恐怖の首
「こんなところにいたんですか」
「そう。運営を頼まれてしまってねえ。アタシとしては参加して楽しむつもりだったんだけど」
センカさんは苦笑いする。
「そ、そうだったんですか…………あの、ここにお札はないんでしょうか?」
ククが俺の後ろからひょこっと顔を出し、恐る恐るセンカさんに尋ねる。
「あっはは、さすがにここにあったら早すぎるさ。ここではこれにサインをしてもらうだけ。ほら、見てみな」
センカさんが座ったまま俺に一枚の紙を渡す。
テーブルに置かれた十本もの蝋燭の灯りを頼りに渡された紙を見てみる。そこには達筆でこう書かれていた。
『誓約書
この先何が起こっても責任はあなたたちがすべて負うものとする
以上』
おお! 『何』の上に震えた手で書いたような字で小さく『呪い』と書いてある。これも雰囲気作りの一種かな?
「同意したらそこのペンで裏にサインしな」
「あ、あの……もし同意できなかったら……」
「えっ、いやそれは困るというか……棄権扱いになるかもしれないよ。アタシは知らないけど」
「うぅ、それならサインします」
渋々了承するクク。
この場面で同意できなかったら――はちょっと意地悪な質問だよなぁ。普段のククなら相手のことを考えて絶対しないような質問だ。それだけ余裕がないってことか。
今までの参加者の名前が羅列してあったので、その続きに俺とククは自分の名前を記入する。
「そうそう、次はこの部屋を出て左に真っ直ぐ進んどくれ。そうしたらまた看板があるから…………はい、確かにサインいただいたよ。それじゃあ――」
センカさんが怪しく微笑む。
「――恐怖の始まりだよぉ……」
普段は聞いたことの無い消え入るような声を出したセンカさん。
次の瞬間――
ゴトッ、
と体は座った姿勢を保ったままセンカさんの首だけがテーブルの上に落ちた。
「きゃあああああああああああ!!!」
ククの大絶叫が部屋中に響き渡る。この声の大きさなら確実に他の参加者のいるロビーでも聞こえただろう。
「セ、センカさんが~……」
俺の着物をぎゅっと掴みしがみつくクク。すでに足はすくんでしまったみたいで全体重が俺に預けられている状態だ。子供のような体格で軽いので問題はないけどこれでは動きづらいので――
「ほら、こっちで体の部分をよく見てよ」
しがみつくククを引きずりながらセンカさんの背後に回る。
「そんなことより誰か呼んできた方が…………あっ」
椅子の背もたれに大きく空いた穴から、センカさんの背中の白衣が明らかに膨らんでいるのをククも確認した。あの膨らんでいる部分に本当の背中があり、前から見えた肩は白衣を何かで支えているのだろう。白衣の前方に真っ直ぐ切れ目を入れておき、そこに首を落としてテーブルに額をぶつければ首が落ちたように見える簡単な仕掛けだ。
「ちょいとちょいと。早く次に行ってくれないと。この体勢ずっとはきついんだけど」
センカさんが蛇の尾で俺達の足首辺りをぺちぺちと叩く。その足元の感触に仕掛けも分かったはずのククが小さく「きゃっ!」と声をあげた。
「もう仕掛けもばれたんですから起きてもいいんじゃないでしょうか?」
「……そうさせてもらうよ――よいしょっと」
センカさんが首を元の位置に戻す。肩や白衣などのセットの仕掛け上後ろを向けないみたいなので、俺達はもう一度センカさんの前に移動する。
「ティナは冷静すぎるにしてもククのこんな一面が見れるとはねえ、いいものを見れたわ。いやあ驚かし甲斐があるってものだねえ」
「苦手なものくらいありますよ……」
先ほどの取り乱した姿を見られ、少し恥ずかしそうにほほを指で掻きながら答えるクク。
「というか驚かし甲斐って……頼まれたから仕方なくって感じで言ってましたけど、実は最初からやる気満々だったんじゃないですか? だからカトレアの急な提案にも乗ったんじゃあ……」
「あはは、ばれちまったかい。新鮮な反応が見れて結構面白いのよ――っとそれよりもあまり話し込んでたら後の参加者が遅れちまうね。そろそろ次に向かいな」
センカさんに急かされ、俺達はこの部屋から出て次に進むことにした。
部屋から出る直前、
