並走
「――惜しくも三人とも借りてくることができなかったお店はジュース専門店『パーラーフォレスト』です。やはりオープンしてまだ一ヶ月だったのが難しかったのでしょうか。しかしこの際だから覚えておきましょう! 森の果実や木の実から作ったジュース。こちらは甘みが強く、若い女性に徐々に人気が出てきているのです! 一度飲んでみる価値はあります! 場所はここ! 是非立ち寄ってくださいね~」
リアディが石版の地図上を指差しながら熱弁する。彼女にとってもおすすめのお店なんだろう。明らかに他の店の紹介とは力の入り方が違った。
……さて借りて来れなかった店の紹介も終わり、これで借り物競争二組目までが終了したわけだ。
現在トップは『天王山』のハドゥさん。五つ全てを借りてきてタイムは二十七分四十秒。さすがは旅ラン二位。安定の好記録だ。街全体ををよく知っている人物を出場させている。
二位に続いたのは『のんびり散歩道』のシオリさんだ。こちらも五つ全て借りてきてタイムは三十一分。制限時間は三十分なのになぜ三十一分というタイムがついたかというと、制限時間内にゴール地点に戻ってくることが出来なかったからである。この場合、制限時間内に借りた数+三十一分のタイムになる。
しかしゴールには間に合わなかったとはいえ五つ全てはさすがだなぁ。『のんびり散歩道』かー……聞いた覚えがあるような……そうだ、思い出した!
『のんびり散歩道』では泊まってくれるお客さんの要望に合わせた観光ルートを考えてくれたりと非常に親身に対応してくれる。規模はかなり小さく旅館のある場所も街の端っこと立地が悪いながらも高い評価を維持している、まさに知る人ぞ知る旅館だ。
そして現在三位はまさかのダークホース、今回初出場の『疾風神雷』のスピドさんだ。借りてこれた商品は四つ。タイムは驚きの二十二分十秒とかなり速い。借りてくる店の場所の一つがどうしても分からずに借り物四つでゴールしたみたいだけど、もし知っていて五つ集めていたらトップに躍り出ていた可能性がある。
まずいな……同じ初出場の身でありながら向こうがかなり目立っている。名声を上げたいうちにとって話題をかっさらわれるのは避けたいところだぞ。頼むから頑張ってカトレアには三位以内に入って欲しい。
そのためには五つすべて借りれる、もしくは四つでもいいからあそこよりタイムを上回る必要があるか……結構厳しそうだなぁ……。
「な~に難しい顔をしておるのじゃ。レアにゃんを信じんか。ワシらに今できるのは応援くらいじゃぞ?」
……確かにルシフの言うとおりだ。もうカトレアは前の走者から赤のブローチを受け取って、スタート位置についている。もう口出しできるタイミングはない。ここは変にマニアックな店の書いてある紙を引かないことを祈って応援しよう。
「カトレアー、頑張れよー!」
俺が大きな声で呼びかけると、カトレアはこっちを向いて大きく手を振ってくれた。
「緊張はしてないみたいだな。……ってかあいつが緊張しているところみたことないけど」
『私もない』
「ワシもじゃ。まあそれがレアにゃんの良いところじゃな。もちろんそれだけじゃないがの……元気、明るいこともじゃ」
『話上手、かわいいも忘れちゃダメ』
「かわいいを言うなら『な』が『にゃ』になるのもポイントじゃな。萌えるわい」
『あとムードメーカー』
……ルシフとリムがカトレアのことを褒め合っているうちにマイクが司会に手渡される。いよいよ最終組がスタートするみたいだ。
「……位置について――よーい、始め!」
司会の合図により一斉にスタート。実況のリアディも今回はスタートと同時に司会からマイクを奪った。
「さあ借り物競争もこれでラスト! この結果によって順位が決まっちゃいますね~。上位には少なくとも四つ借りてくる必要がありますから去年にも増してレベルが高い! さあ誰が上位に食い込んでくるのでしょうか――おおっと、いきなり一人抜け出したー! 紙の内容を一瞬見ただけで紙を懐にしまい、目的の店へと向かっていきます。さすがは一番の有力株『勇々自適』のクイナ選手ですねー、迷いがありません」
やはり優勝候補は『勇々自適』か……たぶんあのチラッと中身を見た一瞬で五つどの順番で回ればいいかルートを構築したんだろう。あそこの従業員ならそれくらいしても不思議はない。
カトレアはというともう俺達の見える範囲から姿を消していた。すぐさま石版に目を移し、赤い光を追う。立ち止まったりしている感じはなく、裏道を中心に人通りの少ないところを通っているみたいだ。
「クイナ選手、早速一つ目の店に到着したようです。借りたのはクリスタルの招き竜。お土産に一つ、きれいなクリスタル細工をお求めの方はここ『煌きの間』をご利用くださーい」
う~ん、実況もやっぱり『勇々自適』を主として音声をつなぐよなぁ……。実際店に辿り着くのも早いし、多くの観客が気になるところだから仕方ないとはいえ、他の出場者に注目がいかなくなりがちなのは残念。同じ出場組になってしまったのが運のツキか?
