便利な魔道具
ステージ前に<借り物競争>の出場者が集まる。
出場者は女性がほとんど……やっぱりお客さんからいろいろと話をすることが多いのは仲居をしている人だからか。「どこに行かれたのですか?」「何を買われたんですか?」とかのちょっとした世間話はよくするし、その間に街の店などの知識が増えていくんだよなあ。
スーツ姿の男性も数人見える。たぶん営業マンか旅館の宣伝をする広報の人だろう。全員ガッチリした体格で身長も高い。ゴールタイムで差をつけにきたか。
司会進行の男性が借り物競争一組目の出場者十人に何かを渡していく。目を凝らして見てみると硬貨より少しだけ大きいくらいのブローチだった。赤、橙、黄、緑、青、紫、桃、茶、黒、白、とそれぞれ色が違う。
カトレア、もらおうと手を伸ばすのはいいけど、出場は最終組なんだからまだだぞ…………あーあー、渡されなくて困ってる。あっ、隣の女性が教えてくれたか、よかった~。
なんだろう。これが子供を心配する親の気持ちか?
「それでは一組目のみなさま、今お配りしましたブローチを首元に付けてください。えーこちらはですね――」
「はいはいーい! ここからは私、実況を務めさせていただきますリアディが代わって説明しまーす!」
歌ってしゃべれる実況アイドル――リアディが司会進行のマイクを奪う。
「まずはあちらをご覧くださーい!」
彼女の指が差した方向にあるのは非常に大きな壁だ。この大運動会の準備中に設置されたもので、なぜか黒い布がかぶせられている。
大広場にいるみんなの目がその壁に向けられると、運営であろう人により黒い布が取り除かれる。現れたのはというと……巨大な石版だ。その石版にはこの街の地図が描かれている。
「はい、見ての通りこの街の地図になっております。でもただの地図じゃないんですよ~、この大広場の部分に注目してください! ほらほら、光っているのが見えますか?」
リアディの言うように地図上の大広場の部分だけ虹色に光っている。
「なんとなんとその光、出場者にお渡ししたブローチに反応しているのですよ。赤いブローチなら赤色の光、緑のブローチなら緑色の光という風にです。ブローチが移動すれば地図の光も移動します。これによって一目で出場者の現在地が分かるようになったんですよねー」
ブローチに取り付けてある土の魔石から発せられる魔力は、所有者の体の表面を通って地面に流れる。
その魔力を察知し、位置情報を読み取りその場所を光らせているのがあの巨大な石版だ。あれはかなりのお金をかけて作られた魔石技術の詰まった魔道具なのである。何年も前の運動会から使用されていて、新たに店や住宅が新設していたり、道が変わるたびに地図のみが描き直されている。
「しかしこのブローチ、今回は場所を知らせるだけではありません。実は周りの音も拾ってこれる優れものなのです。まずはこちらのダイヤルを青に合わせてっと……」
リアディは足元に置かれた小さな立方体の箱を手に取り、その箱に付いていたダイヤルを回す。
「では青のブローチを身に付けた方、何かしゃべってくださーい!」
リアディはそうお願いするとマイクを先ほどダイヤルをいじった箱へと向ける。
「あっ、えっ、私ですか? えっと――あ、あー……聞こえますね」
青のブローチを付けた女性が声を出すと、拡大された音声がステージ上の箱から聞こえてきた。
風の魔石による通信装置。魔石所有者の周りの空気の震えをもう一つの魔石を組み込んだ装置により読み取り、所有者の周りの音を聞くことができる。遠く離れた人への連絡手段として重宝されているものだ。
土と風は相反する属性。そのため十年ほど前は土の魔石を組み込んだアクセサリと風の魔石を組み込んだアクセサリの二つが配られていた。しかし最近になって一つに集約することが可能に。さらには年々小さくなっている気がする。
魔石の加工技術もずいぶんと向上してきたなー。
と、感心している間にリアディの借り物競争で使うアイテムの説明もだいたい終了したみたいだ。
「こちらのブローチは魔道具専門店『ドリーマー』が開発したそうです! 『ドリーマー』では生活を便利にする様々な魔道具を販売しているので、ぜ・ひ、寄っていってくださいねー♪」
最後にスポンサーの宣伝を入れていく。
一組目の出場者もスタート位置に移動したことだし、そろそろ始まるか?
リアディがマイクを司会の男性に渡す。
「それではただいまより第一種目<借り物競争>開始致します。……位置について――よーい、始め!」
開始の合図と共に出場者が一斉に折りたたまれた紙が置いてある机に集まる。そして中身を確認した後、散り散りになってそれぞれ借り物の置いてある店に向かう。
「さあ走者一斉にスタート! さて、まずはだ・れ・に音声をつなぎましょうかね~……」
リアディの実況も開始される。
「やはりまずは鉄板、旅ラン二位の『天王山』の仲居ハドゥ選手から聞いてみましょう! ダイヤルを緑に回してっと……おっ、早速一つ目のお店に辿り着いたようです。さすがは名旅館の従業員。今年も五つ全てを借りてくるのでしょうか!」
旅ラン二位の『天王山』。ここも有名だ。際立った特徴はないけど、規模も客層も広く万能。一位を常に追従している優秀な旅館である。
「おや? 今入った情報によりますと『天王山』より早く一つ目の商品を借りたところがあるようです。……石版の桃色の光に注目してください! すごいスピードで人通りの少ない裏道を駆けていっています! 当日宿泊受け入れ一番、対応スピードが売りの旅館『疾風神雷』のスピド選手です。今回初出場とのことですがこれは大穴かもしれません!」
俺達以外にも初出場の旅館があるんだ。最近出来たところか?
「さて足が止まっている選手にも音声を向けてみましょう。何を借りているかも気になりますよね~」
石版を見つめるリアディは動きの止まった光に音声を向け、借りている商品を説明、紹介し、気になる動きをした光を見つければそちらに音声をまわし、実況をする。
こうして一組目の借り物競争は順調に進んでいった。
魔法が標準の世界で表現し辛いもの……ビデオカメラ、写真、電話のような気がします。よくよく考えると現実にも魔法のようなものがあるんですよねー。
今回ビデオカメラなしで生中継をどうしようかと悩んで、石版による位置情報と音声のみの中継という形になりました。