「くくく……この先はもっと恐ろしい仕掛けが待っているから気を付けるんだよお……」
とセンカさんが怖がらせようと忠告してきたけど、まあさっきの仕掛けくらいの恐怖なら大丈夫だろうな……俺は。
「きゃあああああああ!!! ――いたっ!」
ククが壁からいきなり出てきた飛び出してきた手に驚いてしりもちをつく。
「ひゃあああああああ!!! 聞こえません、何も聞こえませんよ!」
またもやククが急に耳元でささやかれる「呪ってやる」という言葉に慌てて両手で耳を塞ぐ。
廊下で次々に起きる恐怖の出来事一つ一つに大きなリアクションを見せる。ちなみに壁から出た手はリッチの、耳元でささやいたのは今も俺達の影に潜んでいるであろう影騎士のものだ。どちらも最近別館の増員として雇われた魔物たちである。
そういえば別館の従業員たちは全員休暇を取ってもらったのに誰も受付ロビーにいなかったな。ということは驚かす側として参加している奴が多いってことか。
俺としては知っている同僚から驚かされると分かっているのでやっぱり怖くない。ククが耳を塞ぐとき、掴んでいた方の腕が急に上に引っ張られたのでそっちの方がにびっくりしたくらいだ。
――おっ、また矢印の書いてある看板だ。
曲がり角に差し掛かったところで正面に→↑と書かれた看板を見つけた。
→は曲がる方向だから分かるけれど、↑は何だろう? そこに階段はないはずだし……単純に真っ直ぐってことか?
「とりあえずは曲がり角だから死角に注意しないとな。何かいるかも」
「こ、怖がらせないでくださいよ~……」
「俺が先の行って何があるか見てこようか?」
「ひ、一人にしないでください! 連れ去られたらどうするんですか!?」
俺の着物をぎゅっと掴み、目をうるうるさせて引き止められる。ちょっとでも離れるのは嫌みたいだ。
「わかったわかった。じゃあ掴んだままでいいから曲がり角まで行った後、俺が先に周りを見てみるよ。ククは目をつむっていてもいいから」
「お願いします……」
というわけで俺はちらっと曲がった先の方を確認する。
どれどれ~――おっ!?
曲がった先のすぐそこに紐で吊るされた首吊り死体――のようなものを発見。
興味本位で足の部分を触ってみると案の定ふわふわと柔らかかった。綿が詰まっているただの人形だ。まるで本物みたいによくできている。
「クク、目を開けても大丈夫だぞ。本物に見える人形がぶらさがっているだけだ」
「本当ですか……ひっ!」
人形を見た後、ぎょっと目を見開くクク。
本物に見えるからってちょっとびびりすぎじゃないか?
「う、腕がピクピクってう、動いて……」
「そんなわけないでしょ」
もう一度首吊り人形を見る。やっぱり動いてないし、触ってみてもこの感触は絶対に人のものじゃない。綿が詰まっているだけだ。
「ほら」
ククの方に振り返る。
「つ、次は手を振ってますよ!?」
「そんなはず――」
もう一度人形の方を見るけどぶら~んと手は垂れ下がったままだ。顔の方を見てみると私は知りませんとでもいうように目を逸らされているし。
…………ん? 逸らされた? ……もしかすると!
人形の足の裏をこちょこちょとくすぐってみる。すると――
「ほ、ほら動いて……って何かぐねぐねしてます!?」
吊るされた人形がもだえるように動き始めた。声は頑張って抑えているようだけど、ちょっと漏れてしまっている。
「リッチが憑依しているだけだよ。ね?」
人形はもうくすぐるのを止めてほしいのか首をぶんぶんと縦に振って肯定する。そして、くすぐるのを止めると片手を上に挙げて天井を指差した。
そういえば看板には上を指した矢印があったなそれのことかな。
俺は真上を向いて天井を向き、魔石灯で明かりを照らす。そこには血のような赤黒い文字で、
『人形はダミー、本当の恐怖はこれから』
と書かれていた。
本当の恐怖って言われても……矢印はないしこのまま真っ直ぐ進めばいいのか? ――えっ!?
順路のことを考えていたら、足元に何かがまとわりついた。さらに――
「何だこれ!?」
「きゃああああああ!」
ロープのようなものが次々と現れ、俺とククを襲った。




