逃走劇
「にゃにゃ!? ククちゃんどうしちゃったのかにゃ!?」
本性を現わしたククを初めて見たカトレアはびっくりして俺の元に駆け寄ってきた。
「恥ずかしくなりすぎると暴走するんだよ」
露出が原因ということは隠して端的に説明する。
「襲ってくるかもしれないから気をつけろよ。できればククが落ち着くまで逃げたほうがいい」
それと一応警告を。襲う対象はまず俺だろうけど。
「ふふふ、にゃらウチが暴走を止めてやるかにゃ~。せっかくの機会だしククちゃんに先輩の恐ろしさを少しは教えてやるのにゃ」
うわあ、悪い顔しているなぁ。
ここ数日ククから説教もされていたし(もちろん悪いのはカトレア)、仕返しのつもりだろうか。
確かにククは小さいし、体格差では有利だろう。しかし――
「さあどこからでもかかって――にゃっ!?」
ククはプールの水をものともせず、素早くカトレアの懐へと飛び込む。そして――
「ちょっ、えっ!? にゃ、にゃはははははは! や、やめっ、にゃはは!」
くすぐった。もうそれは体中をくまなく。さすがサキュバスというべきか、快感のツボはしっかりと知っているらしくあっという間にカトレアは崩れ墜ちる。
「にゃははは……ギ、ひひっ、ギブ、ギ……ブクブク」
次は、という感じでククはゆらりと視線を俺の方に向ける。
「……(ムッ!)」
カトレアがやられたことにリムは怒り、俺の前に立ってククと対峙する。
スライムのほぼ頂点に君臨するリムなら身体能力もはるかに高いし、素早い動きにも十分対応できる。押さえつけるのも余裕だろう。
「……ねえリムさん」
ククがささやきかける。
「今みたいにカトレアさんの墜とし方知りたくありません?」
「…………」
リムの耳が大きくピクピクと動く。
「別にリムさんとは争うつもりはありませんし、クレスさんの前からどいてもらえれば構わないのですよ。ほら、いまカトレアさんにいろいろできるチャンスじゃないですか?」
「……!?」
「ちょっとリムぅ!?」
すーっとカトレアのもとへと近づいていくリムに対して俺は叫ぶが、彼女はこちらを振り向くことなく、カトレアを抱き上げ、プールサイドへと下ろした。その後はどうしようかと迷いながらわたわたと手を動かしている。
「さて、私とクレスさんの戯れを邪魔する者はいなくなりましたね」
ムーはにやにやとこちらを見ているだけだもんな! くっ……あいつ絶対こうなることを分かってククを執拗に狙っていたんだな。
こうなってしまっては俺のとる行動はただ一つ――ククが落ち着くまで逃げる!
すぐさまプールから上がってプールサイドを走る。(プールサイドは走っては――なんていってる場合じゃねえ!)
「もう……あははっ、追いかけっこですか。待ってくださいよ~」
ククが俺のあとを追いかけてくる。しかも速い!?
余計なことを考えず本能の赴くままに動くそのスピードはやはり普通よりも上がっている。じわじわとだけど差が詰められる。このままじゃまずい。
スライダーの前までなんとか辿り着いた。
センカさんは……いないか。でも三人がかりなら……?
センカさんなら状況を理解してくれてククも止めれるのだけど、どこかに行っているのなら仕方がない。
代わりに前に見えてきたのは三つ子のマーメイド。センカさんからプールの監視員を頼まれた魔物たちである。
「おっ、なんか楽しそうなことしてるっすね♪」
目元に三日月形の刺青があるマイがこちらを指差して笑う。
「楽しくねえよ! 助けてくれ!」
「何を?」と首を傾げる髑髏型の刺青をしたディアに星型の刺青をしたメルはぽんっと彼女の肩にひじをついた。
「んなもん決まってんだろぉ。あのソウルにあふれた姿を見てみろ。無音じゃさすがに物足りねえだろ。私たちに頼むってことはつまり……」
「OK♪」
「……了解」
……なぜ、楽器を取り出す?
