さあ、泳ごう(泳げるとは言っていない)
「ええ~、ここにゃの~?」
『ぶーぶー(ブーイング)』
練習場所に連れて来た俺は早くも二人から猛抗議を受けていた。
「いくらにゃんでもウチらをにゃめてにゃい?」
『そうだ、そうだー』
……むぅ、そこまで反対されるのか。
この子供用プールは。
水深六十センチ。溺れる心配はまずない深さだ。周りに人もいないので気兼ねなく練習できる。少しハーフパンツを捲くれば俺も入ることができるので、引っ張りながらバタ足の練習とかもできるなぁと思っていたのだけど…………。
まあ確かに泳げないとは聞いていてもどれくらい泳げないのかその程度は知らない。もしかしたら『犬かき』(――カトレアの場合は猫かき?)くらいはできるのかもしれない。
「うーん、そこまで言うなら場所を変えるか……」
俺達は一般的な普通のプールへと移動することにした。
――十分後、
「ここでいいです。ここにしてくださいにゃ」
「…………」
はい、子供用プールに戻ってきました。
いやー、ひどかった。
「ちょっとは泳げるはずだもん!」と、カトレアが意気揚々とプールに飛び込んだ(プールは飛び込み禁止です)――まではよかったのだけど、底に足を着いて背伸びしたら水面に顔が出せるのにそのことを気付かず、パニックになって溺れるし、リムは溺れたカトレアを助けようとして飛び込んで(もう一度言いますがプールは飛び込み禁止です)――沈むし。
バシャバシャと水音を立てて暴れていたところ、すぐにプールに遊びに来ていた仲居仲間の鳥人ハーピィ達二人に助けられたのである。
「まずは浮くことから覚えなきゃな」
「……にゃ」
「……(コクリ)」
すっかり意気消沈してしまった二人。つい十分前とは全く違う姿である。
「えーと、しっかり空気を吸ってピーンと体を伸ばした状態で体の力を抜けば、自然と浮くから。まあものは試し。やってみてくれ」
すぅーと大きく息を吸って顔を水の中へ。
カトレアは……うん、大丈夫だ、OK。
リムは…………あれ? 全然浮いてこない。
水底に完全に沈んでしまっている。
「ぷはぁ、本当に浮いたにゃ!」
カトレアは自分でも驚いたらしく、目を丸くしている。
一方――
「…………」
両手を水底に着いてゆっくり起き上がったリムは悔しそうにグッと目を瞑る。
先ほどカトレアを助けようとした際、持っていたメモ帳をプールに落としてしまったので、筆談ができない分ジェスチャーで『なんでなの?』と伝えてくる。
「あー…………もしかしたらリムが『クイーンスライム』だからかも」
「どういうことにゃの?」
「俺達の体より比重が重くて、空気を吸ったぐらいじゃ浮けないんじゃないかな~って思って。泳げるスライムっていないんじゃない?」
リムは人の形をしているものの、実際はゲル状になることもできるスライムである。スライムの中でも非常に力を持っているから他の姿に化けれるだけである。まあリムは今の姿に慣れていて、これが一番楽な姿らしいけど。
「いにゃいね」
「……(コクコク)」
スライム自身が浮けないとなると体がスライムで構成されているリムが浮けないのも頷ける。ということは……
「だったら俺からリムに教えれることはもうないかも……」
もちろんお手上げという意味で。
「…………」
どよ~んと落ち込むリム。すごく残念そうだ。カトレアと一緒に泳ぐのもかなり楽しみにしていたからなぁ。
「まあ浮くことができなくても泳ぐことはできるさ。次は浮き輪でも持ってこよう、な?」
「……(コクリ)」
黙って頷くリム。しかし表情は晴れない。
「うーん、じゃあ今日泳げない代わりと言ってはなんだけどカトレアの練習に付き合ってもらえるか? ただ両腕を引っ張ってあげることなんだけど」
「……(ぱあぁ!)」
うん、メモ帳がなくても分かりやすいので助かる。本来なら俺が引っ張ってあげるつもりだったんだけどこれはこれでいいだろう。
「じゃあカトレアはさっきの浮いた状態を維持しながらリムの腕を持って。そこからバタバタと足を動かして前へ進む。同時にリムはカトレアに合わせて後ろへ下がって」
バシャバシャバシャバシャ!
