一風変わった借り物競争
「それではただいまより旅館対抗大運動会を開始します」
空気を共鳴させ声を拡張する風の魔道具――マイクにより開始の合図が参加者全員に伝えられる。
場所は都市スピネルの大広場。噴水を中心として半径百メートルを越えるこの大広場に出場者の一部と代表が集まっていた。噴水前には大運動会用に作られた赤いステージ。その上で実況、審査員の面々が椅子に座り、司会進行の人だけがマイクを持って立っている。
司会はサングラスに黒スーツのいかにも固そうな風貌の男性。一方、実況を行うのはきゃぴっとした軽そうな女の子だ。歌ってしゃべれる(踊りは苦手ともっぱらの噂の)街のアイドルらしい。そして審査員は老人から若い人まで男女様々な世代の十人。RJに勤めている人々だ。
「まずは選手宣誓。代表者の方は前へお願いします」
司会者に呼ばれ、一人の女性がステージに上がる。
きらびやかな光沢のある独特の着物。お金持ちがよく泊まりに来る高級旅館『Go☆ジャス』のものだ。
選手宣誓は一番最初に注目を集めるものなので出来ればやりたかった。しかし選手宣誓を行う旅館は抽選で選ばれる。こればかりは抽選に漏れてしまったので仕方がない。
『Go☆ジャス』の女将、もしくは仲居が宣誓を始める。
「宣誓。私達選手一同はおもてなしの心に則り、お客様を楽しませ心遣いを忘れず競技に挑むことを誓います」
宣誓が終わると広場は大きな拍手で包まれた。
おっ、カトレア達も拍手のタイミングとか初めてで分からないなりに周りに合わせてくれているな。
広場の端、観覧席から旅館の同僚たちを眺める。今回の俺の立ち位置は出場者ではなくあくまで応援及びアドバイスなどの補佐。服も着物ではなくパーカーに長ズボンという私服だ。
「以上で開会式を終わります。えー、次の種目の準備に移りますので広場を空けてください」
司会の一言でひとまず解散し、端に寄りそれぞれの旅館グループで固まる。
カトレアは……っと、いた!
開会式も終わり気が抜けたのか大きくあくびをしているカトレアを発見。近くにはリムとルシフもいる。俺はすぐに彼女たちのもとに駆けつける。
「お~い」
「あっ、ティナ。――にゃんかティナだけ私服にゃのはちょっと変だにゃ~」
「しかし私服も似合っとるのう。うむ、かわいいぞ」
……かわいいは余計だ。今日は女装ってわけでもないのに。
「それはそうとカトレアの出場する<借り物競争>は最初の種目だぞ。準備は出来ているのか? 財布は持ったか?」
「もちろんにゃ! 忘れ物にゃんてしにゃいしにゃい」
普通忘れ物なんてしないとでもいうように手をぱたぱたと振られる。
たまに仕事着を寮に忘れることがあるから心配してたんだよ……。まあさすがに大きなイベントを前にしてたら気を付けて確認するから大丈夫だったか。
「しかしなぜ借り物競争に財布が必要なのじゃ?」
『借りるんじゃなくて買うの?』
「ええとカトレアには話したんだけど……」
観客として見る分にもどういうものかはよく知っておいたほうが楽しめるか……。
――ということで<借り物競争>のあらましを説明することにした。
借り物競争。子供の運動会で行われるものは紙を拾いそこに書いてあるものを近くにいる誰かから借りてきてゴールする。
しかしこの大運動会で行われるものはそんな簡単ではない。紙を拾うまでは一緒だけどそこに書いてあるのはどこかの店で扱っている五種類の商品。それを街中を駆け回り集めてくるのである。
出場者は目的の店に向かい、そこで○○借りてもいいですか? と店主に聞く。店の方には事前に出場者が商品を借りに来たら無料で渡してもらうようお願いをしてあるのでそれを受け取って制限時間内にゴールへ運ぶ。ゴール時の商品の数でひとまず順位が、さらにそこからゴールするまでのタイムによって順位が決定する。少し分かりにくいかもしれないので端的に表すと『重要度:借りてきた商品数>ゴールタイム』だ。
では、なぜ財布が必要か。それは紙に書かれた五種類の商品のうち必ず一つ『あなたのおすすめの商品』や『あなたの思う冬場の必須アイテム』みたいな出場者に任せる項目があるからだ。こればかりは店に事前に通告することができないため、その場は出場者に買ってもらうしかない。そのための必需品である。一応後でその費用は大会主催者であるRJから支給されるので自腹ということにならない。そこは安心していい。
この競技はどれだけ街のこと、街のお店のことを知っているかを問われている。旅館に泊まりに来る観光客から、道を聞かれることもあるれば、おすすめの店を教えてほしいと頼まれることもある。そのときにきちんと回答できるだけの情報を持っているかの判断材料にされるのである。
なので攻略の鍵はちゃんと街にある店を網羅しておくこと。誰かに聞くことは禁止されているし一軒一軒探し回っていたらとてもじゃないけど時間が足りない。それと近道や裏道を知っていると当然ながら有利に進められるので重要だ。
「――とまあこんなとこかな。分かりにくかったかもしれないけど、後で司会も説明するし、競技中の実況を聞いてたら内容をまずつかめると思う」
「なるほど(のう)」
……ルシフとリムはともかくカトレアも一緒になって頷くのかよ。
「カトレア……今から出るのにそんなんで大丈夫か?」
「ん、へーきへーき。ちょっと一つだけ思い違いをしていたことに気付いただけにゃ」
「思い違い?」
「タイムより借りてくる商品の数の方が大事だったことにゃ。てっきり反対かと思ってたにゃ」
確かに勘違いしやすいところかもしれないけど……結構重要なところだぞ、それ。この調子じゃまだ何か抜けているところがあるんじゃ……。
「――それでは準備が出来ましたので<借り物競争>に参加する出場者はステージ前に集まってください」
俺が心配している最中、ついに<借り物競争>の準備が終わり出場者の召集がかかる。
「じゃ、行ってくるにゃ!」
「えっ、あ、ああ」
「うむ、頼むぞ」
『頑張って』
結局不安の残るままカトレアはこちらに手を振りながらステージ前へと走っていってしまった。
集めるだけ集めてゴールである大広場に戻ってこない、なんて失格にならなければいいけど……頼むぞほんと。




