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旅バト!  作者: 染莉 時
第四章:涼? 量? 料理!
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魔眼

 プールサイドに男と少年、二人の人間が打ち上げられた。さらに、


 バシャ、バシャ、バシャ――


 と三人のマーメイドがプールを泳いで打ち上げられた場所まで辿り着く。プールサイドに上がるとすぐさま男を取り囲った。

 水流を発生させ、少年を助けたのはこのマーメイドたち三人。ライブを行っていたが、監視員としての仕事を忘れているわけではない。不穏な水の動き、音を敏感に察知して能力『水操ウォーターハンドル』により水の流れを操り、彼らをプールサイドへ押し流したのである。


「なあ、さっき何をしてた?」


 メルが腰に手を当て高圧的に男を睨みつけるようにして尋ねる。無言をつらぬく男に舌打ちをしそうになったところで少年がなんとか声を絞り出した。


「ゲホッ……ゲホッ…………その人が……僕を……沈めて…………」


「そう、怖い思いをしちゃったね。ちょっと待ってて。すぐとっちめてあげるから♪」


 マイは少年の背中をさすりながら優しく声をかける。


「おい、何か言ったらどうなんだよ、ああん?」


 昔荒れていた当時の言葉遣いに戻るメル。威圧的な彼女に対し、男はさもうっとおしそうにして答えた。


「ちょっとした悪戯だったんだよ、――ったく、大げさな」


「悪戯にしちゃあちょっと悪質すぎやしないっすかぁ? この子水中で結構やばい動きだったと感じたんすけど?」


「…………」


 男は答えない。

 このまま締め上げて吐かせたいと三人とも思っているが、他の客の目もある。無茶をすれば逆にこちらの悪評が目立つ可能性もある。


「……ひとまずあねさんに」


 考えの末ディアがぽつりとつぶやいた。


「そっすね。下手にウチらだけで判断したら姉さんに迷惑かけてまうかもしれないっすから」


「そうだな。でも誰が本館まで行くよ? あたしらじゃ時間かかっちまうぞ? 他のお客さんに頼むってわけにも……」


 マーメイドである彼女らにとって陸の移動は大変だ。ぴょんぴょんと尾びれで跳ねていくしかないので結構時間がかかってしまう。かといってメルたちでなければここにいるのは客だ。関係のない客に本館とここを往復してもらうのは気が引ける。

 仕方がない、時間をかけてもいいかと、メルが本館へ向かおうとしていたそのとき、一人の男性が駆け寄ってきた。


「カイト、こんなところにいたのか……何があった?」


 現れたのは少年の父親である。恐怖でガタガタと震える少年のことを心配しすぐに駆け寄る。

 メルはちょうど現れた被害者の父親――この騒動に関わりがある人物にメルは思い切ってお願いをすることに決める。


「どうもこいつ――いやこの男がこの子を溺れさせたらしいんですよ。ちょっと対応をしたいので申し訳ないんですがあねさん――じゃなかった、センカという名前の女将に出来事を伝えてくれませんか?」


「……わかった。すぐに行こう」


 少年の父親はそのお願いを快諾した。




 少年の父親が呼びに行ってからしばらくすると、本館の従業員を何人か引き連れて戻ってきた。

 やって来たのは女将であるセンカ、主人であるルシフ、そしてその秘書のフェーダだ。


「ほほう、問題を起こしたのはこやつが……」


「幼い子供を狙うなんてその理由をじっくり聞きたいところですね」


「あんた達、何か聞き出せたかい?」


「いや、それがずっと黙ったままで……ここじゃあんま無茶できないですから(ぼそっ)」


「そうかい……ルシフ、どうする?」


「……ひとまずワシの家で話を聞こう」


 子供の命を危険にさらしたのに何の罪の意識も感じていないようにただただ反抗的な目を向ける男。そんな彼を見てただの悪戯ではないと確信したルシフは自宅に呼びフェーダの監視下でじっくりと話を聞くことに決めた。




「ただの悪戯……そんなわけなかろう。殺す気だった、違うか?」


「……なぜそう思う?」


 腕を後ろに縛られ、あぐらをかいている男は不遜な態度で彼らに向かう。


「お前が溺れさそうとした子に聞いたのじゃが今と雰囲気が違い、気さくな感じじゃったらしいの? ただの悪戯ならそこまで入念に準備をする必要はあるまい」


「それにあなたの動き、ここに来る道中隙を見て何度か逃げ出そうとしていましたが、明らかに常人の動きではありませんでした。手練てだれの動きです」


 ちっ……っと心の中で舌打ちをする男。

 魔物とはいえ、女二人に子供一人。道中の森で逃げられるだろうと鷹をくくったのが仇となった。隙を見て逃げようとするのをすぐさま気付かれ、か細く見える腕を全く振りほどくことができなかったのである。どうもこのフェーダという女、ただの秘書ではない。凄腕の用心棒かなにかかと男は思った。


