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旅バト!  作者: 染莉 時
第一章:魔物旅館?
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『圏外』旅館の現状

 ――ボフッ!


 備え付けのベッドに倒れこむ。

 ここは従業員に与えられた一室、今日から暮らすことになる六畳一間の俺の部屋。

 荷物なんて持ってきていないので中はかなりすっきりしている。あるのはクローゼットに服が一着と替えの着物。そして部屋の真ん中にある正方形の白いテーブルくらいだ。

 非常にシンプルな部屋で暮らすのにさほど問題はない。


 ……ただ女子寮の一角ってのを除けばね。

 男子寮はもう満室で空いていないとのことなので、仕方なく女子寮に住む提案を受け入れた。もう他の部屋のが気にしないんならそれでいいだろう。反論する元気は……なかった。

 幸い、寮とはいえ風呂やトイレは共同でなく、各部屋についているのでその点は心配する必要はない。

 しかし――――


「はぁー」


 着物から着替える気も起こらず、枕に顔をうずめ、大きくため息を吐く。


「疲れた……」


 ただ旅館全体を案内してもらっただけだったのに…………いや、だからか。

 旅館のほぼすべてを見て回ったがあそこまでひどいとは思わなかった。愕然とせざるをえなかった。

 もう途中からはあまりのダメさに口が開きっぱなしだったかもしれない。


 まず地図、案内板の無さ。

 自分がどこにいるのか分からない。部屋にたどり着くのも困難だろう。トイレの位置も分からないのは絶対困る人、魔物がいたはず。


 そしてやる気の見られない様々な魔物の従業員。普通にしゃべりまくってるし、だらけている。

 ……しかしこれはそもそもお客さんがいないから仕方なくも思えるけど。

 あの子ぐらいだったなぁ。部屋の掃除とか真面目に取り組んでいたのは。 今日の朝カトレアの隣にいた青髪のおとなしそうな子。

 カトレアに聞いたところ、リムっていう名前らしい。

「ウチと同期だから、気楽に話しかけてやるにゃ」

 ――って言ってたっけ。

 せっかく頑張っているのに、お客さんが来ないせいで無駄になるのがすごく気分が悪い。


 あとはそうだ、露天風呂が印象的だったな。

 もちろん悪い意味で。

 露天風呂と銘打っているのに、景色が全く見えないんだもの。

 温泉の四方を囲むのは十メートルはあるだろう高い塀。南側の塀に扉がついていて、そこから中には入れる仕組みだ。

 もちろん見えるのは壁、壁、壁。せめて絵ぐらい描いておけよと。

 まあただ外は見えないことはなかったんだよね。青空だけはきれいに見えた。


 『天』を『あらわ』にする『風呂』。


 文字として意味は合っている。


 でもそれじゃあ露天風呂の意味がねえんだよ!

 ――とか突っ込みたかったけど、露天風呂に案内されたときにはすでにそんな気力はなく……はぁ……。


 再度ため息が出る

 だってさ、もっと「えー……」って引いた場所があったんだよ。

 それは何十、何百とある部屋――客室。

 お客様を泊める最も大事な癒しの空間。旅館に着いてから大半はそこで過ごすことになる。


 なのに現状、とてもじゃないけどくつろげる状態じゃない!


 机、布団、浴衣と最低限のものしか備え付けておらず、白をベースとした部屋の色合いはなんとも味気ない。周りの色が無さ過ぎて自分だけが浮いている感じでそわそわしてくる。

 それに窓が天井付近にあり小さい。あれじゃあ外を眺めることもできやしない。もっとも、逆に言えば外から見られる心配はないのだけれど……。

 なんにせよあの部屋は客室とは到底呼べない。一晩寝れるだけの場所。例えるなら、きれいな倉庫がお似合いだ。


 ………………。

 ……俺はこんな状態の旅館でこれから働いていくのか? 冗談じゃない!


 ベッドから飛び起き、部屋を飛び出す。

 向かう先は男子寮と女子寮のちょうど間にある建物。――ルシフ『主人』の部屋だ。




 ――ガチャ!


「ルシフはいるかー!」


 俺は鍵のかかっていなかった玄関の扉を勢いよく開く。


「――ってうわっ、なんだこれ!」

 部屋の中を見て素直に驚く。入ってすぐ、目に飛び込んできたのはこの旅館のどこにもないような広い部屋だった。

 二十畳はありそうな広さ。さらに驚くべきことに床には針状の植物イグサを編んでできた敷物――タタミが一面に敷かれていた。部屋の壁や机は木の自然な色合いが心地いい。小棚の上には小さな松、窓には障子とまさに『和』で統一されている。

 なんで客室にこのテイストが活かされてないのかはなはだ疑問だ。

 そして部屋の中央にはこの部屋に合わない二人。黒いスーツを着て、座布団に正座しているフェーダさんと彼女を膝枕にしている派手な色合いの袴姿のルシフがいた。

 ……ああ、耳かきの最中だ。普段は結構仲いいのかこの二人は。……少しうらやましい。


「なんじゃ慌しいのう」


 ルシフが目だけを動かしこちらを見る。


「おお、よく似合っとるじゃないか! かわいいのう。せっかくじゃからお主もこっち来て膝枕にされいてててててて! フェーダ奥入れすぎじゃ!」


「あらごめんなさい。つい手元が……」


 ――くるったわけじゃなくわざとだろう。


「それでクレスさんはどうしたんですかこんな時間に」


「ちょっと言いたいことがありましてね」


「なんじゃ?」


 俺は一つ呼吸をおき、気持ちを整える。

 これだけは言わねばと決心する。


「ここは…………ひどすぎる! 到底旅館とはいえない! だから――」


「ま、待て。まだ初日じゃぞ。まさか辞めるというのか?」


 驚いた様子のルシフに対し、俺は首を横に振る。そして精一杯大きな声で叫んだ――


「俺がこの旅館を根本から変えてやるから覚悟しろよな!」


 ――旅館『魔天楼』の改革を。


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