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旅バト!  作者: 染莉 時
第四章:涼? 量? 料理!
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なにより恐ろしいのは……

「ん……いったたたたた……クク、大丈夫か?」


 頭を押さえつつ、片手を床に着いて上半身を起こす。

 ククと一緒に転がった先の部屋は灯りもなく真っ暗だった。かろうじて転がってしまった魔石灯がこちらをほんの少しだけ照らしている。

 魔石灯を投げ捨てたような形になってしまったけど……大丈夫そうだな。近くに転がっているし、なによりたぶんここはコース外だろう。それより魔石灯の周りにあるものからするとここは…………?


「…………ああああああの、くくくクレスっさん……」


 ひどく震えたククの声が近くからする。いや近いというか俺の下の方から。そういえばなんか手をついた床がふよふよととても柔らかいような……。


「そのっ、胸から手をののののけてもらえるととと……」


 目線を下に落とすとククが俺の下敷きになっていた。しかもあろうことに床に着いたと思っていた手はちょうどククの胸を押しつぶす形に――


「わわわっ、ごめん!」


 慌てて手を離してククの上から横に飛び退き、正座する。すぐにでも土下座をできる状態をとるためだ。

 ククはぎこちなく起き上がりこちらを向く。


「えっ、えっと、その、わわ私が原因の事故でしたからききき気にしていません」


 怒られることを覚悟したけれど全然そんな感じはなく、ククはもじもじと両手の指をからませながら思いを口に出していく。


「ここまで私を引っ張ってくれて感謝していますし。もとよりこの肝試しでクレスさんとの距離をちょっと詰めれればいいなぁと思ってましたし……で、でもまさかそんな一足飛びに距離が詰まっ、まさか胸を揉まれるとは思ってなくて動揺しているといいますか、まずはき、キスからな~んて……」


 なんかすごく告白をされているようなんだけど、それより気になることが一つ。

 ククの後ろに魔石灯があり、逆光でククの表情は見えないんだけど、明らかに顔から湯気みたいなものが出ている。顔も真っ赤になっているんじゃないだろうか。このままだともしかすると……


「……本当はすぐに気付いてもらうよう声をかけようと思っていたんですが、胸に触れられたときにも、もうちょっとこのままでいいかな~なんて思ってしまいまして――――きゅう……」


 顔が沸騰しきったのか、しゅ~と音を立てて、がっくりとうなだれるクク。

 ――しかし次の瞬間ぐっと顔が上がり、先ほどまでとは打って変わって妖しくニッ、と微笑んだ。


「ふふふ、クレスさんも大胆なことをするじゃないですか」


 これはサキュバスの本性――別人格が出てきてしまったよなぁ……ちょっとまずいかも?


 逃げたくてもすでに腕はガシッと掴まれているし、誰かを呼ぼうにもすでにククは浴衣をはだけさせていて、この状況を他のやつに見られるのもククに悪い気がする。

 本性を出させてしまったのは明らかに俺が原因だしここは俺一人でなんとか……でもどうすれば!?

 考えている間にもククは人差し指で俺の唇をなぞる。


「あの子も少しずつ距離を詰めるなんて考えずに一気にゴールインしちゃえばいいと思うんですよね――気持ちよくなって。――さ、さて、まずは唇からいただいちゃいましょうか」


 ククの顔がすーっと近づいてくる。


 なんだ? 今回はすごく積極的というか急いでいないか? 誰かが来る前に事に及ぼうとして焦っているのか。いつもの妖艶な雰囲気はかなり薄れている気が――ってそんなこと気にしている場合じゃない!

 もう目と鼻の先にまで来て――




 ピシャン! ズガーン!!! ……ズウウウウウン。




「ひぅ!」


 雷が落ち、何か巨大なものが倒れたのだろう。外からの凄まじい音にびっくりしたククは俺の腕から手を離した。


 チャンスだ!


 すぐさま立ち上がり、ククから距離をとる。ククも俺を追いかけようと立ち上がろうとするのだけれど、そのまま前のめりになってこけてしまった。


 ……これはすぐさまこの部屋から脱出するべきだな。お札と魔石灯は置いて行くからギブアップ扱いになるだろうけどこの際仕方ないだろ。これまでに仕掛けられたなによりも今のククのほうが恐ろしいし。


 俺は急いでこの部屋から脱出しようとククに背を向けると――


「ま、待ってください、お願いします、襲いませんから離れないでくださいよ~」


 ククの悲痛な声が聞こえてきた。若干泣いているようにも聞こえる。

 振り返ってみると、ククは立ち上がれずにずりずりと床を這っていた。


「……どうした?」


「うぅ、こ、腰が抜けちゃったんですよ~。こんな暗い中に一人放っておかれるくらいなら襲う我慢くらい絶対、絶対にしますから。お願いですから一人にしないでください……」


「今のククも怖いのは苦手なのか」


「……ひっく、当たり前じゃないですか。本質は変わらないのですよ……」


 どうも俺を引き止めるための演技でもなさそうだ。手を出そうと思えば容易に捕まえられるほどの距離に近づいても、何もしてこない。

 むしろさっきまでが演技で、恐怖を快楽で必死に抑えようとしていたから、俺に迫るのに焦っているような違和感があったのかも。頑張って恐怖を押し殺してきたけど、雷の落ちる轟音でとどめをさされたってところか。


