舌の肥えたお客さん
<借り物競争>が終わり、次の種目まで時間ができた俺達三人――俺、カトレア、リムは露店の並ぶ大通りを歩く。
着物の二人と並ぶ私服の俺は若干浮いているような気がするけれど、まあ他の旅館の人もスーツ姿だったり調理服を着ていたりと様々なので、そこまで変ではないかな。
ちなみにルシフはというと一人でどこかに行ってしまった。まあどうせかわいい子いないか探しに行った、もしくはさっきの出場者で気になる子がいたから声をかけに行ったんだろう。
「いやー、焦ったにゃ。まさかお金が足りにゃいとは」
笑いながらさっきの話をするカトレア。
「それはこっちのセリフだって。二千ギルも持ってないとかびっくりしたし、ちょっと恥ずかしかったぞ」
『ちゃんと所持金の把握くらいしなきゃダメ』
「はあ~い。次から気をつけま~す。――あっ、おいしそうにゃ刺身が売ってるにゃ。ねえ、ティナ、買って買って~」
「……ほんとに反省してるのか? というかさっきお金は返ってきているから自分で買えるだろ!」
借り物競争中に自腹で買った一つ分のお金は主催のRJよりちゃんと競技終了後すぐに出場者に払われる。なので刺身、五百ギルくらいは財布の中にあるはずだ。
「いやいや、給料日まで残りの所持金じゃ厳しい。贅沢はできにゃい。だからおごってもらうのにゃ。ねっ、ちょっとは反省しているでしょ?」
「どこがだよっ」
「――にゃっ」
カトレアの額をビシッとチョップする。
「む~ティナのケチ~」
ぷく~とほほを膨らませるカトレアにリムはおもむろにメモを見せた。
『あの~私がおごろうか?』
「いいの!?」
目を輝かせるカトレア。俺はリムのメモを奪い、その一枚を切り離して折りたたむ。
「リムはおごらなくていいって。俺が出すから。まあなんだかんだひやひやしたけど、結果はかなりよかったし、その褒美な。……今回だけだぞ」
「やったぁ~。ティナありがと~」
カトレアにぎゅっと抱きつかれる。恥ずかしいのだけれど、これが傍目に見て女の子同士ならまあ普通じゃない? と言われるのだから不思議だ。
……うっ、やっぱり。リムからすごい嫉妬の目線を感じる。これはこの後ちょっとだけ気まずくなりそうだ。
――と思ったのだけど、カトレアが
「リムもありがと。今回は気持ちだけもらっておくにゃ」
と彼女に対してもぎゅっと抱きついたのでおあいこだからOK、許すって感じかな。すぐに嫉妬の目を向けなくなった。
露店で買った刺身を食べ歩きつつ、いろいろと売っている食べ物を見てときには買いながら目的の露店――うちの旅館が出している店へ向かう。
確かこの辺り……ってなんかすごい行列だぞ! まさか……?
うちの店が行列ができている?
気になってすぐ行列の先を見に行ってみると――
「にゃんだ、隣か。びっくりしたにゃあ」
「ですよねー」
行列ができていたのはうちの出している旅館の隣。『勇々自適』の露店だった。ネームバリューもあり、味も保障されている。行列ができるのも納得だ。
うちみたいな初出場で人々に周知されていない旅館の出す露店が、いきなり行列をつくるわけないよ、考えてみれば。
「おっ、おつかれさん。聞いたぜ、なかなかやったそうじゃねえか」
料理長のフォワさんから声をかけられる。
「ふふん、みゃーね。これくらい当然にゃ」
「危なかったけどな。あの店主が値切りに応じてくれたらよかっただけだぞ」
胸を張ってふんぞり返るカトレアに、俺は一言釘を刺しておく。
「まあまあいいじゃねえか。結果よければなんとやら、だ。その競技が終わってから結構お客さん来るようになったしな。宣伝効果も相当あったんじゃないか?」
「確かに」
お金が足りないなんて前代未聞だったろうし、なにより五つすべての店で借りてきたのは素直にすごい。大抵二つくらいは小さなお店とか見つけ辛い場所のお店が選ばれていて、それに加え時間も厳しい。難易度は高く、だいたい三つ、四つ集めて後はタイムで競うのが普通だ。
……カトレアはやっぱり街を歩き回るの大好きなんだろうなぁ。好きなこと(――サボるのとか)に関してはかなりの力を発揮するし。
「おっ、揚がったぜ。ほら、これは俺からのプレゼントだ」
フォワさんは露店で出している商品『鶏のから揚げ』をカトレアに渡す。
「ありがと~、――あ~む……うん、肉汁が口に広がるにゃ~。美味い!」
おいしそうに食べるカトレア。
から揚げなら食べ歩きもしやすいし、万人向けである。だからもうちょっとお客さんが集まってもいいと思うけど……ちょっとサイズが大きめで小食だったり、いろんなお店を回りたい人は避けるかもしれないな。
まあそれ以上に隣にお客さんを盗られているのもあるのだろうけど。
「すみませーん。とりのからあげください」
小さなお客さんが現れた。
三つ編みの幼い女の子。キリッとした目が特徴的だ。
「はーい。一つ三百ギルね。いくつかな?」
会計をしている同僚の風精が女の子に尋ねる。
「ひとつ。はい、おかね」
「ちょうど預かりました。はい、どうぞ~」
「ありがとー」
から揚げを受け取った女の子は三歩横に動いてフォワさんの前で立ち止まる。そしてぱくりと小さな口でかぶりつき一言、
「うん、まあまあだね。まよいはなくなったかんじのあじかな」
…………何この子? すごく真剣な顔して食べてるのも違和感があるし、フォワさんの作ったから揚げをまあまあと言ってのけるなんて。ただ者ではないオーラが……?
