二度目の訪問
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「お邪魔するわ」
日も変わろうかとしている夜分遅く。元勇者とは思えないほどの負のオーラを纏いながらルーフェはルシフ宅にずかずかと上がりこんだ。
「すみませんが、ルシフ様は現在会えるような状態では……」
ルシフの秘書であるフェーダが彼女を止めようと前に立ちはだかる。
「何? あいつ風邪でも引いたの? 弱っちくなったものね」
『弱い』の言葉にフェーダの耳がぴくりと動く。
「ルシフ様を弱くしたのはあなたが力を封印したからではありませんか? それにルシフ様は風邪など一度も引いたことがありません」
「ああ、馬鹿はなんとやらと言うものね」
「それには賛同しますが……」
「会える状態じゃないってのもどうせ大したことないんでしょ。はい、どいてどいて」
フェーダの制止を振り切り、居間へと侵入するルーフェ。
そこには長机の上にべったりと上半身をあずけたルシフの姿があった。女将であるセンカに無駄遣いをこってりとしぼられた後の姿である。
「なんじゃあ、ルーフェ。ワシは傷心中じゃぞ……」
「ふふっ、そんなあんたに朗報よ。確か従業員を募集していたでしょ。希望者を見つけた――いや見つかってしまったわ……」
「な、に……?」
ルシフが顔を上げる。
「うぉ!? なんじゃその顔は!? ルーフェのそこまでどんよりした顔など見るの初めてじゃぞ!?」
「…………だ、だってぇ~~~」
床にぺたんと座り込んだルーフェは先ほどまで頑張ってこらえていた涙をついにぽろぽろと流し始めた。
自分が落ち込んでいたことなどすっ飛ぶくらい驚くルシフに対し、ルーフェは言葉を続ける。
「ウチの……ウチの子のククが辞めてそっちの旅館で働きたいって言い出したのよ。まだ勤めて一年も経ってないのに……やっぱり黙って囮になってもらったのが原因なの?」
「まあそれが原因じゃろ」
「もう自分でも分かっているじゃないですか」
冷めた目で見つめる二人に対して、ルーフェが反論する。
「でもでも! あの子勇敢だし、物怖じしないし、聡明だし……囮のことは黙っていたけど、察していてくれたはずなのよ!」
「それでも怖かったんじゃないのか? 辞める理由は聞いたのか?」
「そりゃあ聞いたわよ! でも『魔天楼』という旅館にとても気になる子ができてしまいましたので、の一点張りで……」
「まあ普通に考えれば怖かったなどと言って、ルーフェさんが気に病まないようにするための方便でしょうね」
「やっぱりそうよね……ううっ……」
ルーフェががっくりとうなだれる。
実際は本当に『魔天楼』の仲居、クレスのことをククが非常に好意を抱いてしまったからなのだが、三人が知る由もない。
しばらくしてルーフェが泣き止み、すっきりしたような表情を見せた。
「はぁ~あ、なんかみっともない姿見せちゃったわね。私に非があったのは間違いないようだし、次からは改めるわ。従業員には危険が及ばないよう全力を尽くす。囮も私が引き受けるんだから!」
「それは無理じゃろう……」
「ルーフェさんは有名人でしょうし、その強さは誰もが知っています。たとえ無防備な状況でも返り討ちに遭うのが分かって襲う人はまずいないでしょう」
「それに囮など使わぬとも他に方法は様々あるはずじゃ。言うてくれればワシらからも手をアイディアを貸してやろう」
「ルシフ様はともかく他の方々は優秀ですので頼りにしてもいいと思いますよ」
「あはは、ならそうさせてもらうわ。……あっ、そうそう、明日そのククって子がそっちに行くと思うんだけどまず面接からかしら?」
「いえ、『勇々自適』で働けるような優秀な方なら面接もせずとも良いかと」
「な~に、かわいくて飛びつきがいのある子ならワシはなんでも――がふうっ!」
ルーフェとフェーダから一発ずつ両肺にパンチの衝撃を食らったルシフは息ができずに倒れこむ。
「よければ明日来る子の着物も持って行ってあげてください。サイズはどのくらいですか?」
「だいたい身長はこのくらいね。…………ありがとう。持って行くわ。ククのためにもルシフの監視はお願いするわね」
「もちろんです」
げほげほとせきをするルシフをよそにてきぱきと物事を進めていく二人。
「じゃあまたね。今度は次の旅ラン結果発表くらいに会いましょう」
「ええ、それでは」
フェーダがお辞儀をしてルーフェを見送った。
「げほ、えほっ…………なんじゃもう帰ったのか」
「ええ。……そうだルシフ様、センカさんの説教を聞いていて一つ思い出したことがあったのですが……」
「なんじゃ?」
「大型プールの建設費用でしたか。あれにてルシフ様の隠し財産はほとんど底をつきました」
「へっ?」
さらりととんでもないことを言われたルシフはぽかんと大きく口を開ける。
「あ、あれほど莫大にあったのじゃぞ。なぜそんなことに!?」
「今までの赤字経営を省みれば当たり前のことかと……本当は少なくなってきてから言おうとしていたのですが、まさかいきなり大きく使ってしまわれるとは思いませんでしたので」
「そ、そうか……」
「この次も赤字になれば危ないですね。特に私共の旅館は何十年と赤字続きなのが明らかですのでいまさら融資してくれるところがあるとは思えません」
「――ということは?」
「次の旅ランで黒字になることができなければ旅館を手放すことを考えなければいけないということです。いわば倒産の危機ですね」
「そ、そんな……」
旅館の死の宣告とも言える一言にかくりとひざが折れ倒れこむルシフ。
心の傷はこれまでない以上に大きく、数日の間寝込むことになってしまった。
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これにて三章は終わりです。
少し間が空くかもしれませんが、次は四章に入る前に間の三.五章として水着回を入れる予定です。




