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旅バト!  作者: 染莉 時
第四章:涼? 量? 料理!
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犯人探し

 フォワさんが自慢の鼻で嗅ぎ分けた結果、中身の傷んだ――調べた結果毒ではなく菌が多く含まれていた――イクラは全部で二十粒。十二個のどんぶりに分かれて入っていた。もしこれをお客さんに出していたら、同じ数だけの食中毒者が出ていただろう。

 フォワさんの見解では自然に傷んだものではない……いうより人工的に作られたものじゃないか、とのこと。さすがに傷んだものの試食はできなかったけれど、膜の質感で違いを見抜いたらしい。


 この事実はすぐに主人であるルシフから、都市スピネルの旅館を牛耳ると言っていい『勇々自適』の主人ルーフェさんへと伝えられた。そしてひとまず都市の旅館、飲食店、仕入れ業者へと内々に伝えられることになった。

 公にしなかったのは、無差別に観光客を狙っているのではないかという余計な憶測が飛び交うのを避けたかったのだろう。一応プロの業者がきちんと確認して直接売る以外、お客さんへのイクラの提供は一旦中止にしているみたいだけど……。


 ちなみにここ『魔天楼』以外の旅館、そして飲食店で食中毒者が出たとか、人工的に作られた菌入りのイクラなどは一切見つかっていない。なので一部の旅館からはうちの旅館が嘘をついて注目を集めようとしているのではないかと疑われているらしい。ただルーフェさんはそんなことは絶対ない、ルシフが姑息な手を使うほど賢くないと変な信頼があるみたいだ。イクラの提供中止、そして他の食材にもしっかり目を通すよう積極的に声をかけてくれている。




 そしてルーフェさんが都市で動いている間、俺達はというと――


「配達業者からいい情報を得れたにゃ~」


「新メニューを加えてから宿泊のあったお客様のうち気になる人物をピックアップしました」


『不審者がいなかったかあの子達に聞いてきたけど、別に見かけなかったみたい』


 俺達なりに菌入りの人工イクラを混入させた犯人を追っていた。


 カトレアには誰とでも気軽に話せるのを生かして都市での情報集めを、

 俺とククは怪しい宿泊客がいなかったかのチェックを、

 リムはスライム達にこの周辺(特に草原辺り)の情報集めを行っていた。


 まあお客さんがちょっと少なくなって時間が空いちゃったからなぁ。いくら内々に事件を伝えたとはいえ、伝えた人数が多いのでどこからか情報が漏れたんだろうな。最近ちょっとキャンセルが多い気がするし。できるだけ早く犯人を捕まえて食の安全を確保しないと。


「そうか~、不審者は見かけにゃかったのか~。残念だにゃー。もしこの辺りをまだうろついているにゃらウチがとっつかみゃえてやろうと思ったのに」


「まあそんな怪しい奴がいたらとっくの前に都市の警備兵が捕まえているだろ。ルーフェさんが念のためここの警備に少し力を入れてくれているみたいだし」


 しかし都市からはずれた場所にあるのにもかかわらず、警備してくれることになるとはねー。ルーフェさん、結構権力持ってるんだなぁ。……ただなんでこんなに肩入れしてくれるのか不思議に思うけど。元『勇々自適』の仲居だったククがいるから? ……いやそれより何かルシフと深いつながりがあるような感じが……っと今はそんな疑問、後回しでいっか。解決すべき問題はそこじゃない。


「――それよりさっきカトレアが集めてきた良い情報って?」


「ふっふっふ、それはねー、雷神運送っていうところの人から聞いたんだけどにゃ~」


 雷神運送――いつもこの旅館に都市から新鮮な食材を素早く届けてくれる配達業者だ。


「――イクラを届けに来たその日、食材を乗せた馬車と他の馬車がぶつかるっていうちょっとした事故があったらしいのにゃ。そのとき食材が入った箱がぶちまけられて……すり替え、もしくは混入されたならそのときくらいじゃにゃいかと言ってたにゃ」


 雷神運送内に混入した犯人がいなかったらの話だけどな。

 ……まあその可能性は限りなく低いと思うけど。雷神運送が最近になって新たに人を雇ってはいないみたいだし。それにここまで来てくれる人はフォワさんと顔なじみでこの旅館に悪い印象は持っていないらしい。フォワさんも「あそこに悪いことする奴なんていねえよ」と信頼を置いている。


 となると証言の通り、ぶつかった相手が一番怪しいか。


「そのぶつかった相手の顔とかは分からないのか?」


「覚えてたら警備兵にも言ってるって。相手は基本フードを目深にかぶっていたみたいにゃ。……あっ、でもぶつかった衝撃で一瞬フードがとれて顔が見えたような――って言ってたかにゃ~。似顔絵でもあれば思い出すかもしれにゃいとも言ってたよ」


「なるほど、似顔絵かぁ」


 そうなると当然人物はある程度特定されていなければいけない。それは難しいか……?