次々と動きの止まった光の選手に音声をつないでいく。それぞれの旅館から街に詳しい従業員が選出されただけあって、出だしはみんな順調みたいだ。
「おっ、カトレアが止まったみたいじゃぞ」
ルシフが石版を指差し、俺の袖を引っ張る。
「分かってるって。音声つないでくれるとカトレアの様子も分かって嬉しいけど……よしっ、実況の方も気付いてくれたみたいだ」
リアディがダイヤルを赤に回してカトレアの音声を拾う。
「すみませーん! 金運のお守り借りたいんですけどー!」
大きな声でお店の人を呼ぶ。結構走っただろうに息切れ一つしてないのはさすが。スタミナも十分残っているみたいだ。
「あーい、千ギルね」
聞こえてきたのはしわがれた声。店主は結構年をとったおばあさんみたいだ。
「おばあちゃん、買『い』たいじゃなくて、借・『り』・た・いにゃ」
「……はぇ……あー、あー、そういえば今日そんな話もあったねぇ。ほれ持ってきな」
「ありがとにゃ。また占ってもらいにくるにゃ~」
「はいよ。恋愛に関してだったね……いいねぇ、私も若い頃は――」
音声が実況に切り替わる。
「さあ、初出場のカトレア選手も一つ目を借りることができました。ここ占いの館『視えるんです』は個人経営の小さなお店。裏通りの隅っこにあるのによく知っていましたね~。恋愛に関して占ってもらったことがある感じ……いやいや詮索はいけませんね。おっと、『Go☆ジャス』のサファ選手、二つ目のお店に着いたようです。こちらも早い!」
もう二つ目か……でも場所はここ、大広場に近いお店だ。一方カトレアは遠く離れたお店、現在地はどの出場者よりも離れた位置にいる。俺のアドバイス通り、一番遠くのお店から借りに行ったのだろう。……ということは制限時間内に大広場へ戻ってこれるという自信があるわけだ。お店を駆け回って戻ってこれるという自信がなければ近くのお店から回り、遠くのお店で借りた後タイムアップになったほうが良い。重要なのは借りた数だからな。
「レアにゃんが恋愛に関して占ってもらっておったみたいじゃな。相手はやはりワシかのう」
『私かも?』
「いや、相手は決まってないけどどうすれば相手できるか聞いたんじゃないか?」
まあカトレアが恋愛に興味があったのも初めて知ったけど……占いに頼るなんてやっぱり女の子なんだなぁ。
…………ん?
しばらくしてカトレアの赤い光と並走する光が。同じ店に向かっているのかぴったりと同じスピーで狭い裏通りを移動している。
白い光……ってことは『勇々自適』のクイナさんか!
実況も気になったらしく、そちらに音声を向ける。
「ほお、この道を知っている人がいるとはやりますね」
「そっちこそウチのスピードによく付いて来れるにゃ」
「鍛えておりますので……その着物、『魔天楼』の方ですか。なるほど、ルーフェ様が注意するよう言っていたのも分かります。あとここだけには絶対負けるなと言われているんですよね」
「そうにゃの? ウチは楽しんでこいとしか言われてにゃいけど。みゃあ負ける気もにゃいけどね」
二人の会話に観客の周りがざわつきだす。
張り合っている『魔天楼』はいったいどこの旅館だ? とか、ルーフェ様が一目置いているってどういうことだ? など。思いもよらない宣伝になった。これはありがたい。
手の平返しになっちゃうけど『勇々自適』と一緒の組でよかった。
結局二人は同じ店に同じタイミングで魔道具店に入店。それぞれ別のものを借り、その後別々の道を選び、次の店へと向かって行った。
スタートしてから二十分が過ぎ、大広場に戻ってくる者も現れた。
「おおっと珍しい! 『Go☆ジャス』のサファ選手、借り物三つでゴールです。あ~、借りて来れなかった店の一つは百ギルショップ『タイソー』でしたか……庶民ご用達のお店は知らなくてもいいってことですか、ちくしょう♪」
まあ三つでこのタイムだったら順位は真ん中よりちょい上くらいか。店を自力で探せないなら諦めて早めにゴールする方がいいからな。石版上に見えるずっと止まっていたり、うろうろしている光の出場者はそろそろ大広場に戻ってくるだろう。
くいっ、くいっ。
リムに袖を引かれる。
『カトレア、さっきから動いてなくない?』
……確かに赤い光が止まっている。店に着いたからだと思ったけれど、それにしてはちょっと止まっている時間が長すぎる。
「変だな。何かトラブルでもあったのか? ゆっくりしているほど時間は残ってないぞ」
実況のリアディも不思議に思ったようで音声のダイアルを赤に回した。




