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旅バト!  作者: 染莉 時
第四章:涼? 量? 料理!
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一緒に大浴場へ

 男子寮のフォワさんの自宅を訪問するも留守。

 ならばと思って調理場に足を運んでみると、案の定灯りはついていて、フォワさんが長刃の刺身包丁でイカを捌いている最中だった。今日も仕事終わりに生ものの調理に取り組んでいるみたいだ。


 ……あれ? 捌いているってことはもしかしてすでにトラウマを克服してたか? 考えてきたアドバイスは必要なかったかぁ……まあそれならそれで全然いいんだけど。


「お疲れ様です。やりましたか。もう生ものを調理できるようになったんですね」


 声をかけると、フォワさんはビクッと肩を震わせ、俺の方に視線を上げた。そして、大きく首を横に振る。


「いいやダメだ。こんなの客に出せるものじゃない」


 フォワさんはこう言うけど、まな板の上のイカはきれいに同じ細さで切られているように見える。盛り付けてつゆをかければすぐにでも完成して食べれそうだ。


「何がダメなんです? きれいに捌かれていると思うんですけど……」


「いいやこれならフェーダが作った方が数倍美味いはずだ。震えを抑えながら切ったから切り口は悪いし、客に出して大丈夫かどうか中途半端な気持ちで作っちまったから中途半端なものにしかなってねえ」


 包丁を入れることはできるようになったのに、やはり根本のお客さんに出して大丈夫かという不安が残ったままみたいだ。それならさっき考えてきたアドバイスが功を奏するかもしれない。ただ、いきなり「フォワさん自身が安全性を確認できるようになればいいんです」と言うのも押し付けているみたいなので、ここは順を追って少しずつ理解してもらおう。


「じゃあそのイカはどうするんですか? さすがに廃棄はもったいないですよね」


「これは俺が帰ってから食べる。自分の不甲斐ない料理は自分で食し反省するためにな」


「ということはその生のまま食べると……フォワさんは大丈夫と思って食べているんですよね?」


「……まあな。だが…………すまん、話が長くなりそうだから、先に着替えてきていいか? 汗だくで気持ち悪くってよ」


 生ものの調理はやっぱり負担が大きいのか……確かに額には汗がにじんでいる。


「だったら今から大浴場に行ってそこでゆったり話しませんか? 俺も風呂はまだ入っていませんし」


「おっ、そりゃあいいな。だがティナは時間外じゃないとまずいんじゃないか?」


「そうですけど、もうそろそろ一般従業員の入浴時間が終わる頃ですよ」


「マジか!? そんなに時間経っていたとはな……」


 時間を忘れるほど集中していたらしい。う~ん、明日も仕事なのに長い時間よくやるよ。それほど料理に対して情熱を持っているからできることなんだろうけど。


「じゃあ決まりで……って着替えは持っていかないとな。大浴場集合でいいか?」


「いいですよ。それではまた後で」


「おう。俺はここの片付けもあるから少し遅れて向かうことになると思う。まあ風呂にでも浸かって待っていてくれ」




 俺もひとまず着替えを取りに自宅に戻る。

 鍵をかけ忘れた玄関の扉を開くと、中で待っていたのはクク一人だけだった。やはり他人の部屋ということで緊張しているのか、ククは落ち着かない様子できょろきょろと部屋を見回していた。


「ただいまー、カトレアとリムは?」


「あっ、お、おかえりなさい。えっとお二人なら帰られましたよ。クレスさんがいきなり出て行くものですから――こほん、「今日はこれで解散かにゃあ」とカトレアさんが言って……な、なんですか。何か変でしたか?」


 おっといけない、表情に出てしまったか。いやでもこれはにやけるって。


「いや、変じゃないよ。悪い悪い、カトレアの声真似が結構上手かったからさ」


 それにいつもクールで実直な感じだったのに声真似なんてするから、新鮮でかわいかった。こういう一面もあるんだなぁ。


「そ、そうでしたか……」


 ククは照れ気味にほほを少し赤くして、右手の人差し指でほほをかく。

 顔が赤くなったので心配したけど、少し照れるくらいの恥ずかしさじゃあ、サキュバスとして本性は出てこないようなので一安心。


「……っとそうだ。戻ってきたばかりなんだけどすぐに大浴場に向かわなくちゃ行けないんだよ」


「なぜ大浴場に?」


「フォワさんと話をするためにね。そこならゆっくりできるだろうってことで」


「えっ、でも男湯……ああ、そういえばフォワさんはクレスさんが男って知っているんでしたね。それにしても大浴場ですか……久しぶりに私も利用しようかな……」


「ククも? ……ああそうか、時間外で入ってもも大丈夫なように許可もらってるのか」


「ええ」


 裸になった姿を他の誰かに見られたら本性が出てくるのは確実。当然風呂に浸かるときは裸になるので、本性が出てトラブルが起こる。だから時間外で誰もいないときに使えるよう俺やフォワさんと同じようにルシフから許可をもらったのだろう。


「では私も自分の部屋から着替えなどを持ってきますね」


 ククが着替えを取りにぱたぱたと部屋を出て行き、数分で戻ってきた。

 さすが仕事同様やることが早い。


 俺も準備ができたので大浴場の脱衣所前まで一緒に行くことに。着くまでの間にククが以前働いていた『勇々自適』での大浴場でのトラブルについて話してくれた。


 向こうでもククの本性を考慮してか、使いたい時間を申請して時間外使用の許可をもらっていたらしい。

 ある日、大浴場を使用したのは良かったものの、働き始めたばかりで疲れていたのか湯船に浸かったままうとうととしてしまったことがあったみたいだ。そのとき、申請時間を過ぎてしまい、掃除をしに来た人が大浴場の中に入り、裸のククを発見。その結果、本性を現したククが掃除しに来た人を撫で回し、騒ぎを聞きつけてやって来た人も次々に襲ったらしい。クク(本性)の記憶はあいまいで襲ったことなどはクク自身もうろ覚えみたいだけど。


「へぇ~、なかなか大変なこともあったんだな。そのときはどう収拾がついたんだ?」


「確かすぐに先輩仲居に止められたと思います」


「そうなのか? てっきり主人のルーフェさんが収めたのかと。あの人元勇者だから絶対強いし。暴走したククを止めれるやつが他にもいるんだな」


「はい。ルーフェさんは当然としても私より強い方は他にもたくさんいましたね。料理長や女将さんなんかは戦闘でルーフェさんの相手が少々できるくらいですし。何かあったときにお客様を守れるよう護身術を習っている仲居も多数いましたから。強さで言ったら私なんかは真ん中くらいですよ」


 ……なんだろう、その戦闘集団は? そりゃあ『勇々自適』で物取りや強盗が一度も起こっていないわけだわ。安全性、セキュリティの評価はSランクと言われているみたいだし。


「――あっ、着いちゃいましたね」


 話をしている間に大浴場の男湯、女湯と分かれたのれんの前に辿り着いていた。


「では、私はこちらに」

「俺はこっちだな」


 当然俺は男湯、ククは女湯だ。それぞれのれんの前に立ち、それを上げて中を見渡す。俺とククはどちらも誰もいないのを確認した後、物音がしないか慎重に耳を立てながら中へと入った。

 どうやら大丈夫みたいだ。置き忘れなども見当らないのでフォワさん以外の誰かが来ることもまずないだろう。

 とはいえ念のため脱いだ服と着替えは隅に隠しておくけどな。この辺りは慎重になりすぎるくらいでちょうどいいはず。


 …………さて、とりあえずはフォワさんが来るまでに身体でも洗っておくか。


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