出場者決定
う~ん、これでいいか……。
そろそろ明日を迎えようという真夜中、女子寮の一角――自分の部屋でできあがった返信用紙を見ながらうなる。
種目別に参加する出場者を独断と偏見で選び抜いたはいいものの、果たしてこれでいいのか今になって不安になってくる。
この大運動会の結果は旅館の評価に直接つながるのだ。醜態をさらせば客は離れるし、注目を集めれば『名声』のポイントが上がる。さらにイベントを大いに盛り上げた旅館には『社会貢献』のポイントも付加される。個人の能力に合った種目に参加し、活躍してもらうのは非常に重要だ……。
ええい、もう一度見直そう。これで何度目になるか忘れたけれど……。
まず確定したのはカトレアだったな。
出場する種目は<借り物競争>。借りてくる物はどの店の○○というようにある程度限定されていて、お店がある場所を事前に知っていないと時間がかかってしまう。店を網羅するくらい街によく遊びに行ってふらふらと歩き回るのはうちの旅館の中ではカトレアくらい。この種目に適するのは彼女しかいないのですぐ決めることができた。
露店は料理長フォワさんを含めた料理人数人。誰を連れて行くかはフォワさんに選んでもらったから出店者も確定している。
厄介だったのは<美人仲居コンテスト>に誰が出るか。個人的な意見になるけどここの女性陣は結構レベルが高いと思う。特にフェーダさんは絶世という言葉が上につくほどの美人に見える。でもフェーダさんは仲居ではなく秘書。残念ながらコンテストの参加条件を満たさない。
……代わりにフェーダさんには<最強用心棒決定戦>に出てもらう予定だ。こちらは旅館で雇われている者なら誰でも可だからな。元魔王の側近であることからして力量は十分過ぎるほど。まず優勝すると思う。……さすがにまずいか? 強すぎて魔王の側近と街の人々にばれる可能性が……いやいや人間の中でも恐ろしいほど強い人はいるし大丈夫のはず。もし力の差がある場合はちょっと実力を出すのを抑えてもらおう。
結局コンテストの方は一応プロポーションとおしとやかさを考慮してリムを選んだ。しかしどうかなぁ……反対意見が出ることよりも本人が辞退しそうなのが心配。断るような素振りを見せられてもなんとかして説得するつもりだけど。一人一種目までと決まっているので変更となると調整が大変になっちゃうからな。
ええと<二人三脚>はハーピィ姉妹でいいだろ。<応援合戦>はセンカさんにお願いするとして…………。
うん、これで全種目問題ないはずだ。後は明日出場してもらうみんなに声をかけて最終確認をすれば…………ふぁあああ……。
ダメだ、もう限界。何度も確認を繰り返すだけで埒が明かない。今日はもう寝よう。
返信用紙を机の上に置き、布団の中に潜る。やっぱり考えすぎで疲れていたのか俺はすぐ夢の中に落ちていった。
いろんな魔物に出場する種目を伝え了承をもらって、まだ伝えていない残りは三人となった。――カトレア、リム、ククだ。
そういえば三人揃って今日は休みだったの忘れていた……しかも街へ買い物に行くと言っていたのを思い出したので帰ってくるまで待つことに。
…………。
夕方くらいに女子寮へと戻って来たので三人に声をかけた。
「おかえりー、帰ってきたところ悪いけどちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
俺はカトレアにそれぞれの種目とその参加者の書いた紙を渡す。
「にゃににゃに? いいものかにゃ~? ……えー、ただの紙きれ? あっ、ウチの名前が書いてある。ええと、出場種目は<借り物競争>? にゃんか面白そう!」
カトレアは了承したと見ていいかな。あとは……。
「この前ちらっと話していた大運動会の件についてですね。私も見せてください」
ククがカトレアから紙を奪い、リムもそれを覗き込む。
「私は……<大喜利>……ですか? そんなおもしろいこと言えないと思うのですが……」
ククに首をひねられる。
「大丈夫、大丈夫。別に面白さはそこまで求められてないから。とんちを利かせて答えれるかが重要になるんだ」
「どういうことですか?」
「簡単に内容を言うと、旅館で起こるイレギュラーな状況がお題として出される。それに上手~く対応できるかを審査するんだよ。おもしろおかしく回答するのもOK、スマートな解決策を回答するのもOKなんだ。対応力ならククがベストと思って選んだんだけどダメか?」
