表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅バト!  作者: 染莉 時
第五章:旅館対抗大運動会!
80/101

準備の前からトラブル発生

「にゃんか最近またお客さん減ってきてにゃい? 旅ランの順位も上がったからもっと忙しくにゃると思ってたのに」


『あの子たちくらいかも。増えたのは』


 お客さんを見送った後の小休憩。いつものように従業員専用の休憩室に集まって話していると最近ちょっと暇になった気がするという話題になった。


 にゃーにゃー言っているのは猫耳と八重歯が特徴的な化猫トランスキャットのカトレア。メモを使って筆談をしているのは青髪でおっとりしたクイーンスライムのリムだ。彼女の言う『あの子たち』とはスライムのこと。夏も終わりを迎え気温も徐々に下がってきたので長距離の移動もしやすくなったのだろう。スライムの来客数は若干増えている。


「またにゃにか悪い噂でも広まっているのかにゃあ?」


「……違いますよ」


 胸以外は子供のように小柄なククがきっぱりと否定する。


「一種の波で今は引いているだけです。二週間後に都市スピネルで大きなイベントがありますから、そのときに合わせて旅行を組む方が多いんですよ」


「大きにゃイベント? ああ、そういえばこの時期街が盛り上がっている覚えがあるにゃ!」


 カトレアはなんとなく分かったみたいだけどリムはさっぱりという感じで大きく首を傾ける。


『イベントって何?』


「ウチも何のイベントかは知らにゃい。ティナ、教えて欲しいにゃ」


「旅館対抗の大運動会だよ。見に行ったことないか?」


「……(フルフル)」


 リムは首を横に振る。


 カトレアは休みの日によく街に遊びに行くけどリムがはほとんど行かないからなぁ。まあここから街までちょっと遠いってのもあるけど。


『旅館同士の運動会にそんなに観光客が見に来るの?』


「ああ。まあ運動会ってのは赤組、白組に分かれて競うからそう言っているだけで実際はコンテストや闘技など様々なイベントがあるからな」


「それぞれの旅館から模擬店も出ますし、そのイベントがある二日間、街を歩き回るだけでも普段の数倍は楽しいです。……まあ観光客の立場からすれば、ですけど」


「……ん? どういう意味かにゃ?」


「あー……そのときになれば分かるさ、うん」


 観光客が増えるということは忙しさは倍増する。それに加えて――いや、今のうちから考えるのはやめよう。覚悟だけしておけば乗り切れる……はず。


「しかし街に頻繁に通うカトレアさんはともかく、他の従業員の方はこの大運動会を知っているのでしょうか? いままで旅ランがほぼ圏外だったということは参加もしていなかったでしょうし……」


「あっ、確かに……」


 さすが旅ラン一位『勇々自適』の元従業員であるクク。細かいところに気が付いてくれる。

 この大運動会に参加できる旅館は数が決まっている。条件が前回の旅ランに載っている上位三十位までと絞られているのだ。

 当然ここ『魔天楼』は去年まで圏外の中でも最下層という悲惨な状況だったから参加資格はなかっただろう。


「……まだルシフやセンカさんから何も連絡されてないな。まさか……?」


 今までの感覚から参加できることをすっかり忘れている可能性が否めない。


「ルシフさんに確認しましょう。今から――はさすがに時間がありませんので暇を見つけた方から早急にお願いします」


「えっ? そんにゃに急ぐことにゃの?」


「……(コクコク)」


「もちろん(です)


 俺とククの声がハモる。

 参加するとなると準備が本当に、非常に、たくさん、あるんだよなぁ……。準備が間に合わなくなるなんてことがあったら顰蹙ひんしゅくを買う+恥をかくことになる。それだけは絶対に避けないと……。




 ――というわけで暇を見つけるなんて悠長なことはせず、急いで仕事にキリをつけてルシフ宅へ。一番乗りで来たつもりだったのだけどルシフ宅前にはすでにカトレアの姿があった。


 仕事をサボって来たのではないはず。さっき一生懸命掃除しているところは見かけたし。たぶん俺と同じく手早く済ませて来たんだろうな。ほんといつもサボらないでこれくらい頑張ってくれるといいんだけど。


