魔王であろうと彼は彼
……とりあえず事実に頭がついていっていない。
ルシフが元魔王だって? 確か魔王といえば百年ほど前、人間たちを脅かせた強大な魔物と教わっている。勇者――ルーフェさんによって倒されたはずなんだけど……。
「そうだ! ルーフェさん! ルーフェさんはこのこと知ってるのか?」
「それはもちろんじゃとも。ルーフェの情けで生きているようなもんじゃからな」
「……なら大丈夫、か」
人間にとって脅威であった魔王を生かしておく。その本当の理由はルーフェさん自身にしか分からないのだろうけど、今のルシフを見ていればなんとなく理解することはできる気がする。
かわいい子好きはともかくとして、当てもなく行き倒れた俺を助けてくれたり、自分の立場に困っていたリムを身分を隠してかくまってくれたり……教わった魔王の印象とはかけ離れている。
「しかし、昔暴れまわっていたとは思えないなぁ。本当に人間に対して宣戦布告とかしてたのか?」
一応確認。信じきれない思いがどこかにあるので直接聞いておきたい。
「事実ですよ。昔は自分が一番、人間は弱いから攻略など一瞬だと言って聞かなかったですから」
なるほど、フェーダさんはそんな昔からルシフの傍にいたのか。もしかして側近? そうなると実はめちゃくちゃ強かったり?
「まあ今思えば幼稚じゃったな。それはもういろいろあって成長したのじゃ」
「まだ結構幼いように思えるけどなー」
「これは力の封印したとき姿まで変化してしまったのじゃ! 昔はもう少し威厳のある体格だったのじゃぞ!」
「いや、容姿じゃなくて心の方」
「そうですね。ちょっとは成長しましたけどまだまだです。大事な隠し事も自分からしゃべってしまいましたしね」
「ぐぬう……フェーダまで……」
フェーダさんにまで心が幼いと言われて非常に悔しそうだ。言い返したくてもついさっきの失態があるので言葉が出てこないのだろう。
「それはそうとクレスさんにお願いがあるのですが……ルシフ様が魔王であったことは他のみんなには内緒にしてくれますか。昔を知っている方は怖がってしまうかもしれませんので……」
「ルシフを知っている奴なら怖がりはしないと思うけどなぁ。まあ変に噂になっても困るか。わかった、黙っておくよ。……まっ、口を滑らしたところで誰も信じないと思うけどな」
俺としても赤い目のルシフが異様な雰囲気を放っているあの状況を目の当たりにしなかったら到底信じれる内容ではなかったし。冗談と捕らえられるのが落ちだろう。
「ありがとうございます。――そうです、黙ってもらうお返しに一つ吉報を。食中毒未遂の件なのですがおおよその方が付きそうです。もうこちらで捜査をする必要はないでしょう」
「本当ですか!?」
「ああ、犯人が見つかったのじゃ。(強制的に)自白もさせておる。あとは身柄を都市の警備兵に渡すだけじゃ」
非常に嬉しい情報だ。犯人が捕まったとなれば完全にうちの旅館に非がなかったと証明される。そうすればやや減ったお客さんも徐々に戻ってくるはず。それに――
「ということはもしかして自粛していた海鮮丼も」
「解禁されるでしょうね」
「一応ルーフェに確認をとって判断してもらうことになるとは思うがの」
「それはよかった、フォワさんもきっと喜びます。解禁されたら教えて――」
バタン!
話している最中、急にルシフ宅の玄関の扉が大きく開かれた。
「あ~、こんにゃところにいた! 今日は大部屋の片付けをするんでしょ。早く手伝いに来てくれにゃいと困るにゃー!」
カトレアが両手ぴーんと伸ばして怒っているのが見える。
……そうだった。今日は珍しくゴーレムという大きな岩で体が構成されている魔物が泊まりに来る。そのため普段はお金持ちが泊まるような広い部屋を用意し、そこにある装飾品などを片付けてゴーレムが泊まれるようなスペースを作らなきゃいけないんだった。
まさかカトレアに叱られるとはな……。
なんか分かんないけどちょっとショック。
「あはは……カトレアも呼びに来ましたしそろそろ俺は仕事に戻りますね」
「うむ……ただ一つだけレアにゃんに伝えてくれんか。……いつも忘れてるようじゃがドアを開ける前にせめてノックくらいしてくれ、と」
そういえば俺も今回ノックせず入っちゃったな……。
俺はルシフに頭を下げ、一言謝ってからカトレアと合流した。
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密談後、地下室に残った男女はこれから旅館『魔天楼』を潰しにかかるであろう先ほどまで密談をしていた男について話し合っていた。
その男は信用できる相手ではなくただの駒。短い会話の中で両者の意見は合致する。
少しの間これからどうするかを話し合い、方向性が決まったところで地下室から帰ることにする。しかし帰る間際に「最後に一つだけ」と男は言葉を付け足した。
「何?」
「いや、この地下室を使うのも最後にしようかとふと思ってね」
「なぜ? 隠れ場所としては最適な場所でしょ?」
女性の声がこう聞くと彼は爽やかな笑みを浮かべ、さらりと言い切った。
「ははっそうだけどさ。――あいつがいつ捕まってしまってもいいようにね。あいつがきっかけで足が着くなんて馬鹿らしいだろ?」
…………男は先見性を持っていた。
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