 しかし、ククが動けるようになるまでずっと傍にいるわけにもいかないよなぁ。次の参加者もいるし。……仕方ない。


「ほら、じゃあおんぶするから肩に手をかけて」


 ククに俺の背中に乗るように促す。ククは言われるがまま俺の背中に体重を預けてきた……うん、思ったとおり全然軽い。


「言っておくけど、変なことしようとしたら首吊り人形前にでも下ろしていくからな」


「……わかってます。……においを嗅ぐぐらいは?」


「最低限は認めるしかない」


 そりゃあおんぶされるんだから多少は認めないといきできないだろうし。ただ嗅ぐと言われると複雑な気分だなぁ。汗臭くなければいいけど。

 ククをおんぶしたまま落としてしまったお札と魔石灯を拾う。


「……はぁ、少し楽になってきました。なんかクレスさんのにおいは落ち着きますね」


「……」


 においが落ち着くと言われてことになんて返せばいいか分からずに黙ってしまう。とりあえず俺のにおいについての話題からは避けたい。


「そうだ、もしかして今って目を瞑ってたりする? できれば――」


「そうですけどそれがなに……か!? …………」


 ――あっ、力が抜けた。気絶しちゃったかな?

 うーん、目を瞑っていたのならしばらくそのままの方がいいと言おうと思っていたんだけど遅かったか。


 拾った魔石灯で照らされた部屋のそこら中に置いてある物の一つを掴み上げる。

 それは生首……もちろんこの肝試しのために作られたものだ。


 いやあ本物みたいによくできている。


 他にも片腕などの身体の部位やおぞましい化け物がそこら中に転がっている。どれも結構グロい。子供が見たら確実に泣くぞこれ。作ったはいいけれど誰かの判断でこれをコース上に置くのは止めたんじゃないだろうか。


「クク、おーい…………ダメか」


 左右に揺さぶってみたけれど起きる気配はまったくない。


「仕方ない。このまま行くか」


 俺はククをおんぶしたまま、受付ロビーへ戻ることにした。




「――ただいみゃ!」


 最後の挑戦者カトレア、リムのペアが受付ロビーまで戻ってきた。


「おかえり……って戻ってくるのめっちゃ早くない? もしかしてギブアップ?」


「んにゃ、ちゃんとお札も取ってきたにゃ」


 カトレアが俺の持っているものと同じ『解呪』と書かれたお札を見せる。


「どうせにゃらと思って最速を目指してみみゃした! ……あっ、でもちゃんと怖いポイントは堪能してきたよ? その証拠に……」


 カトレアが百八十度回転する。カトレアの背にはリムがへばりついていた。

 顔面蒼白でいまにも口から魂が飛び出しそうだ。あっ――


 限界を迎えたのか、リムは人の形を保つことができず、べちゃんとゼリー状になって俺達の足元に広がる。


「……これは大丈夫なのか?」


「しばらくすれば元に戻るにゃ」


 この状態のリムを客として来ているスライム達に見られたら大変なことになりそうだなぁ。王女様になんてことをしているんだと暴動が起こりそう。今日は嵐で来客予定はないはずだから大丈夫だけど。


「そういえばククちゃんの姿が見当たらにゃいんだけど?」


「ああ、ククなら気絶したままだったからひとまず俺の部屋のベッドに寝かしてきたよ。できればククの部屋に運びたかったんだけど鍵が見当たらなくって。鍵を探すために体をまさぐるわけにもいかないしなぁ」


「ふ~ん。ククちゃんにゃら気にしにゃいと思うけど?」


「……そうだとしても俺が気にするよ。――おっ? センカさんが出てきたぞ」


 黒いカーテンの向こうからセンカさんがいつもの着物姿で現れた。


「さあみんなお疲れ様。これにて肝試しは終了だよ。ギブアップしたペアも、クリアしたペアも参加者全員に冷たい飲み物を用意しているからありがたく受け取りな。……体の芯まで冷えちまった奴はまあ自分の部屋に戻ってから飲むんだね」


 センカさんが黒いカーテンを取り外すとそこには多種多様の飲み物が置かれていた。これらの飲み物はもしかしたらセンカさんの自腹なのかもしれない。心遣いに感謝だ。




 ひゅううううう――。


 受付ロビーに外からの強い風が入ってきた。雨音は聞こえないから今は止んでいるのかもしれない。

 ククが目を覚まして戻ってきたのか――と思った直後後ろから


「「きゃああああああああ!」」


 と風精シルフ二人の悲鳴が聞こえてきた。

 何事かと思い入口の方を振り返る。


 べちゃ……べちゃ……。


 すると泥と落ち葉を全身にかぶった何者かがよろよろとこちらに向かって来ていた。


「なんだあれ? もしかして最後の余興ってやつですか?」


 センカさんに軽く聞いてみると驚いたように首を横に振られる。


「いやいやいや、アタシは知らないよ」


「えっ……じゃああいつは……」


「本物の化け物かにゃ!?」


 ロビーにいるみんなが臨戦態勢をとる。あいつが何者であってもこれだけの数、それも何人かはその辺の魔物なら相手にならない強さのものもいる。大丈夫なはずだ。


「……なんだなんだ? 今日は厄日か? 次から次へひどい目に遭うじゃねえか」


 化け物に見える何者かが見た目にそぐわないダンディな声でつぶやく。

 あれ? この声どこかで聞いた覚えが…………あっ!


「もしかしてフォワさん!?」


「ああ。……とりあえず体洗い流さしてくれねえか」


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