買えない!
「――そこをにゃんとか!」
出場者の音声を拾う装置より聞こえてきたのは必死なカトレアの声。一体何をしているんだという疑問は次の一言で明らかになった。
「百ギルだけでいいのにゃ! ……どうしてもまけてくれにゃい?」
どうやら乾物屋の店主に値段をまけてくれとお願いしているみたいだ。
借りるのではなく買う。それはまず間違いなく出場者がそれぞれ選ぶ商品――すでにゴールしている人が紹介していた物から、この最終組は『渋めの一品』である。しかし……
「なんで競技の最中に値段交渉をしているんだよ!」
突っ込まざるをえない。周りの観客からもクスクスと笑い声が聞こえてくる。
残り時間も少なくなってきているというのに……ほら、値切るために商品を褒めている間にも続々と出場者がゴールしてくるぞ。まずいって…………でもいくらカトレアとはいえ勝負の最中なのを忘れるなんてあるか? ……まさか――!
「財布の中にお金が入っていない――まではいかなくてもお金が足りない……とか」
俺はぽつりと推測を呟く。
「んなっ! ……ひもじい暮らしをさせていたとは……レアにゃん、すまぬ……」
ガーンとショックを受けるルシフ。雇っている主人として反省をする。
「いや、単純に予定も立てず使い過ぎただけかと。給料日前だし、いままでも何回かあったし」
『三日前街に下見に来ていたはず。たぶんそのとき散財した』
「給料については考え直さなくても十分高水準だから」
「はぁ~それならよかったのじゃが……」
ルシフが安堵のため息をつく。
しかし、給料面は問題ないとしても、お金を持っていない現状は問題だ。こんなことになるなら日頃からもっと口うるさくお金の管理について言っておくべきだった。まあ言ったら言ったで「またかーちゃんみたいにゃこと言って」と反抗期の子供みたいにむすっと反発されるのだろうけど。
「お嬢ちゃんがうちの店を贔屓にしてくれていること、商品への愛はよ~くわかった」
「だったら!?」
期待したカトレアが高めの声を出す。しかし、
「だからといって特別に割引はできねえよ」
店主は値段の引き下げに応じる様子はない。頑固な店主の一面を見せる。
「まあ考えてみろ、お嬢ちゃんに特別に割り引いたら他のお客さんが損をするだろう? 贔屓にしてもらっているみたいだがうちみたいな小さな店じゃあだいたい常連さんなんだよ。他のもうちょい安い商品じゃダメなのか?」
店主の言い分は正論だ。一度特例を出してしまうと「じゃあ私は」という声が出てくる可能性は否めない。前言撤回、頑固というよりは公明正大のほうが合っていそうだ。
「絶対とは言えにゃいけど……どうせにゃらこの店一番のおすすめの煮干を持って帰って紹介したいのにゃ」
「紹介? 友達にか?」
「んにゃ。街のみんにゃに。大広場のゴールに持って行くのにゃ」
「…………なんだって!?」
店主の驚いた声。
どうも流れが変わってきた気がするぞ。
「お嬢ちゃんあのなんとかいう運動会の出場者だったのか!?」
店主はカトレアが出場者だと気付いていなかったらしい。旅館の着物も着ているのに……まあまだうちの旅館は知られてないってことだよなぁ。
「うん。これが借りてくるもの一覧と借りてきたものにゃ」
カトレアが証拠を見せた――と思う。ここからじゃ向こうの詳細な様子までは分からないけど。
「なんてこった! 状況自体が特殊じゃねえか。とはいえ割引は他のお客さんに…………そうだ! お嬢ちゃん今いくら持っているんだったっけか?」
「千九百ギル……だからぎりぎり足りにゃいの」
「わかった! じゃあ中身を一割抜けば……って、急いでいるよな。ちょっと待て、やっぱり半分に――だいたいだがこれくらいだろう。これなら千ギルだ」
店主は慌てて袋もしくはビンから煮干を半分抜く。そしてそれを半分の値段で売ることにしたようだ。
「ありがとにゃ! はい千ギル。――じゃあ行ってくるにゃ」
「乾物屋『日光』をよろし――」
カトレアが店を離れたため店主の声が遠のいていく。
とりあえず借りる――じゃなくて買うことはできたか。あとはいくつ借りれただけど……時間も危ないぞ。
制限時間まで残り三分。普通ならかなり厳しいように思えるけど……カトレアのスピードならいけるか?
「さあ競技もラストスパート! まだ戻ってきていないのは三人! しかしまだまだわかりませんよー、大事なのは借りてきた『数』ですからね~。最後の最後まで応援してくださーい」
リアディが広場に戻ってくる出場者に檄を飛ばすよう観客に促す。
すでに一位――『勇々自適』クイナ(五個・二十六分十秒)、二位――『天王山』ハドゥ(五個・二十七分四十秒)とここまでは確定している。しかし三位は『のんびり散歩道』シオリ(五個・三十一分)と五つ全て借り、制限時間内にゴールすれば逆転、制限時間をオーバーしてしまっても三位タイになれる可能性がある。
「おおっと一人戻ってきました。手にも多くの商品が。これは期待できます! 続いてもう一人も戻ってきました! 全力で追う、追っていくー!」
残念ながらどちらもカトレアではない。
――とそのとき、
『あれ!』
リムが指をさしてぴょんぴょんと跳ねる。
「……見えた! 残り時間は!?」
「二分じゃ! ……ふ~む、余裕じゃな。カウントダウン中にゴール! みたいな劇的展開じゃとおもしろかったのじゃが……」
「心臓に悪いからこれでいいよ……さっきの値段交渉で見てる方としてちょっと疲れたし」
「ゴール!!! これで全ての出場者がゴールしました!」
カトレアがゴール。さすがに息を切らして戻ってきた。手には借りてきた商品、そして値切って手に入れた煮干の入ったビンを持っている。
「では結果発表――の前に、紹介しきれなかったお店、それぞれ選手の『渋めの一品』を利いていこうと思います」
リアディがお店の宣伝、及び買ってきた『渋めの一品』について出場者にインタビューしていく。
これにて第一種目<借り物競争>は無事終了した。次は――ひとまずお昼休憩だ。
<借り物競争>結果
一位 ―― 『勇々自適』クイナ(借り物:五個・タイム:二十六分十秒)
二位 ―― 『天王山』ハドゥ(借り物:五個・タイム:二十七分四十秒)
三位 ―― 『魔天楼』カトレア(借り物:五個・タイム:二十九分五秒)
四位 ―― 『のんびり散歩道』シオリ(借り物:五個・タイム:三十(+一)分)
五位 ―― 『疾風神雷』スピド(借り物:四個 タイム:二十二分十秒)
以下略




