魔亜冥土
ぐねぐねと複雑な形の大型スライダー。
高さは二十メートルもあり、滑るごとにコースが変わるというこのスライダーはゲンゾーさんがかなり力を入れた一品らしい。
筒型のところを滑るので落下の危険性はないだろうけど、スピードが急すぎないかとか、最後水面に落ちるときの衝撃はどうかなど気になるところはある。まあゲンゾーさん設計なら大丈夫かな。
ここに来た理由は安全面の確認ともう一つが――あっ、いた!
「おや、ティナも来ていたのかい」
女将のセンカさんの水着姿を一目見るためだ。仕事着以外の姿なんてめったに見られないしね。
髪の色と同じ真っ赤なビキニが、後ろの青いスライダーに対してよく映えている。腹と蛇の尾の間にはひらひらした短いスカートが付いていて、肌にぴったりとくっついたスパッツのような水着を履いている。
しかしよくあの爆乳をよく支えているなぁ。水着も頑張っている、うん。
「はい、カトレアとリムと一緒に。まさかセンカさんもプールに遊びに来ているとは思いませんでしたよ」
「アタシだって遊ぶくらいはするさ。……まあ実はここで働きに来たプールの監視員に会うついででもあるんだけどねえ。……あんたたち! 先輩に挨拶しときな!」
センカさんがスライダーの着地地点に向かって声をかける。
すると、バシャ、バシャ、バシャッと勢いよく三人がこのプールサイドに這い上がってきた。見た目が三人ともそっくりで、片目が隠れ、その反対側がサイドテールになっている。すらりとした体型で胸は小さく、貝殻模様の水着を身に付けている。そしてやはり目を引くのは下半身が魚の尾であることか。――種族『マーメイド』。個体数は少なく、珍しい種族だ。
そっくりではあるけど、髪に隠れていない方の目元にある青い刺青で一応見分けが付く。
「呼びましたか姉さん!」
元気よく大きな声でセンカさんに声をかけたのは星型の刺青がある子だ。
「ああ、仕事仲間を紹介しようと思ってねえ。こいつが仲居をしているティナだよ。うちで唯一の人間だけど、何かと世話になっているからねえ。まあ、やる奴さ」
「うわぁ! 姉さんに人間が認められるってすごい奴なんっすね~♪」
明るい声で、人懐っこくつんつんと指で俺の肩を突いてくるのは三日月型の刺青の子だ。
「……姉さんにほめられるなんて恨め――うらやましい」
そしてもう一人、髑髏の刺青の子はなんというか……負のオーラがすごいんだけど……。
「おっとこっちの紹介が遅れたね。ここの監視員をやってもらう――右からメル、マイ、ディアだよ。似ているだろ。なんせ三つ子だからねえ」
メル(星型)、マイ(三日月型)、ディア(髑髏型)か……。見た目は似ていてもしゃべる感じ性格は違いそうだな。
「姉さんって呼ばれてますけど、知り合いなんですか?」
「ああ…………まあ恥ずかしながら十年位前に馬鹿やってたときの仲間、いわば舎弟だね」
「いや~そのときと比べると姉さんはほんっと丸くなりましたね!」
「怖かったもんね~♪」
「ガンつけられたら殺されると噂されていた……」
言葉遣いからそうかな~と思っていたけど、やっぱりセンカさん、昔はやんちゃだったのか。それに十年前……マーメイドの三人は結構若く見えるけどもしかしたら二十半ば位なのかな? まあ自分から言い出さないかぎり聞かないつもりだけど。
「まあ昔の話はいいじゃないか。あのメンバーはとっくに解散したし、そりゃあアタシだって成長するんだから。あんた達もそうだろ?」
「そっすね~。解散後いろいろあって表舞台にも出ることができましたし」
「表舞台?」
俺が聞くと、マイはウインクして答える。
「え~、ティナ姉うちらのこと知らないんすか~? 結構有名になったつもりでいたんっすけどね~♪」
いつのまにか自然にティナ『姉』と呼ばれる。細かいけどそういうの結構気にするんだよ?
「あんた達人間の住んでいないところでばっかり活動していたじゃないかい。ティナが知らないのも無理ないよ」
「そっか~、それは失礼しました♪ ではうちのリーダーのメルから紹介を~どうぞ!」
マイがメルの方に両手を向けると彼女はマイクを取り出して(どこから出した!?)自分達の紹介を始めた。
「まさかアタシらを知らないとはなめられたもんだねぇ。覚えときなぁ! アタシらはロックバンド『魔亜冥土』!」
「……ちなみにこう書く」
ディアが水面を凹ませに文字を書いていく。
メルはその間も気にせず紹介を続ける。
「アタシがそのリーダーでボーカル『美的な絶叫』メルだあああああ!」
「そしてうちがギター担当(だからどこから出したのそのギター!?)。壊したギターは数知れず、『破壊の権化』マイ♪」
かわいく言っているけど内容はなんかひどい。
「…………『水上の魔術師』ディア」
ディアはプールに入ったかと思えば水面を指で叩く。するときれいな音色が次々とそこから生まれてきた。三人の中で一番マーメイドっぽい!
そこまで言い終わるとメルはへらっと笑って塞がっていない方の手で頭をかいた。
「……まあバンドはちょっと前に解散したんっすけどね。ああ未練があるわけじゃないっすよ。アタシらは解散ライブで最後に十分大きな花を咲かせましたから」
「メルの頭からね。いや~まさかあんなに血しぶきが飛ぶとは。当たり所が悪かったよね~♪」
あはははっと笑うマイ。
えっ? なに? 何やったの?
「――あれ? 驚いた? ウチらヘビメタやってたんっすよ。最後のパフォーマンスでちょっとやらかしちゃっただけっす」
「……ギターが頭を直撃した」
う、うわあ……。
軽く引く。
「あっせっかくの機会だから、アタシらのロック聞きたい? ねえ? ねえ?」
メルがぴちぴちと魚の尾を上手く使って這いよってくる。
「あ……ええと……」
俺が後ずさりすると、かかとがひんやりした何かに当たった。魚の尾だ。ディアがいつのまにか俺の後ろにいたのである。
――挟まれた!?
「メルのデスボ……きれいだよ」
ディアにささやきかけられる。
デスボがきれいって何!? それはデスボって言えるのか!?
「あ、あの今待たせている奴がいるからごめん! またあとで!」
俺は急速にダッシュして(プールサイドでは走っちゃダメだけど!)その場を離れた。
いや、だってさ。ヘビメタってちょっと怖いイメージがあるのだもの。それにギターをメンバーにぶつけるって……全然やんちゃだったのから成長してないんじゃない!?
…………あっ、センカさんにスライダーの安全面がどうかを聞くの忘れてた。……まあ、いいか後で。マーメイド三人が楽器とマイクを持ってないときにしよう。
先ほど彼女たちに言った通り、カトレアとリムが泳ぎの練習をしている子供用プールに戻ってきた。
――あれ?
彼女らと混ざって一人一緒にきゃっきゃと水を掛け合って楽しんでいる小さな姿が見える。
茶色の髪にあの背丈……ククだ。
俺と同じように上にTシャツを着ているククの姿がそこにあった。
…………い、嫌な予感がするなぁ。




