近づく嵐、そんな日は……
結局ルシフの承諾を得たフォワさんを止めることができず、「できるだけ早く戻って来れるようにする」と一言残し、修行に出向いてから三日が経った。
フォワさんがいなくなってから多少料理の質は落ちたものの、大量に作った秘伝のたれ、書き残してくれたレシピにより、お客さんには満足してもらえる料理を提供できているようだ。
なので今日までさほど変わらない日々が続いていたのだけど――
「風が強くなってきたにゃ~」
「確か予報では明後日でしたか、この辺りを嵐が通るのは」
『今回強いらしい』
「この時期一回は直撃するよなぁ」
休憩室での会話。
メンバーは俺、カトレア、クク、リムといつもの集まりだ。
「その日は暇になるかにゃ~」
「そうなるでしょうね」
うん。観光客自体少ないのに加え、都市スピネルよりここ『魔天楼』には馬車もしくは超蜥蜴のスッパリ君によって移動しなければならない。嵐の中では馬車は飛ばされる可能性もあるし、なによりそこまでして泊まりに来る客なんて変わり者か、理由あってここを選んでくれた者くらいだろう。
『私は忙しくなるかも』
「にゃんで? …………あー別館のヘルプを頼みゃれていたんだっけ?」
「……(コクッ)」『団体客(超多数)が来る予定』
「なるほどなぁ……嵐なのに大変だ」
不死系の魔物を受け入れてくれる旅館は少ないので、ここの噂を耳にして選んでくれたのかもしれない。
なにも嵐の真っ只中じゃなく、日程をずらせばいいんじゃないかと思うけど、今回来客するのは小さな集落まるごと一つ分。それほどまでの大人数の日程を変えるのが難しかったのだろう。
大変な思いまでして来てくれるのだから、おもてなしはより一層してあげたい。別館に関しては俺は接客よりは主に裏方や実際に接客をするリムたちのサポートになるけどな。
そう意気込んでいたら――
ガチャリ、
と扉が開き、ずるずると這いながらセンカさんが休憩室へと入ってきた。赤い髪をガシガシと掻いていて、表情は暗い。
「なにかあったんですか?」
どんよりと落ち込んでいるように見えるセンカさんにククが声をかける。
「いや、先ほど手紙が届いたんだけどねぇ。明後日来る予定だった不死の団体様が急遽キャンセルしたのよ」
「ほんとですか!? いったいどうしたんでしょう?」
びっくりして俺はまず理由を聞く。
「都合が悪くなって……と文面は言葉を濁して書いてあった。でもたぶんだけどここよりいい旅館が空いたんじゃないかとアタシは予想してる」
「あー、確かにありえますね」
嵐が来るとなれば他の旅館でもキャンセルは出る。そうなったとき、旅ランの高い有名ないつも予約でいっぱいのところにも空きができるので、そちらへ宿泊先を変えることも少なくない。
まあ予約の非常に取りづらい『勇々自適』で大人数のキャンセルが出るとは思えないから、たぶん他のところだろう。ここ『魔天楼』より旅ランの高い不死系も受け入れる有名なところはあるし。まだそこまで良い旅館という噂が広まっていないから今回は仕方ないと見るか。
「えーとちょっと待ってください。団体様がキャンセルとなったということはですよ? 確かその日、別館のお客さんって……」
「ククも把握してたのかい。そう、その日の予約はその団体様の貸切だったのさ。だからキャンセルが入ったら別館は全部空きになったってわけ。まあもちろんキャンセル料は少々いただくからそこは安心していいよ」
『お客さんがいなくなるってことは私の仕事は?』
「別館での仕事はなくなったから本館のいつもの仕事に戻ってもらおうかねえ」
やった、とリムが小さくガッツポーズをする。
ほんとできるだけカトレアと一緒のところにいたいんだなぁ。
「――とはいえ本館の方もキャンセルが出ていてほとんど予約が入っていないから困ったことに仕事がないんだよねえ……」
「でもティナが来る前と同じ状態ににゃるだけだし別に深く考えにゃくてもいいんじゃにゃい?」
「それもそうかい。どうせ暇になるのなら最低限の従業員だけ集めて、他は特別に休暇を与えてもいいかルシフに進言しようと考えてたんだけど――」
「前言撤回! 考えることは大事にゃ! ウチはその日に休暇を申請しみゃす!」
「はいはい、わかったわかった。カトレア休暇候補っと。…………どうせならあんた達みんなその日に休暇を与えようか。フォワとの料理対決とかいろんな企画を頑張っているみたいだから」
「そんな別に……」
「いいですよ。頑張っているのはみんな同じです」
遠慮をする俺とククに対し、
「にゃにを言ってるのにゃ。もらえるものはもらっておかないと」
「……(コクコク)」『せっかくの厚意を無駄にしてはいけない』
カトレアとリムは休めるのなら休むべきと誘ってくる。結局は――
「まあティナとククは遠慮すると思ってさ。ここはアタシの独断で四人を休みにしておく。いいね?」
「「……はい」」
センカさんの一声で俺達がその日休暇になることが決定した。
まあよくよく考えれば確かに休暇をもらえるのならもらったほうがいいよなぁ。なんで反射的に遠慮してしまうのだろうか。
「休暇♪ 休暇~♪ ……んにゃ、そういえば別館がまるまる空くんだよね。にゃら一つやりたいことがあるんだけど~」
嬉しそうにテンションが上がっているカトレアがごろっと猫なで声でセンカさんにお願いする。
「なんだい?」
「最近暑い日が続いているじゃにゃい? だから別館を使って『き・も・だ・め・し』ができにゃいかにゃ~と思って」
「さすがにそれは……」
無理だろうと俺が否定しようとするも、
「用意と片付けさえちゃんとするなら別にいいんじゃない」
意外なことに、センカさんはあっさりと了承した。
「設営はゲンさんに頼めばなんとかなるだろうし……あっ、でも急な来客があるかもしれないから何部屋かは空けておかなきゃいけないねえ」
てきぱきと条件とどうやったら肝試しができるかを考えて進めていくセンカさん。どうも肝試しをすることにノリノリになっているような気がする。
「それとアタシもその日もとから休日だから肝試しに参加させてもらうから」
やっぱりそうかー、もしかしたらセンカさんホラーとか好きなのかな?
「ふふふっ、センカの御墨付きももらったことだし、臨時イベントとして早速参加者を募ってくるにゃ」
「頼んだよ。アタシはルシフに許可とゲンさんに設営を頼んでくるから」
早速休憩室から出ていくカトレアとセンカさん。
これは肝試しすることが決定&俺も参加することが確定だな。
やれやれと思いながらふと横を見てみる。
するとリムとククは青ざめた表情で固まっていた。センカさんとは違ってホラーはとことん苦手って感じだ。
……はぁ、なるほどな。道理でカトレアの急な提案をしてから二人が静かだと思ったよ。