「あっ、いえいえそれならいいです。たぶん後者の回答になりますけど、答えれるよう一生懸命頑張ります」
ククもOKっと……残るはリムだな。……ん? リム? お~い。
ククの隣にいるリムはというと固まっていた。<美人仲居コンテスト>に出場者として選ばれていることにかなり衝撃を受けたみたいだ。
俺がリムの目の前で手を振ると、彼女はハッと我に返ったのか慌しい手つきでメモに殴り書きをした。
『美人仲居コンテスト? 私が? 無理無理! ティナの方がいいと思います!』
「そう書かれてもなぁ……さすがに俺の方が無理だよ。このコンテストは顔だけじゃなく体格、仕草様々な点から審査されるんだから」
まず男である俺は体格の時点でアウトだろう。ま、まあ小柄でなおかつ華奢に見えるかもしれないけど……最低胸はないからな、胸は。仕草等はもしかすると普段から女装がばれないようにクリアしてしまうかもしれないけど……。
「うんうん、確かにティナはかわいいけど胸がにゃいもんね……ウチもだけど」
自分で言って自分で傷つくカトレア。
「そうです、リムさんはもっと自信を持っていいと思います。私なんかほら出場しても子供に間違われて、美人とは到底評価されな……」
はげまそうとしたククも自滅。
なにかしら自分の体ってのはコンプレックスってあるものだよなぁ。
その点スライムであるリムは体を自由に変化させられるわけだしカトレアやククのようなコンプレックスとは無縁のように思う。出場をためらうのはただ恥ずかしさがあるだけのはずだ。恥ずかしさを乗り越える気持ちを引き出すにはやっぱりあれしかないだろう。
落ち込んでいるカトレアに耳打ちをする。
「カトレアの方からも後押ししてやってくれないか? 絶対いい線行くと思うんだよ」
「……確かにウチらじゃコンテストで優勝するには力が足りにゃい。わかったにゃ」
カトレアはリムの前に移動する。そして彼女の手をぎゅっと握ってお願いをした。
「リム、これはウチらじゃダメ。リムにしかできにゃいことにゃ」
急にカトレアに手をとられたリムはほほを赤くしてただただコクコクと頷く。
「ウチらの分まで頑張ってきてほしいけど……いいかにゃ?」
カトレアの問いに頷き続けるリム。一旦離され自由になった手で一言メモに書いた。
『優勝したら何かしてくれる?』
「もちろんにゃ! (パーティとか)なんでもしてあげるにゃ!」
その言葉を聞いたリムの目にはさきほどまでとは打って変わって闘志の炎がめらめらと燃えていた。やる気十分である。
……とりあえずリムもOKみたいだし、これでよかったかな? まあリムがコンテストで優勝したときは――カトレアの身に何か起こりそうだけど俺には関係ないから……別にいっか。知ーらないっと。
「そういえばクレスさんの名前がありませんけどなにも出場しないんですか?」
「そうにゃの?」
出場者をじーっと見直していたククから指摘を受ける。
「いや、一応大運動会の会場は都市スピネルだからさ。元住んでいた街だし俺のことを知っているやつもいると思うんだよ。そこで女装した姿を見られるのはさすがに、ね?」
出場者はどこの旅館のか分かるよう、普段の仕事着――つまり着物を着て参加することになっている。さすがに男である仲居として女装しながら働いているのは極力ばれたくない。ここでさえルシフ、フェーダさん、そしてこの三人以外は男であることを秘密にして働いているのだから。もし知り合いにばれてそこから他の従業員や観光客にばれるのは非常にまずい。
「その分応援やアドバイスに徹するつもりだ……だから出場は勘弁してくれ!」
俺は手を合わせて頼み込む。
「それなら仕方ないですね」
「別に女装と思われにゃい気がするけど……う~ん、ばれたときのリスクが高いかにゃ~」
『リスク回避は重要』
三人ともすんなりと納得してくれた。持つべきものは仲間だよ、としみじみ思う。
「ありがとう! じゃっ、早速この紙をルシフに持っていくから」
「行ってらっしゃいにゃー」
「後で夕飯一緒に食べましょうねー」
『また後で』
三人に見送られ、出場者をまとめた返信用紙をルシフ宅へ届けに向かう。
よし、ひとまず山は越えた! 後は準備をしつつ大運動会が始まるのを待つだけだ!