「にゃ? おお! ティナが来てくれて助かったにゃ~。ご主人ににゃにか確認しにゃきゃいけにゃかったと思うんだけど、それがいったいにゃにか忘れちゃって」


「まったく……入るぞ」


 扉をノックすると中から「はーい、今開けますね」とフェーダさんの声が聞こえてきた。


「クレスさんにカトレアさんまで……こんな時間にどうされましたか? もしかして何か大きなトラブルでも?」


 フェーダさんは黒いスーツ姿で現れた。彼女にとっての正装だ。


「あっ、いや、ちょっとルシフに確認したいことがあるだけです。できれば早急に」


「ルシフ様ですか……? しかし今すぐは……」


「出かけているんですか?」


「あれ? でもあそこで寝てにゃい? もしかして昼寝!? ご主人にゃのにサボってるにゃんて!?」


 カトレアがするりとフェーダさんの横を通り抜け部屋の中へ。赤と紫の毒々しい袴を着て倒れている少年――ルシフに近寄りツンツンと人差し指で背中を突く。

 するとギギギ……と非常にゆっくりと右手が動いたかと思えばその手はぴとっとカトレアの胸に触れた。


「この手に収まる非常に小さなふくらみ、いやほぼ平面……レアにゃ――ぎゃあああ! ぐふっ!」


 猫の姿に変化したカトレアが鋭い爪でほほに一撃、さらにフェーダさんの拳による鉄槌が下りルシフが床にめり込む。……ぴくりとも動かず完全に気絶したようだ。


「平面は言い過ぎにゃ! 言いにゃおす必要にゃかったでしょ!」


「カトレアさん申し訳ありません。近頃スキンシップが激しいと従業員から苦情がありましたのでお仕置きをしたのですが足りませんでした」


 確かに最近ルシフが抱きつきにくる回数が目に見えて多かったな。本人は「性欲の秋じゃ」とか言っていたっけか。そんな秋は存在しないはずだけど。よく言われるのは『食』欲の方だ。


「しかしどうしましょう? この通りルシフ様は物事を聞ける状態ではありません」


「……そうですね」


 かろうじてこちらの声が聞こえていた状況から、完全に声が耳に入っていないこの状況にした張本人はフェーダさんだけどなぁ、と思いながら相槌を打つ。


「私が聞いて後でルシフ様に伝えましょうか?」


「お願いします。聞きたかったのは旅館対抗大運動会の準備に関してです。をそろそろしないとまずいと思うので……」


「大運動会? それに私共の旅館が参加するのですか?」


「はい。どうしてもという理由がない限りは強制参加のはずですね。他の旅館との絡みもある結構重要なイベントです。ルシフから何も聞いていませんか?」


「そうですね……そんな重要なことでしたら私にまず話すと思うので、ルシフ様も知らない気がします」


 ……ふぅ、今日来て正解だったな。あやうくイベントを無断欠席するところだった。危ない危ない。


「しかしなんでルシフも知らなかったんでしょう? 運動会の参加を呼びかける手紙がランクインしている旅館に届くはずなんですけど」


「手違いで届いていにゃいとか? あっ、もしかして街から遠いから届けるのが面倒ににゃったとか!?」


「面倒くさくなって届けるのをサボるなんてカトレアじゃないんだから」


「ウチはサボってもやることはやるのにゃ!」


 サボることは自覚してるのね。


「ちょっと待ってください。ちょっと探してきます」


 届けられたものは一つ一つルシフが確認するため一旦書斎に移される。なのでフェーダさんは書斎でもう一度再確認しに行った。




 ……しばらくして、


「ありました! たぶんこれです」


 と書斎からフェーダさんの大きな声がこちらまで聞こえてきた。すぐにここ――居間に戻ってくる。


「ルーフェさんからの封筒です。まだ封が切られていません。……空けますね」


 フェーダさんが封を切る。中から出てきた紙には題名で大きく、



『重要事項! 旅館対抗大運動会の参加申請』



 と書かれていた。


「これだな」

「これにゃ」

「これですね」


 俺を含め三人とも深く頷く。

 大事な書類が見つかったところでフェーダさんは深くため息を吐い後、


「こんな大事な書類を見逃すなんて……これは追加のおしおきが必要ですね、ふふふ……」


 とルシフの方を見ながら楽しげな顔でつぶやくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