修行の成果?
「いやー大変だったぜ。ちょっとでっかい木の傍で休んでたら、いきなり雷が落ちて木が倒れてくるしよお。なんとか木は避けれたんだが、巻き上がった泥はさすがに避けれなくてあの様だ」
「ちょうど肝試しをやってたから本当に化け物がやって来たかと思ったのにゃ」
大浴場で泥や葉っぱを流し終えたフォワさんは戻ってきたことの報告をしにルシフ宅にやって来た。俺とカトレアもフォワさんに呼ばれて一緒に付いて来ている。なんとかゲル状から人型に戻ったリムも一緒に来てくれと誘われたけど、さすがに気力が限界で『もう寝る』とメモに書き、帰宅していった。
「大変だったみたいじゃのう。もう少し帰る日程を変えてもよかったであろうに」
ルシフの言うとおり一日待てば嵐も過ぎ去って、もっと楽に、馬車でもうち専属の超蜥蜴でも乗って帰ることができたと思う。
「いやあ一刻も早く伝えたいことがあったからな。実は…………修行が終わったんだよ」
「…………めっちゃ早くないですか?」
「終わりってどっちの意味かにゃ? まさかダメでとか?」
「いやあ実はその通り――なわけないだろ。ちゃんと免許皆伝、ってわけじゃねえが教えてもらった、いやもらうはずだった人にお墨付きはもらったぜ。「教えれることはねえ。お前が見分けられないんだったら、俺らも無理だ」ってな」
「えっ、それってつまり……」
「修行へ行かなくても良かったってことだな。わははははは!」
豪快に笑うフォワさん。
教えてもらうことはなくても、独学の知識や目利きが実際に通用することが分かったのは大事なことなんじゃないだろうか。
「ほほう、そうじゃったか。それで肝心の料理の方はどうなのじゃ? 生ものを扱えるようにはなったのか?」
確かにこれが一番重要だ。たとえ食材の目利きができる確信が持てても、実際料理ができなければ意味がない。果たしてそれができるからといってトラウマの方は……?
「ああ、もちろん試したぜ。問題ねえ。というか口で言うより実際見て、食べてもらったほうが分かりやすいだろ。ちょっと台所使わしてもらっていいか? ああ、それと食材持ってくるからここで待っててくれ」
俺の心配をよそにフォワさんは自信あり気に食堂へと食材を取りに行った。
持ってきたのは大きな鯛がまるごと一匹。
それをフォワさんは決して広いとはいえない台所をフルに使って、さばいた鯛を船の形をした木の器に盛り付けていく。
さばく手に震えも、そして迷いもないように見える。
「へい! できたぜ!」
あっという間にできたのは一匹まるまる使った鯛のお造りだ。盛り付けは非常にきれいで繊細ながら、こちらを向いた今にも襲ってきそうな頭が豪快さを見せつけている。
「食べていいのかにゃ? 食べていいのかにゃ? ――いっただっきまーす!」
魚好きのカトレアが早速飛びついて一切れ食べる。
「美味い! どんどん箸が進むにゃ!」
おいしそうに食べるカトレアに釣られ俺も一口――
「……美味しい!」
こりこりとした食感。そして包丁に切られたはずの表面は非常に滑らかだ。
「完璧じゃ! 早速明日からメニュー入りじゃな!」
「美味しいですね。ついこの間まで作れなかったのが嘘のようです」
ルシフとフェーダさんも絶賛している。確かにこのクオリティならすぐにでもお客さんに出せるのは間違いない。
ただ一つ気になるのは……
「……あの、これからほぼ毎日作ることになっても大丈夫なんでしょうか? その昔のトラウマとかが蘇ったりは……」
ぼそっとフォワさんに聞いてみる。
今は平然と調理ができても、長く続けていればトラウマを思い出すこともあるかもしれないからだ。果たしてこの短期間でトラウマを完全に払拭できているかは疑問が残る。
「ああトラウマな…………それは今も心の中にある。だが……あいつがな、言ってくれたんだよ」
フォワさんがちらりと刺身を口いっぱいにほおばっているルシフへ視線を向ける。
「――「なにやら一人で責任を抱えこもうとしているようじゃがワシらがおることを忘れんでくれ。責任はワシらも半分受け持つ。それに信頼しておる部下なんじゃから何があっても見捨てるようなことはせん」ってな。それを聞いてだいぶ肩の荷が下りたような気がしたんだ。もしかしたらそのときには調理できるようになってたかも……いや、修行が意味なかったとは思ってるわけじゃねえぞ。あのアドバイスはうれしかったしな、うん」
うんうんと何度も首を縦に振るフォワさん。俺に気を使ってくれているのがばればれだ。
アドバイスが役に立たなかったくらい全然気にしないのになぁ。どちらかというとルシフに負けたような気がするのがちょっともやもやするというか……。一応ルシフも旅館の主人としての手腕はあるってことか? ……いや、さすがにたまたまかな?
「じゃあ明日からメニューに加えても大丈夫なんですね。これは……でも団体様専用のメニューになるんでしょうか?」
「はぁ? 何言っているんだ? どうみても一人、もしくは二人用だろ?」
「…………」
どうやら大盛りサイズの分量は前と変わっていないみたいだ。
まあどんどん箸が進むくらいおいしいから別にいっか。結局さっき作ったお造りもほとんどカトレアとルシフの二人でぺろっと食べきっちゃったわけだし。
まあなんにせよフォワさんの料理の幅が広がったし、これにて「涼しげな料理を作ろう」計画は一件落着だ!
…………このとき俺はどうせ痛んだ食材なんて入ってこないから問題なんて起こらないだろうと楽観視していた。
しかし新たなメニューを出してから二週間後、事件は起きたのである。




