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旅バト!  作者: 染莉 時
第四章:涼? 量? 料理!
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ぎりぎりでの危機回避

「そろそろ調理場に向かいませんか?」


「ああもうそんな時間か」


 ククに呼ばれて一緒に調理場へと向かう。お客さんに夕食の配膳をするためだ。


「お造りや海鮮丼をメニューに加えてからお客様の評判もさらに良くなっているみたいですね」


「そうだなー、今のところ順調そうだ」


 新たなメニューを出して二週間と短いけどお客さんの評判は上々である。


「そういえば昨日またカトレアさんがですね。お客様と会話しすぎて配膳の時間を忘れてて……」


 たわいもない話をしながら廊下を歩いていく。


 この前、肝試し中にククが動転して俺に好意を寄せていることを口走ってしまったのだけれど、仲が深くなったわけでも気まずくなったわけでもない。

 どうもグロテスクな作り物の化け物を見たショックで、転んだところから俺の部屋で起きるまでの間の記憶が飛んでいるらしい。事故とはいえククの胸を掴んでしまった記憶も抜け落ちているのはありがたいこととはいえ……やっぱりもやもやする。


 だっていわば告白みたいなことをされたわけだしなぁ。その事実を伝えるほうがいいのか、ひとまず俺の胸の内にしまっておくべきか……。

 ただ伝えたら伝えたで俺はその返事は……やっぱりするべきだよなぁ。別にククはしっかりしているし付き合うことになってもいいとは思うけれど……。


 ――一つだけ。重要な点に疑問が残っている。


 それは、


『果たしてククは俺のことを男として好きなのか、女として好きなのか』


 ということだ。

 もちろんククは俺が男で女装? しながら働いていることを知っている数少ない一人だ。しかしだからといって『男として好き』と結論付けるのは早計だと思う。なぜならサキュバスの本性を現したククはどう見ても男嫌いだったからだ。それに加えククとは仕事で一緒になるときがほとんどだし、女性らしい仕草や言葉遣いをしていることも多い。演技ではあるけどそんなおしとやかな雰囲気に惹かれた可能性もあるのだ。


 悲しいことに普通に休みで私服を着ていてもよく女の子に間違われるしなぁ……。女として好きなら問題だ。男であることは変わりようがないんだし、後々のことを考えると……ねえ。


 ともかく返事をするならこの点ははっきりしないといけないだろう。

 …………とはいえ忘れているならひとまずそのままにしておこうかな。女として好きと面と向かって言われたら、これからどう接していけばいいか分からなくなっちゃうし。


 というわけでひとまずこの件はおいといて――ひとまず今は仕事、仕事!




「ほんといままで作れなかったのが不思議なくらいですよねー」


「まあトラウマなんて本人の気持ち次第でどうとでもなるってことでしょ。もとから腕は一流だし、食材に何か問題があるなんてことめったにないんだから」


「ふふっ、そうですね」


 とククが笑ったそのとき――


「ちょっと待った!!!」


 と調理場から大きな声が聞こえてきた。声の主はフォワさんだ。なにやら焦ったように聞こえたけど何かあったんだろうか。


「どうしましたか!?」


 扉を開けて調理場の中へ入る。するとちょうど料理長のフォワさんがどんぶりを持つ料理人の腕を掴んでいるところだった。


「すまん、驚かしちまったか」


「いえ、私たちはそれほど。それよりその方のほうが……」


 ククが腕を掴まれている料理人の方へ目を配らせる。


「おおっ! わりい! ……少しその海鮮丼よく見させてくれ」


 フォワさんが料理人からどんぶりを渡されるとすぐに顔を近づけてくんくんとにおいを嗅いだ。そして一言――


「これは……出せねえぞ」


 と重苦しくつぶやいた。


「何でですか!? 何か盛り付けに問題でも?」


 具材を盛り付けた料理人が理由を問う。

 俺も気になる。見た目はいつもと大差ないように思えるけど、においを嗅いだのは……?

 フォワさんがおもむろにどんぶりいっぱいにかけられた、スプーンで澄んだオレンジ色の小さな魚の卵――イクラを二粒掬い出し、まな板の上に置く。


「盛り付けには問題ない。問題があるのはこいつらの内の一つだ」


「……?」


 俺やクク、そして調理場にいた料理人みんなの目がその二粒のイクラに向けられる。

 二粒のイクラ、その二つには違いは見られな――いや若干右の色が濃いか。でもそのくらいの色の違いなら一個一個の個体差でありえる。となると……分からない。他の料理人も分かっていないような顔をしている。


「やっぱりこんなかすかなにおいじゃ厳しいか」


 フォワさんはそうつぶやくとスプーンの面で色の薄い方、濃い方の順にイクラをぷちっと潰した。


「近づいてにおいを嗅いでみてくれないか?」


 フォワさんに言われるがままみんな一斉に潰されたイクラの前に群がる。順番ににおいを確かめていくと、色の濃かった方を嗅いだ料理人が次々と「変だ」「これは違う」といった声が上がってきた。

 俺も確かめてみたのだけれど、なんかすっぱいような酸味のあるにおいがした。


「潰せばみんな分かるか……そうだ、この一粒は明らかに傷んでいる。味は落ちているだろうし、最悪の場合食中毒を引き起こすかもしれねえ。いやもしかすると別の可能性も……とりあえず今日イクラを使うのは無しだ! 急いで作り直す! お客さんには申し訳ねえが今日はイクラが手に入らなかったと伝えておいてくれ」


「「分かりました」」


 俺とククが深く頷いて了承する。


「……それとティナとククは配膳が終わったら後で俺のところに来てくれないか?」


 フォワさんが俺とククにだけに聞こえるよう近づいて小さな声で耳打ちをする。


「いいですけどなんで……」


「詳しくは後で話すが……こんな傷み方はありえねえんだよ。膜はそのままで中だけ傷んでるなんて。これは……どう考えても作為的だ」


 フォワさんから告げられた事実。それはこの旅館が何者かによって狙われていることを意味していた。


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