「それでは私のほうからも報告を」


 ククが調べた内容を話し出す。


「私とクレスさんで新メニューを加えてから……イクラの入った贅沢海鮮丼を出すようになってから泊まったことのあるお客様を調べました。――と同時に何度も泊まっている常連のお客様をピックアップすることにしました」


 新メニューを加えてからのお客さんを主に調べた理由は単純。人工のイクラを用意したということはそれを使った料理を出していることを知っていなければならないからだ。二週間ほど前はイクラを使った料理を出していなかったのだから、当然知ったのは最近になってからのはず。どのような料理に使っていているのか、どのような調理をしているのか、調査はするだろうと考えられる。

 また常連……はできれば疑いたくはないのだけれど、怪しい部分はある。

 ……悲しいことにここ『魔天楼』はまともにお客さんが来始めてからまだ一年も経っていないのである。その中で常連というのは短い期間に何度も来ているということ。観光しに来て……とはちょっと考えにくく、怪しさが残る。


 ククが話を続ける。


「そこでまず出てきたのはスライム達が多数です」


「……(フルフル)」


 リムがスライム達は関係ないと言いたげに大きく首を横に振る。


『あの子達は人に化けれない!』


「大丈夫です。分かってますから。他の姿に体を変化させることのできるスライムなんて数えるほどしかいないはずですよね」


 ククがなだめるようにして話す。


「まあスライム達は定期的にリムに会いに来ているだけだろうからな。怪しいのは他の常連だ」


「スライム以外…………とにゃると思い浮かぶのは二人ぐらいかにゃあ」


「そうですね。実際今まで三回以上繰り返し来ていただいているのは二人だけです」


「中でも一人は俺が来る前から来ている――変わった(ボソッ)――常連だからな」


 色んな魔物を見たい、接客を受けたいというでっぷりとした体格の魔物学者。魔物っ娘が本当に好きなようでよくじろじろと観察しているちょっと変態じみた人だ。一応言っておくと見ているだけでセクハラなどは一切していないとフォローはしておく。


「……んにゃ? ということは犯人は特定されたかにゃ」


「いいえ。犯人とはまでは言ってないですよ。単に怪しいというくらいです。もちろんお客様を疑うのはあまり気が進まないのですが……」


「十日くらい間を空けて定期的に来ていたのにあの混入が起きてから来てないからなぁ」


『何してる人だっけ?』


「確か……しがない旅商人、とか言っていたような気がします。何を売っていたかは話していませんでしたね」


「俺も……あまり積極的に話すお客さんじゃなかった覚えがあるなぁ」


「……(コクコク)」


「ウチも話しかけたらちょっとうっとおしそうにされたにゃ」


 ……それはカトレアがいつもしゃべりすぎているだけな気がするけど。お客さん同士で話したいときにも話かけに行ってたまに苦笑いされてるときもあるし。


 まあなんにせよ寡黙で謎の多い人物だった気がする。だからといって勝手に怪しむのは失礼なくらい、彼に対してこちらに情報はない。


「……そういえばさっき似顔絵を見たら思い出すかもしれないと言ってましたよね」


「うん、そう言ってたにゃ」


「だったらその怪しい人の似顔絵を書いて見せてあげるのはどうでしょうか?」


「手がかりもないしそれしかないかなぁ……でも俺、そんなに上手く書けないぞ。都市の専門の捜査員にでも頼むか?」


「ふっふっふ、そんにゃものウチに任せるにゃ。ちゃんと特徴は覚えているのにゃ。早速ペンを貸してくれにゃ!」


 自信満々に手を開けて差し出すカトレア。


「…………お客様の要望などを書きとめるため、ちゃんとメモとペンくらい常備してくださいね」


「そ、そうだったにゃ……」


 ――しかし説教交じりにククからペンとメモを渡され、しゅんとしながらそれらを受け取った。




 ――結局できあがった似顔絵は特徴を捉えつつも、小さい子供が書いたものと同じくらいの出来で使えるものではなかった。

 代わりに何事もそつなくこなすククが見事にそっくりの似顔絵を描き、それが雷神運送の目撃者に見せられることになった。


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