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旅バト!  作者: 染莉 時
第四章:涼? 量? 料理!
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大浴場(ただし男湯)

 話は三日前に遡る。


 旅館の改善に関するククとの話し合いが夜遅くまで、日が変わる直前までかかってしまた。さすがに疲れたので、今日は寮の自室にある浴室ではなく、従業員用の大浴場でも利用させてもらおう。そこでゆっくりと肩までつかって疲れを取ろう。

 そう思って俺は大浴場の脱衣所の前までやって来た。


 ――もちろん男湯にだ。


 すでに入浴の時間はとっくに過ぎているけど、俺は特別にフェーダさんより許可をもらっている。そうでもしないと大浴場を使える機会なんてないし……。ちなみにルシフには内緒にしてある。ここぞとばかり突然浴場に乱入してくる可能性があるからな。


 念のためそろりと中を確認。

 うん、誰もいないな。


 はらりと着物を脱いでいく。忘れ物を取りにきたなど、何かあって誰かが入ってきても大丈夫なように脱いだものは隅のロッカーへと隠す。そして大浴場へと足を踏み入れる。

 大浴場の中は従業員用ということで広いだけで簡素なものだ。大きなお風呂に体を流す場所が設けてあるくらい。ルシフからの覗きを防止するため、女湯とは分厚い壁で完全に仕切られていて、あり一匹通す穴は存在しない。


「はぁ~……生き返るなぁ」


 湯船につかって目を閉じる。

 体の心から温まるこの感じ。やっぱり温泉はいいなぁ。しかもここは源泉掛け流しだし。できれば毎日来たいくらい。……でもリスクもあるからあまり利用できないんだよなぁ。利用時間過ぎていてもごくたまに入ってくる奴もいるし――――。


 ガラガラ……。


 突然、脱衣所と大浴場をつなぐ扉が開かれる。


 げっ、マジか。タイミングが悪いぞ! よりによって今日のこの時間かよ! 何はともかく隠れないと!


 いそいで湯船から上がり、物陰――積み上がった桶の裏に隠れる。


「あ~疲れたぜ。新作の完成にあそこまで手間取るとは、今日は長風呂してや…………ん? このにおいは……」


 ぶつぶつと独り言を口にしながら入ってきたのは『魔天楼』の料理長――フォワさんだ。夜遅くまで新たな料理に取り組む彼にも時間外の大浴場の使用をルシフから許可されている。

 種族は人狼ワーウルフ。カトレアと同じように犬耳と尻尾が生えているくらいで他は人の姿だ。料理長として衛生面には気を使っているのか短髪でひげは毎日二回も剃っているらしい。見た目は三十代くらいで、俺とは全然違い筋肉質のたくましい体つきをしている。背も百八十センチと高い。

 ダンディで仲居仲間も好いている魔物は多数いる。しかし、すでに結婚はしているらしい。ただ奥さんは見たことない。


「……ティナか?」


 名前を呼ばれたので「そうです」と答えてフォワさんの前へ出て行く。彼ならもう俺が男ということを知っているから大丈夫だ。人狼(ひと)一倍鼻が利くらしく、大浴場を使用した初日もにおいで見つかり、普段女装して働いている理由を話して理解をしてくれた。そのときに一つ、普段においで男だと分からなかったのか? と聞いたら、「全然」と首を横に振られてしまった。悲しい。


 入ってきたのがフォワさんと分かり、一安心したところで彼と一緒に湯船につかる。


「もう誰が来たんだってびっくりしましたよ~」


「こんな時間俺かティナぐらいしか来ねえだろ。まったく肩身の狭い暮らしをしてんなあ」


「まあだんだん慣れてきちゃいましたけどね。こんな時間まで仕事ですか?」


「ちょっと新作に手間取っちまってな。だができあがったぞ」


「それはよかったですね! 今回はどんな料理を?」


 俺がこう聞くとフォワさんはバシャッ、と水音を立てて立ち上がり、腕を組んで仁王立ちする。大事なところがモロ見えだ。


「聞いて驚け! 秘伝のたれを使った贅沢うな丼だ! 今回は自信作だぜ。たれが抜群に美味い。また試食させてやるよ」


「それは楽しみですね。…………ただあの、一つ聞きたいんですけど」


「なんだ?」


「夏らしい涼しげなものは作らないのかな~と思いまして」


 そう、フォワさんが作る料理は揚げ物、炒め物、煮物、そして基本ステーキがコース料理の中に含まれていて、清涼感がないものばかり。この暑い夏にはちょっと重い料理なのである。うな丼はまだ軽い方といえば軽い方だけど……。

 それでも旅館らしくもっと魚のお造りみたいな料理を取り入れてほしいのも本音である。


「……な~に言っているんだ。豪快こそ俺の料理! 美味うめえし、腹は膨れるし、満足してよく眠れる。客からだって不満は聞いたことねえぞ?」


「まあそれは……」


 そう実際料理に対するクレームは全くと言っていいほどない。それほどまでに美味しいのは確かなのだ。だからこそ涼しげな料理も出してほしいのだけど……そっちのほうがいいという根拠は持っていない。


「だろ? がははっ、まあうな丼を食ってみりゃあ考えも変わるって。楽しみに待ってろ」






「――――とまあはぐらかされちゃって」


 俺はフォアさんとの料理の改善に関わる話をククとカトレアに話し終える。


「押しが弱いですね。もっとこちらの意見を言わないと。男でしょう」


 ククにビシッと言われ、少し傷つく。


「男かどうかは関係ないだろ。だってフォワさんにはお昼作ってもらってたり、男同士で会話できたり結構世話になっているし……」


「言い訳は女々しいですよ」


「はい……」


 さらに傷つく。なんだろう、小さい子に説教されているみたいでちょっと虚しさもあるかも……。


「それより結局うな丼は食べたのかにゃ?」


 完全に自分の興味のある話だけ聞いていたであろうカトレアの質問に無言で頷く。


「ずるいにゃ~。ウチも後で試食させてもらお~っと」


「……まあうな丼は置いておいてですね……はぁ、分かりました。私がフォアさんに季節に合った料理を作ってもらえないか直訴してきましょう」


 一つ年下からのはっきりとした頼りになる発言に俺は敬語になって「頼みます」と頭を下げるしかなかった。


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