料理長との一騎打ち
百人は優に入る大宴会場。
大人数の団体客用に作られていたこの場所は、そんな大人数が来ることなかったので使用されず、少人数の団体客ではだだっ広くて虚しさが出てしまうのでこれまた使用されず、今まで空間を持て余していた。
そんな大宴会場が昨日、今日と料理対決のイベント会場へと変貌を遂げている。食事を配膳する机と座布団はそのままで、入口には『夏の新作試食会場』と大きな看板を置き、宴会芸などをする階段二段分くらいの高いステージの上には勝負の二品が。
挑戦者フェーダさんの『イカそうめん』と、
料理長フォワさんの『贅沢うな丼』だ。
フォワさんとしては豪快に一品を食べてもらいたかったみたいだけど、試食のサイズはミニサイズでお願いしてある。試食していただくお客さんはこれとは別に夕食があり、そちらをメインで食べてもらうためだ。とはいえもちろん見た目も重要な判断基準になるので、一人前の料理が見本として試食の横に並べてある。
試食品はというと、フォワさんのがたれを混ぜ込んだ少量のご飯にうなぎ一切れ。対するフェーダさんのがイカそうめん一口分だ。これらを試食会場に来ていただいたお客さんに一つずつ食べてもらって、どちらが良かったかアンケートに答えていただく。計百名の集計結果で勝敗が決定する。
今日は試食二日目。昨日と同様、イベント開始前から大宴会場の前には早めに来たお客さんが並び、五十名分の試食はあっという間になくなっていった。
試食に来る人が少なかったときのために二日に分けたけど、その必要はなかったくらいだ。無料で美味しいものが食べれると聞いて予想以上にお客さんが集まってくれたのである。
「アンケートありがとうございます」
試食に来た最後尾のお客さんからアンケートを受け取る。
お客全員が大宴会場から出て行ったのを見計らって『夏の新作試食会場』から『関係者以外立入禁止』に看板を付け替える。これでここに残ったのは挑戦者決定戦を行った四人(俺、カトレア、リム、クク)、対戦者フォワさん、フェーダさん、そしてルシフの計七人だけとなった。
――早速アンケートの集計に取り掛かる。集計を行うのは何気にこの勝負に興味津々のルシフだ。
ここまで関わってくるのはフェーダさんが一枚噛んでいるからだろう。しかし言っても旅館を束ねる主人。こういう事柄に関しては勝負といえど公明正大に行う――とルシフは宣言していた。
………………。
ルシフは一枚一枚無言でアンケートをめくり集計していく。
その目は真剣そのもので、一枚たりとも集計ミスがないように集中しているみたいだ。
お~、珍しくルシフがちゃんと主人らしく一生懸命に仕事をしているところを見たかも。内容は単なるアンケート集計だけど。
いつもこれくらいの態度でいてくれたらもっと主人として扱おう、せめて敬語くらいを使おうと思えるのになぁ。
そうぼんやりと見つめていたら
「よし、終わったのじゃ!」
とルシフが顔を上げた。
「まったく、そんなに見つめられると照れるではないか。ワシのことが気になるのは分かるがここは公の場じゃぞ?」
ほんとこういう一言が無ければなぁ。ルシフの方がいつも公の場で見つめるどころかセクハラめいたことをしているのに。今日セクハラを控えているのは単にフェーダさんがそこにいるからだろ。
「いいから早く結果を教えてください」
ククが急かす。この後に夕食の配膳など通常業務がある控えているから急ぎたい気持ちはすごく分かる。
「もう結果発表するのか? こういうのは焦らすのが面白いと思うのじゃが……」
「いいから早くしてください」
フェーダさんからも一言添えられる。
「わかったわかった。じゃあ言うぞい?」
ルシフはすぅ~と息を大きく吸い込む。
「アンケート結果はフォワ――八十六票、フェーダ――十四票でこの勝負フォワの勝ちじゃ!!!」