「いくぜぇ!」
メルの掛け声とともにギャウーーーンとギターが鳴り響く。
何を勘違いしたのか普通に演奏を始めやがった。しかも大音量で歌い、鳴らすのでこちらの声は全然聞こえていないみたいだ。
BGMなんて別にいらねえのに……。しかも「いけえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!」とか「ヤレエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!」とかククを応援するシャウトになってるし。確かに言ってた通りデスボのわりにすごく聞きやすいけどな!
くそっ、こうなったら……ひとまず距離を空けるか。
近づいてきたククを一旦離すため大型スライダーの階段を上る。
下で待ち構えるのなら、落ち着くまで上で待機していればいいけど、
「どこに行くんですか~?」
……付いて来たか。ならばスライダーを滑ればいい。確か滑るたびにコースが変わると聞いているし、それなら落下地点が変わるはずだからひとまず距離をとれる。最悪このスライダーを逃げループしてもいい。
――よし!
ザアアアアアアア!
勢いよくスライダーを滑り落ちていく。
「ふふふ、待ってくださいよ~」
「――なんで同じコースに!?」
しかし、ククは俺の後をずっと付いてくる。
「知らなかったんですか。コースの変更はスライダー下のスイッチで行うんですよ」
今日はまだ誰も操作する人がいないから動いていないってことか。くそっ!
――ザッパーーーーーン!
スライダーを下り終わったと同時にすぐクロールに切り替えて泳いで逃げる。
「ぷはぁ、はぁ……」
プールサイドまで上がったはいいが、息切れはしている。スタミナがちょっと心配だ。
…………ってあれ?
ククが追いついてこない。ふと、スライダーの着地地点を見れば、ククがばたばたと水中をもがいていた。
…………泳げなかったのかよ。だから子供用プールに来ていたのか……。
泳げもしないのにスライダーまで追っかけてくるとは……考えず行動って怖いなぁ。
俺が助けに行っても捕まるだけなので今のうちと思って逃げる。
結局、ククはマーメイド三人によって助けられた。この救助が彼女らにとって初めての仕事となったのである。
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「まったく、ルシフ様はいつまで落ち込んでいるつもりですか?」
自宅兼仕事場の居間でぼーっとしているルシフにフェーダは声をかける。
「だって旅館がこのままでは旅館が潰れ……」
「大丈夫ですよ。利益を得るためにクレスさんが良い案を持ってきたのです。これなら来月、再来月と確実にプラスを目指せるかと」
「な、なんじゃその案というのは!?」
フェーダにすがりつくルシフ。
「プールを従業員ではなく、お客様にも貸し出すのです。お金を少し取って」
「じゃ、じゃがあれは頑張ってくれたものに対しての褒美じゃから……」
「何をいまさら言っているのですか。旅館の危機なのですよ。それにどうせみんなの水着姿を見たくてあんなのをお造りになったのでは?」
「う、うぐっ……」
ルシフは図星を指され、たじろぐ。
「し、仕方ないのう……じゃ、じゃがせめて少しはセンカたちに使ってもらいたいぞ……そのために造ったのも確かにあるのじゃから」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。一週間は従業員だけで使うみたいですから」
「えっ? 一週間……」
「はい、今日までです。もう夜ですからいないでしょうけど」
「じゃあ楽しみにしていた水着姿は……」
「残念です。私も見せてあげたかったのですが……」
「……そ、そんなあああああ!」
悲しいルシフの叫びが家中に響く。
本当は今後も従業員にはプール使用のフリーパスが与えられるのだが、そのことをフェーダは黙っておくのだった。
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これにてプール編は終わり、次話からは四章に入ります。四章では料理の改善をしていく予定です。更新は……いつも通り不定期だと思われます。




