職人からのアドバイス
「…………ほう、フォワにそんなトラウマがあったとはのう」
俺はルシフ宅を一人で訪れていた。
やはり一応はこの旅館トップの主人。ルシフから先に、フォワさんのトラウマとなった過去について話をしようと思ったからだ。
「知らなかったのかよ……適当に旅館に引き入れるのも考え物だぞ。せめて相手がどういう人物・魔物か情報は押さえておかないと。まあフォワさんとしては食中毒事件を隠しておきたかったんだろうけどさ」
「むう…………あっ、いや問題を起こしていたのは話しておったような……そうそう思い出した! 料理がしたいという熱意に負けて採用したのじゃ」
「そうなのか……その熱意でトラウマも解決できればなぁ」
「それができればとっくにしておろう」
そうだよなぁ、トラウマも精神的なものだから精神的なもので対抗すればいいと思ったけど、簡単にはいかないか。
「ルシフはなにかいい方法思いつかないのか?」
「いや~ワシはなんとも、料理もからっきしせんからのう……」
申し訳なさそうに頭をかくルシフ。
料理に関するトラウマだから料理ができないルシフではダメか……となると料理ができる誰かに相談するのが解決への道筋かも……?
「……そういえばフェーダさんが見当らないないけど出かけているのか?」
「おお、フェーダならちょっと野暮用での。ほれ、今日の昼ごろ旅館ハントがおったじゃろう?」
「あー、俺も誘われたな。もちろん断ったけど」
「やはりワシの大事な従業員らを取りに来よったか……。フェーダに口止め――脅迫しに行ってもらって正解じゃったのう……」
「……ん? なんて言った?」
ルシフがぼそっと呟いたのを聞き返す。
「……な、なにも言っておらんぞ」
「そうか? なんだか物騒な言葉が聞こえたような気がしたんだけど……」
「気のせいじゃ、気のせい! そ、そうじゃ! フェーダがおらんのじゃから今は二人っきり! つまりはいろいろとチャンス、この機を逃すべからずなのじゃー!」
先ほど何か言ったのをごまかすかように、ルシフがいきなりやけくそ気味に抱きつこうとしてくる。
今まで普通に相談に応じていたのに、いきなり飛びつかれるものだから初動に遅れが生じる。距離も近かったからなおさら避けれない。ルシフに腰の辺りをホールドされる。
「ちょっ、いきなり何を……」
すぐにルシフを引き剥がそうとしたところで、
――ガラッ!
と玄関の扉が開き、そのまま家に上がって来る音が聞こえてきた。
「…………」
石化したかのように固まるルシフ。冷や汗も噴出している。とりあえずホールドしている手を離せばいいと思うのだけど、脳も石化しているらしくそこまで考えが及んでいないみたいだ。
ガチャリと廊下から居間へつながる扉が開かれる。
「ちょいと邪魔するぜぃ! ……おっ? ティナじゃねえか。何やってんだ? もしかして俺っちお邪魔だったか?」
入ってきたのはスケルトンのゲンゾーさんだ。普段はこの旅館の建築、整備の仕事をしている。こんな時間に何の用事だろう?