「――ストーップ! 前に進んでないぞ。水を足の甲で水を蹴るように!」
指導を続けていると、少しずつではあるけど前に進むようになってきた。息継ぎはひとまず置いておき、プールくらいなら足が着くところまで移動できるようにはなったかな?
「じゃあ今の感じで続けて、疲れたと思ったらすぐに休憩してくれ。俺は他の場所を見てくるから」
「は~い」
「……(フルフル)」
二人に手を振られて見送られながら、俺は最初の目的、プール施設の全体を見回しに他の場所へと向かった。
「へぇ~、ここが屋内プールか」
百メートル×百メートルのプールが真ん中にあり、周りには売店の場所(今はまだがらんとしている)が確保されている建物に俺は足を運んでいた。
日光が苦手な不死系の魔物のために用意したらしいこの建物内は窓、照明が少なく薄暗い。雨天のときや夏以外の季節で温水プールとして一般の方が利用できるようもう少し明るくてもいいんじゃないかなぁと思う。また後で提案しておこう。
もちろん今日の晴天ではこの屋内プールに人などいるはずもなく――ってあれ?
一人だけプール端で泳いでいるのを発見。
不死系の魔物を泊める別館で働くマミーのムーだ。包帯を胸と下半身の大事なところに一重しか巻いていないみたいで、非常に肌を露出していている。目を向けるのも恥ずかしく思うくらいだ。あれは水着の代わりなんだろうか。
「あれ~貸切だと思いましたのに。こんなところに来るなんてどうしたんですか~?」
大きな胸をゆっさゆっさと揺らしながら近づいてくる彼女。包帯一枚でよく支えているな! と、はらはらするけど、さすがはマミー、包帯の扱いはお手の物なのか、全然ずれる様子はない。
「プール施設を一つ一つ見ておこうと思ってな。一応安全かどうかも確認しておきたくって」
「はぁ~、休みだというのに仕事熱心ですね~。……で~も~」
ゆっくりと近づいてきて目のところを指差される。
「屋内プールを見に来たわりには私の胸ばかり見ていませんか~?」
「仕方ないだろ。際どすぎるんだよその格好」
「うふふ~、うぶな男の子じゃないんですから~」
ムーにはまだ俺が男だと伝えていない。というかたぶん後にも先にも伝えない。暴露したらいろいろときつい嫌味を言われそうだし。
「い、いや、その胸に嫉妬する奴も多いんじゃないか?」
――主にカトレアとか。
「あ~確かに。ティナさん胸に栄養が行ってませんからね~。カトレアさんといい勝負ですが」
カトレア残念! 男といい勝負だって!
「でも嫉妬するなんて~、私なんかまだまだでしょう~……センカさんに比べれば」
「センカさんね……ムーの『巨』と比べればあれは『爆』だよなぁ」
だって胸のラインが分かりにくい着物の上からでもその大きさは分かるもの。
「気になるなら見に行ったらどうでしょう~。さきほどスライダーの影で水着姿の彼女を見かけましたよ~。……あ~でも誰かと一緒にいたような気はしますが……」
センカさんの水着姿か……仕事をしていない姿というのも珍しいな。ちょっと見てみたいかも。
屋内プールに関してはまあ正直そんなに見るところもないし、安全面で心配のあるスライダーはじっくり見ておかないといけない。できればセンカさんが移動する前に。いやちゃんとスライダーも見るよ。本当に。
「そうか。じゃあそっちに行って見るよ」
「わかりました~。でも彼女の胸に嫉妬しては――いいえ見て悲しんだら――ああ違いました、絶望してはいけませんよ~」
めちゃくちゃ言われながら屋内プールをあとにする。
はぁ、願うことはカトレアにその言葉はぶつけませんように……。俺は男だから別に何も思わなかったけど、カトレアはたぶん泣いちゃうよ?




