長年の信頼
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ククの描いた似顔絵が雷神運送のある人物に渡され、旅館『魔天楼』に来る途中に馬車同士でぶつかった相手がその似顔絵の人物であることがはっきりした。しかしだからといって人工イクラを混入、もしくはすり替えた証拠などはない。
結局『その人物を見かけたら呼び止めて事情を聞くように』と旅館、そして飲食店へ伝えられたのだが――
「何の手がかりも見つからんのう~」
「そうですね~」
――一向に似顔絵の人物は姿を見せない。旅館『魔天楼』だけでなく、都市スピネルでも目撃情報は全く出ていないのである。
打つ手の見つからないルシフとフェーダは焦るわけでもなく、ゆったりと座りながら冷茶をすすり、ふわっとした会話を続けていた。
「それにしてもなぜワシの旅館が狙われたんじゃろうな?」
「さあ? もしかするとルシフ様のことを元魔王と知って潰そうとしてるのかもしれませんよ」
「まさか~…………まさか!?」
「――冗談です。知っているのは私とルーフェさんくらいでしょう。ルーフェさんが誰かに口を滑らすとも思いませんし」
「そ、そうじゃな。もちろんフェーダの口の堅さも知っておる」
長い付き合いであるフェーダには全面的に信頼を置いているルシフ。その言葉にフェーダは少しほほを緩ませる。
「ふふっ、まあ滑らしたとしても誰も信じないでしょうけどね。その姿では」
「それもそうか」
「そうですね~、狙われる理由は色々考えられますよ。例えば無差別に仕掛けるつもりでここが運悪く当たってしまったとか」
「ほうほう」
「もしくはこの旅館が最近力をつけてきたからそれを妬んだとか、従業員の中に個人的に恨まれているものがいたとか……考えたらキリがありませんね。知りたいなら犯人に直接聞くぐらいしかないでしょう」
「そうか。犯人を見つけねば分からんか……」
ルシフが腕を組んでうなる。
「やはり犯人はあの似顔絵の人物で、あのイクラを仕掛けてからすぐに遠くへ逃げたのでしょうか?」
「さあのう、まあ逃げたなら次の被害が起きんじゃろうし……追うのはルーフェにでも任せておけば問題なかろう」
「やけにあっさり引くのですね。……ルシフ様もずいぶん丸くなられたようで」
フェーダはルシフの言葉に若干の驚きを見せる。
「成長したじゃろう?」
ふふん、とルシフは得意げに鼻を鳴らす。
「まあ昔に比べれば、ですが。昔は気に入らないことがあればすぐに自分の思い通りになるよう暴れ回っていたのを覚えていますので」
フェーダははるか昔――百年以上前のまだ人間と魔物が争っていた頃、ルシフが魔王として君臨していたときの話を持ち出す。
「むぅ、痛いところを…………あのときはまだ幼かったのじゃ。世界を知らな過ぎた。おかげで部下となったものの犠牲を多く出してしもうた」
当時、パワーの劣る人間など軽くひねり潰せると考えていたルシフは陣取りゲームをするような軽い気持ちで魔物の領地を増やしに行った。
魔王のカリスマ性によって付いてきた優秀な部下により最初の街は人間を圧倒し制圧。しかし、魔石の力を引き出す技術、チーム戦略、そしてなにより勇者と呼ばれたルーフェの存在により激しく抵抗され、その争い途中に多くの部下が亡くなった。
そのことに多大なショックを受けた魔王は勇者と対峙する頃にはすでに戦意をほとんど失っており、あっけなく敗れたのだった。勇者が慈悲を与え命は奪うのをためらうほどに、その時の魔王の目はどこにも向けられておらず虚ろだったのである。
「部下は家族みたいなものじゃったのにのう……」
ばつが悪そうに下に目を向けながらひとさし指でほほを掻くルシフ。そんな彼に対し、フェーダは少しだけ口角を上げながらぽんっと彼の頭に手をおいてぐりぐりとなでた。
「な、なんじゃ!?」
「ふふっ、家族とは嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。私としては本当の家族になっても――う、うぅん! まあそれは置いておいてですね。なるほど、今回深追いしないのは従業員を危険にさらさないためですか」
「そうじゃ。どうも今回の犯人は命を軽く扱うような危険人物であるようなきがするのじゃ。……まあただの勘なのじゃが。変に追って危険にさらすのは……嫌じゃ」
「……わかりました」
力は失っても元魔王。センスは失われておらずこのような勘はよく当たる。それを理解しているフェーダは慎重に頷いた。
「ただ……」
ルシフが言葉を続ける。
「もしそやつがまたワシの旅館を狙い、身内、そして客に危害を与えるようならそのときは容赦せん。ワシ自らが地の底まで追ってやる」
「……そこは賛同しかねますね」
フェーダが小さく首を横に振る。
「今のルシフ様一人が追ったところで返り討ちに遭うだけでしょう。私も共に付いていきますのでご了承を」
じっと彼の目を見つめたフェーダは恭しく頭を下げた。
即座にルシフは満面の笑みで答える。
「もちろんじゃ!」
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