「よーし! やっぱりな、ははははっ!」
フォワさんはにっこりと笑い、
「そうでしたか。料理長には敵いませんね」
フェーダさんは目を閉じてゆっくり頷いた。
「やっぱりかぁ」
「フェーダのも美味しかったんだけどにゃ~」
『圧勝』
「…………」
俺達はそれぞれ言葉を漏らす。ククだけがまだ黙ってフォワさんの方を見つめている。
「まあ、せっかくだ! 俺のこの勝利の『贅沢うな丼』の完成品、食べてみてくれ!」
フォワさんが見本に置いていたうな丼を俺達に薦める。箸も配ってくれたので「いただきます」と言って早速一口食べてみた。
……美味い! 前試食させてもらったときよりもたれとうなぎの相性も、ご飯のふっくら加減もレベルアップしている。これじゃあフェーダさんが大敗したのも納得…………いや待てよ、でもこの美味しさだと…………。
「フォワさんもせっかくなのでフェーダさんの料理を食べてみてはどうでしょうか。見本がすぐそこにありますし。……それに少なくとも十四票はこちらに入ったのですからその味に興味がありませんか?」
ククがフォワさんに提案する。
「……まあ確かにな」
そう言ってフォワさんはイカそうめんをガバッと一すくいしてまずは鼻に近づけてにおいを嗅ぐ。そしてバクッと大きな一口で口に入れた。
しっかり噛み、味わってから飲み込むフォワさん。
「………………そうか……そりゃあそうなんだよな……」
しばらく無言があった後、ふと物憂げな表情を浮かべてぽつりとつぶやくフォワさん。ふっと一息つくと、そのまますーっと大宴会場から出て行った。
「ど、どうしちゃったのかにゃ? 勝ったっていうのに……」
カトレアにトントンと肩を叩かれて質問される。その質問には俺ではなくククが答える。
「お客さんがフェーダさんみたいな涼しげな料理を希望していることをしみじみと感じたんじゃないでしょうか」
「どういうことかにゃ?」
「そうですね……では逆に聞きますけどフォワさんの料理とフェーダさんの料理、どちらがおいしかったですか?」
「う~ん、それはフェーダには悪いけどフォワの方かにゃ~」
『私も同じ』
…………なるほどな、そういうことか。だからアンケートの質問内容が――。
「ふふっ、私もです。味覚が変わっていない限りはまずフォワさんの料理の方がおいしく感じるでしょう。それこそ『料理の美味しさ』で勝負すれば九十九 対 一、百 対 零になったかもしれません。でも結果は十票以上フェーダさんが票を獲得できました。なぜだかわかりますか?」
だいたい分かった。アンケートの質問の仕方がポイントだ。『どちらの料理が美味しかったか?』じゃなくて、『来年の夏、旅館に来たときどちらの料理を食べたいか?』という、料理の優劣ではなくてお客さんの希望(夏限定)を書いてもらったところ。そこが重要なはず。
味では劣っているのに、それでも涼しげな料理のほうを求めるお客さんが一割を超えている。その事実が数字として如実に現れ、見せつけられてしまったのである。
「う~ん、にゃんとなく分かるような分からにゃいような……つまりはどういうことにゃの?」
「お客様の希望する料理を見せつけられたために、今は自分のプライドと葛藤しているんじゃないでしょうか? でも変われるきっかけは作れたように思います」
確かに変わるきっかけにはなったと思う。しかし、どうしても出て行く間際の物憂げな表情が気に掛かって仕方が無い。
「そういうもんかにゃ。――ってそろそろ夕食を配膳する時間にゃ! 急がにゃいと!」
「急いでも走らないでくださいね」
「了解にゃ!」
びしっとククに向かって敬礼するカトレア。いつの間にか上下関係ができてしまったようだ。
さて、俺もまずは配膳にとりかかるか。一通り仕事が終わったら……ルシフさんともう一度話をしてみよう。