女の子はスッと横を向いてフォワさんを見上げる。
「ごーかくてんかな……おとーさん」
「「ええ!?」」
露店で調理、会計をしていた魔物たちが一斉に驚きの声を上げ、フォワさんと女の子に集中する。
「結婚している噂があったけど、まさか本当とは……」
「こりゃあ好意を寄せていた女達はがっかりするだろうなぁ」
「まてよ、それなら俺らにもチャンスが回ってくるってことじゃね」
鶏の下ごしらえなどをしている料理人がひそひそと話し合う。
そんな彼らをよそにフォワさんは女の子――自分の娘の前に行き、
「ありがとう。これで俺もリィに夕飯作ってもいいんだな?」
と言ってぎゅっと娘を抱きしめた。
「たまにはOK。とりあえず、おとーさんあぶらくさいからちょっとはなして」
「えっ……」
フォワさんがピシッと固まる。
娘に料理を認められた嬉しさより、くさいと言われたショックの方が大きすぎたみたいだ。
しかし、フォワさんの料理を今まで認めてなかったんだとしたらいったい誰の料理を食べて育ってきたんだ……? 普通に考えれば母親……フォワさんよりも料理が上手いってことか?
固まったままのフォワさんを放っておいて、女の子は「おかーさーん、おとーさんがー」と言いながらてくてくと歩いていく。
すぐに母親らしき人物を連れて戻ってき――ええっ!?
「ったく、ほらしっかりしな! お客さん待たせてるよ」
固まっているフォワさんの背中をバシバシ叩き起こすのはぽっちゃりとした三十代半ばくらいの割烹着を着た女性。
――間違いない。『勇々自適』の現副料理長だ。さっき露店の前を通りかかったときも見かけた。
女の子の母親――つまりフォワさんの奥さんであり『勇々自適』の副料理長。……そりゃあ娘の舌が肥えるわけだ。
「はっ! お客さん!? ……なんだ、いねえじゃねえか、びっくりさせるなよ……」
「客はあたしだよ。からあげ一個、すぐ作る!」
「そ、そうか、了解」
慌ててフォワさんが一個作って渡す。彼の奥さんはから揚げを一回転して全体を見た後、がぶりと大きな口でかぶりついた。
「……ほお、これは確かに……揚げ物の腕に関してはあたしも抜かれたかもしれないねえ」
かなりの高評価! フォワさんも嬉しそうだ。
一方で娘は、
「やれやれ、いえでダイエットしょくばっかりつくってるから」
と家の事情をカミングアウト。ぐさりと娘の言葉が母親に刺さる。
「リ~ィ~、余計なことは……」
「あっ、ほかのおみせもししょくしてくるね、じゃ」
「――ちょっと待ちな……もう」
母親から叱られる前に娘はてってってっ、と逃走。
なかなかやる子だぞ、あの子は。本当に試食に行ったとしたら行く先々で辛口評価を下すんだろうなぁ。
「ふう、うちの娘が邪魔したね。あたしも仕事に戻るよ」
「おう、終わったら一緒に帰ろうぜ。今日は俺もこっちに泊まるからよ」
「はいはい、じゃあまた後でね」
奥さんも自分の持ち場(といっても隣だけど)に戻る。
「……へぇ~、あの人がフォワの奥さんかにゃ。ちょっと想像してたのと違うかも」
『なんていうんだろう。美男美女カップルを想像してた?』
「なーに言ってんだ。十分綺麗だろうが」
言い切るフォワさんに、料理人たちからは「もしかしてデブ専ならぬぽちゃ専?」「なるほどだからうちの女性にはなびかないのか」などひそひそ話される。……言いたい放題である。
「まあ昔はもうちょい痩せてたんだがな。でも俺が前の旅館を追い出されたときも支えてくれたほんといいカミさんだよ」
「そうでしたか。結構長い付き合いなんですね」
「ああ、料理を修業していたときに出会ってそれからずっとだ」
「いいにゃあ、運命的にゃ出会いってやつかにゃあ」
うらやましそうにフォワさんと向こうに行ってしまった彼の奥さんを交互に見るカトレア。結構乙女っぽいところもあるんだな。
「――おおそうだ、『出会う』で思い出した。さっきルシフが来ていたんだけど、リムに会いたがっていたぞ。なんか伝えなきゃいけないことをさっき伝え忘れていたとか」
なんだろう? この後リムが出場する<美人仲居コンテスト>に関することだろうか。
『じゃあ私、探して話を聞いてこようかな』
「うん、そうしてくれるか。急ぎの用かもしれないし」
リムは一つ頷くと、そのまま一番人通りが多いであろう大通りへと向かっていった。
「行ってらっしゃいにゃ~……さてウチらはウチらで露店を回らにゃい? ほらこの前約束したのにゃ。時間ができたら二人だけで一緒に回ろうって」
「あっ、そういやそうだっけ? ……じゃあ行こっか」
『二人だけ』なんて限定されていたかなぁとちょっと疑問に思いながらも、俺はひとまずカトレアと二人で街を回ることにした。




