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旅バト!  作者: 染莉 時
第四章:涼? 量? 料理!
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旅館ハント?

 う~ん、フォワさんのトラウマについて相談しようとは思ったものの、いったい誰に相談するのがいいだろうか……カトレアに話したら口を滑らせて一気にお客さんまで広まっちゃいそうだし、やっぱりククかなぁ。


「……あの~」


 それより料理に関するトラウマなんだから料理人の誰か……? いやまずは主人であるルシフに話すのがいいのか?


「あのっ……」


 でもルシフに話しても解決策はでてきそうにないよなぁ…………あっ、そうだ、解決はできなくても情報は得ることができるか。フォワさんがここの旅館に来た当初のことを知っているはずだし。


「あのぅ!」


「えっ!? あっ、すみません。ちょっと考え事をしていて……ってどなたでしょうか?」


 俺に声をかけてきたのは二十代半ばくらいの女性。尾も獣耳もなく普通の人に見える。

 今は真昼間の客室を清掃する時間。スーツ姿だし、たぶんお客さんではない。そして、見たことがないから従業員でもないはずだ。


「お仕事中失礼いたします。わたくしこういう者でございます」


 女性は胸ポケットから名刺を取り出し、俺に差し出してきた。

 え~と、なになに『旅館ハント』? ああ、あれか。ヘッドハンティング――優秀な人材を引き抜くという職業の人だ。この辺り――スピネル周辺では旅館が多数あり、発展しているということで旅館専門に動いている人がいると聞いたことがある。


「え~っと、その旅館ハントの方がどんなご用事でしょうか?」


「はい。ここで働く方々は非常に優秀な者が多いという情報を手に入れまして、もう少し待遇の良い旅館の紹介をさせていただこうかと……いかがでしょうか?」


 そう言ってカバンの中から資料を取り出す彼女。


「えっ!? お……私もですか?」


 危ない、危ない。びっくりして俺って言っちゃいそうになった。優秀な仲居として見られるのはなんか恥ずかしいなぁ。そして本当に男としてそれでいいのかとも……一応思う。


「もちろんです。受け取るだけでも受け取ってもらえませんか?」


「すみません。お話はありがたいのですが、ここでまだまだやるべきことがありますので……客室の清掃を行わなければいけないので失礼します」


 まだ俺はこの『魔天楼』を変えている途中だ。ルシフに宣言した「旅館を変えてやる」という言葉をないがしろにして他の旅館に変わるつもりはない!

 俺はやんわりと断りを入れ、その場を離れて仕事に戻った。




 客室の清掃も終わり、お客さんを出迎えるまで休憩室で一休み。カトレア、リム、ククといつものメンバーと一緒だ。


「いやー、さっきはびびったよ。まさか旅館ハントの人がいるなんて……」


 俺は清掃前に出会った旅館ハントの話題を挙げてみた。


「ウチも会ったにゃ」


『私も』


「もしかしてスーツ姿の女性でしたか? ……なら私は見かけただけですね」


 みんな知っているみたいだ。旅館ハントの女性は結構いろんな人に声をかけていたってことか。


「にゃんか「こっちの旅館の方がいいから転職されては」とか言ってたけど断ったのにゃ。みんなと別れることににゃるのは嫌だし」


『私は勧めらなかったなぁ』


 うーん、リムの場合はしゃべれないのがなぁ……。全然気にならないほど素早く筆談ができるけど、知らない人にしてみればハンデのように思うのかもしれない。


『でももし勧められていても断ってた。ルシフには拾ってくれた恩があるし、みんなと一緒がいい』


 リムは一枚めくって書いたメモ帳をカトレアの方をちらちらと目線を向けながら見せる。

 うん、特にカトレアと離れ離れになるのは嫌なのだろう。リムが別館で仕事をしていたときでさえ、『カトレア分』が足りないと嘆いていたくらいだからな。


「しかしカトレアをハントしようとするなんて見る目がないよなぁ。もっと仕事できる奴ここにいっぱいいるのに」


「にゃにを~! う、ウチだってちゃんとやるときはやるのに!」


「やるときは、ですね。その分よくサボってるとは思います」


「ううっ、ククちゃんまで~」


「でもポテンシャルは高いと思いますよ。やるべきことは短時間で終わらせていますから」


「ククちゃん……!」


 カトレアの表情が明るくなる。しかし――


「なのでせめてサボりはやめましょうね」


「う゛っ……」


 すぐにククに釘をさされてたじろぐことになってしまった。


「それにしても旅館ハントがここに来るとは……一応旅館自体の評価は良くなってきたってことか」


「そうですね。今回は特にいろんな方に声をかけていたそうですから、特定の個人ではなく全体として優秀な従業員が多いと見られているのでしょう。……しかしその誘いに応じる方がいるとこちらとしてはまずいのですが……」


「まだ手が足りてにゃいしね~」


「今はなんとか回っているけど、特に別館に泊まる不死アンデッドのお客さんが増えてくると、こっちから誰か手伝いに行かないといけなくなるからなぁ。他の旅館に引き抜かれるのはさけたい」


 小さな旅館だとその引き抜きをされて、一気にサービスの質が下がり、旅館自体が潰れることもある。旅ランの上位に食い込むのが難しいとされるのも、この上位旅館からの引き抜きが原因の一つに入っているほどだ。

 ここは規模も大きいし、従業員の数も多いので、一人、二人引き抜かれたところで経営が一気に傾くということはないだろうけど、それでも人手が足りなくなるのは辛いところである。


「……でも大丈夫だろ。そんなにこの旅館の仕事に不満を持っているなんて聞かないし」


「厄介なのはこちらより良い待遇で迎え入れるとささやかれたらどうなるか……ですね」


『心配無用。フェーダさんがなんとしても引き止めるはず』


 なんでここでフェーダさんが? と疑問に思ったが、『なんとしても』という表現を見て合点がいった。


 そういえば俺も女装して仲居の仕事をしているという弱みを握られているんだよなぁ。普段は温厚(ルシフ以外)なフェーダさんだけど、なんだろう本能的に怒らせたら危険な感じがする。最終的な引き止めとして、弱みをちらつかせての交渉はありえるような……考えすぎか?


「まあ誘われて心が傾いてしまう者が出てくるかは、しばらくは様子見しないと分かりませんね……」


「そんにゃに気にする必要にゃいと思うけどにゃ~」


「……(コクコク)」


 カトレアとリムは楽観的に見ているようだ。かくいう俺も旅館ハントが現れたことに関してはそれほど問題は起こらないように思う。それに俺にはフォワさんのトラウマ解決という厄介な問題を抱えているのだから、引き抜かれるかもという不確定事項に気を回す余裕はない。


 大丈夫だ、問題ない、という思いからいつのまにか話題は自然と旅館ハントの話から同じようにスーツ姿をした変なお客さんの話へと変わっていった。


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