旅館で働いていますか?」
『魔天楼です』
「ほほう、これまた遠くから。確か魔物の方が多く働いているんですよね」
リムがコクコクと頷く。
リアディが上手く進行してくれているので、緊張しているリムでもスムーズに受け答えができているみたいだ。
「魔物でもこんなかわいい子がいるんですねー。これは交流が増えれば私のライバルが増えそうです。リムさんは魔物の中でアイドルをしたりはなかったんですか? また今後の予定は?」
リムはぶるぶると大きく首を横に振る。そしてボードにこう書いた。
『今の仕事が楽しいから。同僚といるときは特に幸せ』
「うれしいこと言ってくれるにゃー」
「そうだな」
カトレアとひそひそと話し合う。
「いやー、よかったです。これで私のライバル候補が一人減りました。……こほん、質問に戻ります。がその前に、リムさん、一つお願いがあるのですけど」
おっと、変化球が来たな。質問じゃなくてお願い事ときたか。まあお願いなら受身の姿勢で乗り切れるだろう。
「手を触らしてもらえませんか? 元はスライムなんですよね? ちょっと感触が気になりまして」
リムはまあそれくらいならとリアディに向かって手を差し出す。
リアディは彼女の手をとって手の平のツボを押すようにプニプニと触り始めた。
「ほうほう、これはモチモチのお肌で……意外と固さがあるんですね。他の部分も気になりますけど、ここではあれなので裏で触らせてもらうことにしましょうかねー、実況者権限で」
そんな権限は存在しない。一応女性から女性へのセクハラも存在するんだぞ?
観客も、ブーイングみたいなものを彼女に浴びせている。体を震わせて低い音が出しているのだ。
「もう、冗談ですって。落ち着いてくださいよー。……いやー、しかしスライムと聞いていたので、もっとプルプルで柔らかいのかと思ってましたよ」
リムいわく、浸透圧かなんかでゲルの固さは調節できるらしい。普段は人間や他の魔物の肌くらいの固さにしているとのことだ。
『もっと柔らかくもなれますけど』
リムは触られている手と逆の手でボードに一言書く。
それを見たリアディは
「じゃあ一つお願いします!」
とリムの片手を両手でぎゅっと握って頼み込んだ。
リムはコクリと一つ了承すると次の瞬間――
ベシャッ!
と液状になり、リアディの手もすり抜けた。
「えっ?」「あれ?」「すごっ!?」
と、会場がざわつき始める。
リムの姿がステージ上に見えない。着ていた着物と水のような液体がさっき彼女がいた位置に広がっているだけだ。
――もちろん、その液体がリムの本体である。
「あ、あれ? リムさーん。……こ、これはあれでしょうか。さっきの脱出マジックみたいに裏から出てきたりは……リムさーん、出て来てくださーい」
想定外の自体にさすがのリアディも戸惑いを隠せない。
そろそろ元の姿に戻ってもいいような…………ん? あっ!? そうか、ダメなんだ!
大事なことを忘れていた。今、元の人型の姿に戻ったら着物を着ていない裸の状態になってしまう。リムも緊張でうっかりしていたに違いない。
大観衆の前で裸はさすがにまずい! なんとか事態の収拾をしないと……。
「カトレア、リムをカーテンの裏まで連れて行ってくれないか? そうだな……着物を受け皿にするようにして運んでやってくれ」
俺が行きたいところは山々だけどここは旅館の着物を着用しているカトレアに頼む。同じ旅館の人、それも昼前活躍したカトレアならリアディも覚えてくれているだろうし、ステージに上がるのは許してくれるはずだ。
「らじゃ! 任せるにゃ!」
カトレアは俺に向かって敬礼すると、
「ちょっとすみませんにゃー!」
と言ってステージに上がり、リム(液状)を抱えるようにして素早くカーテンの裏へと駆け込んでいった。
「えっと、これはリムさんの番は終了でいいんでしょうか……?」
「はい、そうにゃー!」
カトレアがカーテンの向こうから大きな声で返事をする。
「わ、わかりました。……そっれでは気を取り直して、次の方お願いしまーす」
カーテンから次の出場者が姿を現す。コンテストは通常の進行へと戻っていった。
はぁ、後で運営の方に事情を話すのと誤りに行かないといけないな、これは。
『ごめんなさい』
リムに頭を下げられる。
すでにコンテストは終わり、リムは人目につかない場所で着物を着直し終わっている。
結局ぶつ切りで終わったリムに審査員からの票は集まることなく、優勝は『Go☆ジャス』のエメさんに決定した。俺の見込みは間違ってなかったようだ。
「別に気にすることないって。リムはあの実況アイドルの要望に答えてただけなんだし」
「それにコンテストのことはあんにゃの審査員の好みにゃ。どうせ奴らは巨乳に目がくらんだのにゃ」
カトレアは恨みがましくこう言うが……実際のところはどうなんだろうな? まあ確かに審査員の好みによるっちゃよるけど、他にも気品やおしとやかさがあったから、そっちで選ばれたんだと思うことにしよう。
「さっ、終わったことなんだし、次につなげれればいいさ」
「そうそう。来年はウチが出場してやるから安心するにゃ」
「さすがにカトレアはちょっとなぁ。出場者見ただろ。最低限おしとやかさは必須なんだって」
「にゃにをー! ウチにはおしとやかさがにゃいって言うのかにゃー!」
「うん」
俺は即座に肯定し、その後でリムも小さく頷いた。顔を上げたときにようやく笑みが見えた。立ち直ってくれたかな。
「さて、じゃあ帰るか。もう今日の種目は全部終了したし」
「おっけー、いやー、一日充実してたにゃー」
満足げに思いっきり伸びをするカトレア。
そんな彼女に俺は残酷な事実を告げる。
「まだ一日終わってないぞ。……これからが大変なんだから。し・ご・と」
運動会夜の部。それはイベントを見に来た観光客がどっと押し寄せる状態での旅館業務である。正直なところ仕事としては今からが本番だ。
「…………え、えーっとウチもう動けにゃいかも? ――うにゃ~、引っ張らにゃいで~!」
立ち止まって帰ろうとしないカトレアの腕を、俺とリムが一本ずつ掴んで旅館へと連れて帰った。