「いいえ。というか邪魔すると言って入ってきたんですから本当に邪魔したと思っても出て行こうとしないでくださいよ」
開けた扉を閉め直して、退散しようとするゲンゾーさんを引き止める。
そんな俺に対しルシフは、
「邪魔するなら出て行ってほしかったのじゃ……そろそろ帰ってくる頃じゃからフェーダかと思って本当にびっくりした……心臓に悪いぞい……」
と震え声で呟いて、へたりと床に座り込んだ。
「どうしたんですかこんな時間に」
ほぼ放心状態のルシフに代わって俺がゲンゾーさんに尋ねる。
「なーにちょいと許可をもらいに来ただけさ。プールのスライダーなんだが青色だけじゃ物足りねえし、コースごとに色分けをしたいと思ってな。夜の間に塗っちまっていいか?」
「おーいルシフ、ゲンゾーさんがお前に聞いているぞ~」
ルシフの額を小突いて、起こす。
「ん……う、うむ、いいのじゃがその費用は……」
「う~んそうだな~」
腕を組み悩むゲンゾーさんに一つ提案をする。
「倉庫の奥にペンキが結構残っているのを見かけましたからそれを使えば費用はほとんどかからないんじゃないですか?」
「おっ、そんなのがあるのか。この後探してみるわ」
「費用がかからないようなら良しじゃ。許可する」
なんでそこまで費用を気にしているのだろう。プール施設は莫大な費用をかけたというのに……って、ああ、そのときの反省か。センカさんにあれだけきつく叱られたらさすがに注意するようになるわな。
「俺っちの用事はこれで済んだわけだが……そういやティナはなんでここに来ているんだ?」
「ええとちょっとルシフに悩み事の相談を……」
「なんでえまた面倒事を抱えてんのかよ。俺っちでもよかったら相談に乗るぜ?」
「ええと……」
苦笑いをしながら言いよどむ。相談に乗ってくれるのはありがたいけど、あまりいろんな魔物に相談していたらお客さんに知られるリスクも増えるしなぁ……。
「フォワの過去のトラウマについてじゃ。なかなかいい案がなくてのう」
「ちょっと、ルシフ!?」
「な、なんじゃ? 話しちゃまずかったかの?」
「あんまり広めるなって言っ……てないな、ごめん。十年前のこととはいえお客さんに広まるといらぬ心配をかける可能性があるからさ。相談する人数も減らしておこうと思っているんだよ」
「なるほどな。まっ、問題ねえさ。俺っち口固えからよ。少なくともルシフよりは」
「確かに」
そこは頷かざるを得まい。ルシフもちゃんと言わないでくれと念を押しておけば大丈夫だとは思うけどなんかやらかす感じが拭えないからなぁ。
「それでフォワのトラウマってなんなんだ?」
「えーとですね…………」
俺とルシフは協力してゲンゾーさんに説明……はできず、ルシフが覚えている内容の間違いを正しながら、説明をすることになった。
「……どうでしょう?」
「あー、俺から言えることはとりあえず初心に戻れとしか……」
初心に戻る、か。単に生ものを調理できたときを思い出してそのときと同じように調理してみれば――というだけではないだろう。
料理を始めたとき、料理人になったときの熱い情熱を思い出して精神面を支えれればよりよいとゲンゾーさんも考えているのだと思う。
「しかしそれぐらいあいつならやってるだろうしなあ。第一料理に対する情熱は俺っちの建築に対する情熱と同じくれえだ。トラウマは相当なんだろうな」
「下手したら料理人生が終わっていたかもしれない事柄でしたからね……」
しばらくじっと腕を組み、目を閉じて――いるかどうかは骸骨なのでわからないけど考え込むゲンゾーさん。しばらくすると……
「…………かぁ~、だめだ。すまん! なんも思い浮かばねえ!」
片腕を振り下ろし、机をドンッと叩いてうなった。
叩いた瞬間、ぽきっ、て音がしたからこれはまたどこかの骨が折れたな。
「謝らなくていいですって。難しい問題でそう簡単に解決しないと思ってましたから」
「そうか……だが解決策とはいかねえが一つだけアドバイスがある。あいつの精神面をフォローすることで解決するとは思えねえ。料理への思い、情熱は俺達が口出しするまでもねえからな。糸口を探すならそれ以外だろ」
「なるほど……ありがとうございます」
トラウマって精神面によるものと思っていたけど…………むぅ、なんだかいよいよ手詰まり感が漂ってきたぞ。
俺が困って頭を抱えていると、ルシフがそわそわしながら小さく一言呟いた。
「それにしてもフェーダのやつ遅いのう……」