「そういえば……なんかどこかで見た覚えが……」


 じーっと男の様子を観察していたセンカが頭を押さえながら記憶を辿る。


「そうだ! なんか似ているんだよねえ、あの旅商人に。ほら目元なんか特に似てやしないかい」


「言われて見れば似顔絵の人物に似てますね。フォワさんにでも確認してみましょうか?」


「そうじゃな」


「ならアタシが呼んでくるよ。ちょっと待ってな」


 センカがフォワを呼びに調理場へ向かう。

 呼ばれたフォワは自慢の鼻利きによって以前この旅館を訪れた旅商人と名乗る男と、今回事件を起こした男が同一人物であることが明らかになった。


「ほう……ということはワシの旅館で食中毒を引き起こそうとしていたのも貴様か……」


 ルシフの眉がぴくぴくと引きつる。完全に怒り心頭だ。いつ胸倉を掴みかかってもおかしくないが、ここは主人としての器量を見せるためなんとか手を出すのを抑える。


「ここを狙っていたのは明白ですね……理由があるのでしょう。いったいどうしてですか?」


「…………」


 男は黙秘を貫く。

 今回溺れさせた件はともかく、食中毒を起こさせようとしたことについては決定的な証拠は与えていない。(ほぼ真実ではあるが)すべて状況証拠によるものだ。黙秘を続けていればその件で裁くのはまず不可能だということを理解していた。溺れさせた件についても今回は未遂。殺意があったかどうかなど第三者が完全に暴くなどできないだろう。今回は軽い刑を受け、次回また機会を窺うつもりなのである。


「…………黙っていては埒があきませんね。時間がかかりそうです。センカさんとフォワさんはひとまず業務に戻ってもらえますか?」


「あいよ」

「おう、わかった」




 センカとフォワがルシフ宅を出てそれぞれの持ち場へ戻る。彼らが離れたことを確認したフェーダはルシフに声をかけた。


「……さてルシフ様。ここは無理やりにでも話してもらうしかないように思いますが」


「……そうじゃな。ワシも我慢の限界じゃ」


 二人が男へ詰め寄る。


「なんだ? 脅迫なんてするならその事実を後で公表するぞ?」


 男は不遜な態度をとったままだ。ルシフは座っている彼のあごに手を当てぐっと顔を向かい合わせさせる。


「なあに脅迫なんて生ぬるいことはせんから安心せい。……ただただ貴様に真実を話してもらうだけじゃ」


 ルシフの目が灰色から赤く変化する。


 と、同時に男の態度も変化した。


 ガタガタと震える体。体の芯から冷たくなっていくような感覚。目の前にいるのは先ほどの子供のような主人ではなく恐怖そのものだった。圧倒的な恐怖に逆らう気など全く起きてこない。いったい彼はなんだという疑問も一瞬浮かんだがすぐに恐怖に飲み込まれてしまった。

 ルシフの持つ能力は『魔眼(イービル・アイ)』。恐怖によって弱い者を支配する。かつて魔王として君臨していたときはよく使っていた能力だ。勇者ルーフェによって力を封印されたとはいえ、能力自体使えなくなったわけではなかった。もちろん短時間しか使えなくはなってしまったが。尋問するだけの時間くらいは持つ。


「とりあえずこの旅館に働いた悪事について知っていることを洗いざらい全て話すのじゃ」


 本当は少年声のはずも男には低くくぐもった冷徹な声に聞こえてくる。圧倒的な恐怖に思考力を奪われた男からは次々に真実が語られることになった。




「……ふぅ、後はこいつを引き渡せば解決じゃな」


 放心状態の男を縛り上げて畳に寝かせてから一息をつく。


「そうですね。報酬を提示した相手は気になりますけど、まあそこは密談に使っていた地下室を調べれば何かしら出てくるでしょう。……それよりルシフ様はいつになったら能力を解除するのですか?」


 ルシフの目はまだ赤いままだった。力を持つフェーダには無効なので問題はないが。


「いやそれがひっさしぶりに使ったもんじゃからどうやったら元に戻るか感覚を忘れてしまってのう。じゃがそろそろ勝手に切れるじゃろう」


「それならいいですけど……戻るまで外出は控えてくださいね」


「……も、もちろんじゃとも」


 他の者にばれてはいけない。そのことをすっかり忘れていたルシフは額の汗を拭う。

 ――だがそのときである。玄関の扉が勢いよく開けられ、誰かが中に入ってきてしまった。


「ルシフ、センカさんから聞いたぞ! プールで大変なことが起こったって――」


 やって来たのはここで仲居として働く唯一の人間クレス=オルティナだ。みんなからはだいたいティナと呼ばれている。

 あってはならないことにティナは赤くなっているルシフの目を見てしまった。


「――えっ……? ルシフ……だよな……」


 見慣れた主人から伝わってくる異様な恐怖に体が固まる。

 だがすぐに恐怖はやわらいだ。ルシフの能力の効果が切れたのである。赤い目も元の灰色に戻る。


「……まさか……噂は本当だったのか……?」


 先ほどルシフから感じた異様な雰囲気にティナは以前聞いたある噂が頭をよぎる。

 彼のつぶやきにルシフは非常に驚いた。


「う、噂になっておるのか!? ワシがかつての魔王だったということが! 隠し通せておったと思っていたのに!?」


 ルシフの言葉にティナもまた驚きを隠せない。


「――ん? え、ええ!? かつての魔王だって!? 魔王の残した子供じゃなかったのか!?」


「え!? そっちじゃったのか? もしかしてワシ、余計なことを口にしてしまったり……」


「その通りです……はぁ……」


 勝手に自爆してしまったルシフにフェーダはやれやれとため息をつくのだった。


********************


次話からまたティナの視点に戻ります。もうあと二・三話でこの章も終わる予定。ゆっくり更新ですがお付き合いしていただけると嬉しいです。

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